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夫の秘密、或いは妻の秘め事(35)

2014 11 29
商店街は地方都市特有の衰退と抵抗、そして不可思議な魅力で溢れていた。

梶野秀人は、行きかう人々を見るともなく、ただそこを歩いている。午後8時をまわった通りには人影は少なく、ただ外にいたいという若者たちの喧騒が時折聞こえてくるだけだ。

四国の小さな都市出身である秀人にとっては、それでもそこは大きな街であった。都心から日帰りもできなくはない場所なのだ。秀人の出身地とは比較にならないのかもしれない。

それでもなお、そこにはどこか衰退の気配が漂っていた。縁あってこの街に出張で訪れた自分もまた、いつも以上に疲労感に包まれているような気もする。

街の郊外にあるオンライン決済関係の企業を訪問し、一応の仕事は終えた。取引先の誘いを断り、秀人はその街での夜を独りで過ごすことに決めた。

駅前の適当な食堂で夕食を済ませ、秀人はあてもなく商店街を歩いた。ホテルとは逆方向であったが、まだ部屋に戻るのは早いような気もした。

3月も終わろうとしている。この数か月間、秀人は自分自身の存在をどこか曖昧なものに感じたまま生きてきた。その原因が何なのか、彼には勿論わかっている。

あのホテルでの出来事。妻が別の男の腰の上に跨り、剝ぎとられた裸体を犯されながらも激しく腰を振り、絶頂にまで導かれようとした光景。秀人はそれを目の当たりにした。

自らの欲情が最上に満たされるのを感じながら、しかし、秀人は最後に妻を救う選択をした。その決断に踏み切る声をあげたとき、秀人は自分自身に確かな困惑を感じた。

だが、どこかで吹っ切れた気もした。遂に自分はまとまな人間に戻ることができたのだと、そんな確信を抱いた。それからしばらくの間は、一種爽快な気分にさえ包まれていた。

しかし、1か月も過ぎた頃からだろうか。秀人は感じ始めていた。心の奥底で何かがゆらめいていることを。それは、たとえば眠りに就く瞬間、秀人をたぶらかすようにささやく声だった。

本当はもっと見たかったんだろう・・・・・・・・・・

お前はあれを克服なんかしていない・・・・・・・・・

奥さんが犯されるところを、どこかでまだ期待しているんじゃないのかい・・・・・・・・・・・

その都度、秀人はその声が聞こえない振りをした。寝床で文字通り、彼は耳を塞いだ。紛れもなくそれは、邪悪な誘いの声だった。もう2度と、それに引きずられるわけにはいかなかった。

あの夜以降、妻とは何のわだかまりもなく、平穏に過ごしている。互いにあの夜のことに触れず、何事もなかったかのように振る舞っている。あれは一夜の幻だったとでも言うように。

恐らくこのまま全てがうまくいくはずだ。秀人がそう思い始めたころなのだ。その声がどこからともなく聞こえ始めてきたのは。それは今では毎晩のように繰り返されていた。

出張先の地方都市。今夜、なかなかホテルに戻りたくないと感じているのは、恐らくそのせいだ。あの声をもう聞きたくはない。秀人には、それが怖かった。

今夜、妻は一人、自宅で過ごしているのだろう。商店街を歩きながら、秀人は妻に電話をしようかと思ったが、結局はやめた。何か格別なことを話せる自信が、今夜もまた、なかった。

シャッターが閉まった店が多いエリアに足を踏み入れていく。営業はしているが夜だから閉まっているのか、或いはもともと店がないのか、判断が難しい光景だった。

そろそろホテルに戻るか・・・・・・・。

いつの間にか、午後9時を過ぎている。入り組んだ商店街を往復するように時間をかけて歩いた。アーケードが途切れ、完全な闇の世界が広がっているエリアに、秀人は立っていた。

