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夫の秘密、或いは妻の秘め事(20)

2014 09 30
落ち着くことができなかった。

既に何度か足を運んだことのある都心のカフェテリア。目の前に座る医師も、今日が初対面ではない。にもかかわらず、希美子は冷静な気分を、彼と再会した瞬間から失っていた。

全てを見透かされている気がしたのだ・・・・・・。

「奥様、少しお疲れですか」
季節が確実に変化していることを示すように、柴田は今日、初秋の雰囲気を漂わせたブラウンジャケットに身を包んでいた。

そう、季節は確実に移り変わっているのだ。そして、私自身もまた、何かが変わろうとしている。私自身の奥深くのどこかで、何かが、確実に・・・・・・・・・・・。

「奥様?」
「あっ、はい・・・・・・・・」

「どこかおかしいですね、今日の奥様は」
柴田は笑みを浮かべながら、ティーカップに手を伸ばす。

「すみません、少し考え事をしていたものですから・・・・・」
「今日は会わないほうがよかったかもしれませんね」

「い、いえ、そんなことは・・・・・・・・、あの、柴田さん、その後主人は・・・・・・・・・」
希美子は、ここに来た目的を思い出したように医師にそう尋ねた。

今日、ここで会いたいと提案したのは、希美子のほうだった。あのレストランでの不確かな体験から、既に半月が経過した。希美子はずっと、あの時の衝撃を体奥に抱え続けていた。

果たして夢だったのだろうか・・・・・。希美子には未だにわからなかった。だが、夢にしてはあまりにリアルだった。希美子には、「それ」をはっきりと思い出すことができた。

ダンスに誘った初老の紳士が、ドレスを剝ぎとり、乳房に濃厚なキスを与えてきたこと。重ねた指先を秘所に伸ばされ、激しくそれを往復させられたときに教えられた光悦感。

夫以外の男性に対し、過去に経験がないほどに蕩け、淫らな蜜をあそこからたっぷりと溢れ出してしまった。与えられた熱は、希美子の肉体に今もなお、濃厚に刻み込まれている。

夢なんかじゃない。希美子はそれを確認したのだ。一人、トイレの中で・・・・・・・・。

「ご主人は定期的に通院されてます。先週、そして今週もいらしていただきました」
「それで、主人の様子は・・・・・・・・・・・」

「特に変化はありませんね。残念ながら、と言うべきなのか」
柴田は周囲を気遣うように少し声を抑えながら、希美子を見つめて答えた。

「毎回1時間ほど、私たちはフリーディスカッションをしているんです。話題は特に奥様に限定しているわけではなく、新聞に載っているようなことや、仕事のこと」

「何か私のことは・・・・・・・・・」
「そうですね・・・・・・、そういえば、ご主人と一緒にお食事に行かれましたか?」

午後、少し遅い時間のカフェテリアは、相変わらず若い女性客を中心に賑わっている。そこにいる人妻が緊張を感じ始めていることに、しかし周囲は誰も気づいていない。

「確か、夜景が見える湾岸方面のレストランに」
「は、はい・・・・・・、主人が会社で招待券をもらってきたものですから・・・・・・・・・」

夫がいったいどのような告白をこの医師にしたのか、希美子は目の前に座る彼の表情から、懸命にそれを探ろうとする。だが、医師は逆に、人妻の困惑を観察しているように見えた。

「久しぶりに奥様と外出して楽しかったと、嬉しそうに話してらっしゃいましたよ」
「それだけ、でしょうか・・・・・・・・・」

「ええ、特に他には・・・・・・・。何か、そのときあったんですか、奥様?」
「いえ、そういうわけではないんですが、ただ・・・・・・・・・・」

「ただ?」
「いえ、なんでもありませんわ・・・・・・、それで主人がまだ悩みを克服していないというのは」

「特にそのお食事が関係しているわけじゃありません。、ご主人はただ,、奥様に対する妙な想像を抑えることが依然として難しいようなんです。例えば・・・・・・・・」

希美子を焦らすように、柴田はそこで言葉を止め、濃いイングリッシュティーを再び口にした。医師が口にしようとしている言葉を想像し、希美子は鼓動を高めた。

「奥様が他の男性とダンスをご一緒されるような姿を、つい想像してしまうようです」
希美子は、一瞬、言葉を失った。それはまさに、あの記憶が現実であることを示す証左ではないのか。私はやはり、レストランであの紳士に・・・・・・・・・・。

