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甘い蜜(21)

2016 09 30
誰かに見られることを避けるように、急ぎ2階に駆け上がる。

そのとき正代が感じていたのは夫の視線だった。

このような贈り物を内藤さんからいただいたと知ったなら・・・・・。、この自宅で猥褻めいた刺激を内藤に受けたことと同じように、このプレゼントのことも夫には絶対に隠し通さねばならない。

夫に全て見られている気がする。いや、夫だけではない。狼狽する自分の姿を、この刺激的な下着の贈り主からじっと見つめられているような気が・・・・・・。

「隠さなきゃ・・・・・・・・」
2階の寝室に駆け込んだ正代は、下着を収納する小さな引き出しをあけた。そこにあるのは白やベージュの控えめなデザインの下着ばかりだった。

「こんなもの、無理よ・・・・・・」
正代は、内藤から贈られた男性を挑発するような黒色のランジェリーを、引き出しの最奥部に押し込んだ。しっかりと引き出しを閉め、寝室にある鏡を見つめる。

まだ鼓動が高鳴っている。スマホは階下のテーブルの上に置いたままだ。執拗に追い詰めてくる内藤のメッセージが、また届いているのかもしれない・・・・・。

鏡の中の自分が、自分ではないような気がする。頬が火照り、わずかに汗ばんでいる。そこにいるのがいつしか平凡な主婦ではなく、一人の女であることに正代は気づく。

「いけないわ・・・・・・・・」
内藤のことを、過剰に意識した自分がいた。彼に手を握りしめられ、妖し気な愛撫を与えられたときに知った、あの快楽を匂わすような感触が、正代の全身に刻み込まれている。

あの刺激を、肢体がまた欲しがっている・・・・・・。

「しっかりしなさい」
正代は鏡の中の自分をきつく見つめ、声に出してそう言った。ベッドルームの片隅に置かれた写真には夫、そして、海外に行っている1人娘、遥の姿が写っている。

その夜、帰宅した夫、忠彦は珍しく酒に酔っている様子だった。

「あなた、随分飲んだみたいね、今夜は」
「室石と一緒だったんだ」

室石工務店。無論、正代はその名前を知っている。最近ではあまり聞かなくなったが、少し前までは夫とかなり深い付き合いがあったゼネコンだった。

内藤が最近までそこに勤務していたという事実は、しかし、正代は知らない。彼が室石を辞めた経緯、そして、その後に夫にどのようなアプローチをしてきたのか、も。

「久しぶりじゃないの、室石さんって?」
「そうだな、そのせいか、少し飲み過ぎた」

夫が酔っているせいもあったが、正代は、自らの不安を少し踏み込んで聞いてみたいような気分になった。何かを悟られることのないよう、慎重に正代は言葉を選んだ。

「お世話になっている以上、少しは付き合う必要もあるわよね」
「持ちつ持たれつだからな、この世界は」

「たまには無理な注文も来たりするのかしら。ほら、以前の内藤さんみたいに」
「内藤さん?」

酔いが醒めたような夫の反応に戸惑いながらも、正代はそれに気づかぬふりをして言葉を続けた。

「私が食事に付きあったりしたじゃない」
「あの人は・・・・・・、少し特別だよ、正代」

「特別?」
「あの人とはいろいろ事情があってな。お願いされたことには無理してでも応えなきゃいけない・・・・・」

酔った夫が、必要以上のことを話していることに正代は気づいた。

「あの時は正代にも無茶させてしまったな。おい、まさか、また」

「いえ、食事のあとは一切連絡もないし、ここにいらっしゃることもないわよ」
「縁は切れたような感じだから、もう何か言ってくることはないと思うが・・・・・」

疲れていた様子の夫は、早々に会話を打ち切ると眠りについた。夫の言葉の意味を噛みしめながら、正代はシャワーを浴びるために浴室に向かった。

内藤の要請には無理をしてでも応えねばならない。夫のその言葉には、深刻な響きが伴っていた。さもなければ仕事が、いや、この生活が危うくなる。そんな意味さえ込められているようだった。

もう考えるのはよしましょう・・・・・・。洗面の鏡を見つめ、正代は服を脱ごうとした。洗面台に載せたスマホのメール着信音が響いたのはそのときだった。

内藤さん・・・・・・・・・・。瞬時にそう悟った正代は、ディスプレイを見つめた。そこにはこんなメッセージが浮かび上がっていた。

「プレゼントは試されましたか」

スマホを握りしめたまま、正代は表情をこわばらせた。1分後、返答を欲しがるように別のメッセージが届いた。

「私の要求は無視しないほうがいいな」

その身勝手な言葉が、夫が先刻さりげなく漏らした告白と重なり合う。どうにも逃げられない予感。正代は、前後を考えることなく、夢中でメッセージを送った。

「許してください」

人妻の本音だった。これ以上、この男に平静な生活をかき乱してほしくはなかった。自分が、どこまでも深みにはまってしまような予感を、そのときの正代は抱いていた。

だが、男は執拗だった。

「奥さんがあれを一度試せば許します」

嘘でいい。既に身に着けたと言ってしまえばいいのだ。正代はそう思いながらも、肢体があの男に支配されつつあることを感じていた。

脱ぎかけた服を再び着た正代は、静かに浴室を出た。そして、音を立てることなく2階に上がった。

寝室にそっと入り、ベッドにいる夫の様子をうかがう。すっかり熟睡しているようだった。正代は昼間、固く閉めた引き出しに手を伸ばし、隠したものをそっと取り出した。

手の中に隠し持ちながら、寝室を出る。そして、正代は再び浴室に向かった。

何をやっているの、私は・・・・・。嘘をつけばいいだけでしょう・・・・・・・・。

そう叫ぶ自分を感じながら、あの男には決して嘘をつけないと感じている自分がいた。嘘などあの人には簡単に見抜かれてしまうわ。正代は、内藤に常時監視されているような気分になっていた。

「準備はできましたね」
内藤のメッセージが届いた。

「待ってください」
正代は返信を送ったスマホを置いた。

鏡の前で、正代は服を脱ぎ始めた。スマホを通して、内藤に見つめられてるような気がする。

「裸になりなさい」

メッセージは、もはや命令だった。

人妻は下着を外し、全裸になった。


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