明日の朝は早いのだ。早朝の電車に乗り、そのままオフィスに出勤である。昼前には着く予定だ。それまでにまとめておきたい仕事もなくはない。

仕方ない・・・・・。そう思いながら、秀人歩いてきた方向に戻ろうとした瞬間だった。闇に向かって溶け込むように伸びている1本の道の先に、それは見えた。

ぼんやりとした照明だったが、決して小さなものではなかった。かなりの遠距離ではあるが、秀人にはそれが何であるのか、すぐにわかった。

映画館だ。

子供の頃、故郷で通ったような1軒のシネマがそこにあるのだ。懐かしい・・・・・。形容できない磁力を感じながら、秀人はそこに歩を進めた。人通りはもう、ほとんど途絶えている。

今から映画を見るのも悪くない。珍しく、秀人は胸が躍るような気分を感じた。出張先の地方都市で出会った映画というのは、案外いつまでも記憶に刻み込まれるものだ。

恐らくは相当に昔の映画がやっているのだろう。望むところだ。もう何年も映画など見ていない。せめて2時間だけでも、現実から逃避したい。秀人はそんな気分だった。

春の息吹を感じさせる濃厚な花の匂いを感じながら、秀人はそこに近づいて行った。紛れもなく、それは一軒の映画館だった。だが、秀人の想像が全て正確だったわけではなかった。

「えっ・・・・・・・・」
秀人はその建物の前まで来て、思わす声を漏らした。

そこは最新のロードショーが堪能できる場所でも、或いは名画座でもなかった。入口の正面に立つまでもなく、そこがどのような場所であるのか、それは恐らく子供でもわかるはずだった。

ポルノ映画館。

このような映画館がまだ存在していることに、秀人はかすかな衝撃を覚えた。あらゆる映像がネットで入手できるこの時代においても、まだこうした場所へのニーズがあるのだ。

僅かな心の揺れを秀人は感じた。このような場所で、そういった類の映画を見た経験が、彼にはなかった。彼には妻に隠れ、密かにネットで動画を見つめた経験だけがあった。

しかし、それもこの数か月は無縁としている。あのホテルでの一夜の後、秀人はそのような欲情に屈することはなかった。自分にはもう不要なのだ、という確信と共に。

だからこそ、秀人は今揺れていた。気づかぬ振りをしてきた性欲が、急速に目覚めてくるのを感じる。たまにはいいじゃないか。そんな声がどこかから聞こえてくる。

「やだ・・・・・・・・・・・・」
その時、秀人の背後でそんな声がした。

我に返って振りかったとき、20代と思われる若い女性二人が、足早に後方を歩き去っていくのを秀人は見た。ポルノ映画館の前で棒立ちしている自分を、秀人は改めて知った。

もう戻ろう・・・・・・・・

女性の声に目を覚ましてもらったことに感謝しながら、秀人はそこから立ち去ることを決意する。周囲に視線を投げながら、秀人は商店街の方向に足を向けた。

去り際に、秀人はその映画館の光景を記憶しようとでもするように、もう一度ちらりと見つめた。そのとき、秀人は何かを目撃したことを、本能で感じた。

・・・・・・・!

正面入り口の横、ガラス張りの空間に巨大ポスターが掲示されている。上映されているであろう映画の紹介が、けばけばしいデザインのポスターでなされていた。

秀人は改めてそこに記載されている言葉を読んだ。

美人妻の秘め事・・・・・・・・・・

若妻に与えられた白昼の陵辱行為・・・・・・・・・・・・

やめて、主人が見ています・・・・・・・・・・

隠し撮られた素人妻・・・・・・・・・

人妻を題材としたオムニバス映画のようであった。一語一語が、確実に秀人を刺激してくる。罠にはめられたかのように、秀人はただ茫然としたまま、そのポスターを見つめた。

だが、秀人が衝撃を感じたのは、そのような扇情的な文言ではなかった。そこには艶やかな肌を惜しげもなく見せつけ、男たちに抱かれている人妻の写真が何枚かあった。

どの人妻も肉感的で、興奮をそそる裸体の持ち主だった。宣伝通り、人妻たちにはプロの気配はなく、純粋に素人で、演技ではなく現実に感じているような表情を浮かべていた。

秀人は、そこにある1枚の写真を食い入るように見つめた。

妻、希美子によく似た女性の写真がそこにあった。


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