「柴田さん、それは主人と一緒に行った食事と大いに関係があるんです」
希美子は、あのレストランで起こった事実の一端を、医師に告白した。自分が別の男性にダンスを誘われ、それに応じたこと。夫はその様子をずっと見つめていたこと。

「そうだったんですか。ご主人はそういう風には話されてませんでした。例えば、という感じで言っただけですから・・・・。そうですか、では、実際に奥様はご主人の目の前で」

「え、ええ・・・・・・・」
「差支えなければ、なんですが、それはどんな類のダンスだったんでしょうか」

柴田の口調はどこまでもさりげなく、何の隠された意図もないように聞こえる。それがまさにカウンセラーとしての力量なのかもしれなかった。希美子は慎重に言葉を選んだ。

「普通の男女が踊るダンスです。静かな雰囲気で、別に激しくもなく・・・・・・・」
「チークダンスのようなものでしょうか」

「・・・・・・・・・・・」
「少し気になったものですから。ご主人がいったい奥様のどんな様子を目にしたのか、と」

かすかに赤らめた頬を医師に悟られないことを祈りつつ、希美子は答えた。

「多少は・・・・・、そんな雰囲気があったかもしれませんけど・・・・・・」
「相手の男性はどんな方だったんですか」

「落ち着いた方で、年齢は恐らく50代でしょうか。誠実そうな方でしたが・・・・・・・」
「ではその方に終始ダンスもリードしてもらったんですね」

「え、ええ・・・・・・・・」
シャツの下で素肌に汗が浮かぶことを、希美子は感じていた。この医師に全て話してしまいそうな自分を、希美子は懸命に律した。

「踊っている最中に、何かその方にされたとか、そんなことは」
「何か、と言いますと・・・・・」

「少し言いにくいんですが・・・・・、そうですね、例えばキスをされたとか」
「い、いえ・・・・・・・、そんなことは、決して・・・・・・・・・・・」

視線を下に逸らした人妻を更に追い詰めるように、医師は言葉を重ねる。

「もしも奥様が別の男性にそんなことをされるところをご主人が目撃したとしたら、夏の海岸での出来事と同じことが繰り返されたことになりますからね」

一瞬、希美子は迷った。この医師に全てを告白してしまったほうがいいのではないのか。希美子はいつしか、まるで自分自身がカウンセリングされているような気分になっていた。

「特に変なことはされませんでしたわ。しばらくの間、ダンスを踊っただけです・・・・・・・」
「そうですか。それならば、ご主人も至極軽い気持ちで私にそう言っただけかもしれませんね」

柴田はそう言うと、それ以上その話題に触れようとはしなかった。ここまでの会話で、彼に全ての事実を知られてしまったのではと、希美子は更に強い懸念に襲われていた。

トイレの個室で、自分自身があの後に及んでしまった行為のことまで・・・・・・・・・。

だが、それだけではなかった。希美子はもう一つ、ある秘密を抱えてここに来ている・・・・・・・。

「奥様としては、これからどうなされたいと感じてらっしゃいますか?」
「えっ?」

柴田にそう聞かれることを、希美子は勿論推測していた。それは、今日ここで自分が決めなければいけないことであり、希美子はその覚悟と共に、柴田を呼び出したはずだった。

だが、希美子はそれをすぐに答えることができなかった。自分でもわからなかった。夫の疑惑を追及するにつれて、希美子は未知の渦の中に引きずり込まれていく自分を感じていた。

「私が少し奥様を追い込んでしまったかもしれませんね」
「えっ?」

「ご主人を試すような行為を提案したのは、この私ですから」
「い、いえ、それは・・・・・・・」

「いったんここで止めてみましょうか。ご主人のことは、またしばらく後に」
「柴田さん・・・・・・・・・」

柴田に全てを操られているうような気分だった。ここからどうすべきか、希美子にはその決断ができない。そんな人妻に対し、医師はベッド上で追い詰めるように、答えを求めてくる。

希美子は「それ」を彼に言うべきかどうか、迷った。夫が抱えた、新たな「秘密」のことを・・・・・・。

「迷われてらっしゃるんでしょうか、奥様」
「え、ええ・・・・・・・・、あ、あの・・・・・・・・・・・」

「奥様、ひょっとして何か私に隠してらっしゃいますか?」
「・・・・・・・・・・・・」

プロのカウンセラーの前では、人妻はただ無力だった。彼の技巧に屈するように、希美子はやがて全てを告白した。彼に問われるままま、赤裸々に、夫の抱えた新たな秘密のことを・・・・・・・。


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