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刻み込まれた快感(8)

2015 03 21
「早川さんが私に習字を教えるんですか?」
背筋を伸ばし姿勢よく座ったまま、朱里は少し驚いたように言った。

彼がいったい何を求めているのか、朱里には全くわからなかった。スマホに記録された映像は、一刻も早く消去したい。だが、その交換条件に彼が私に習字を?

早川は、表情をこわばらせたまま朱里を見つめていた。若者のそんな姿に、朱里はやがて気づいた。彼にもはっきりとした計画はないんだわ、と。

「ふふふ、早川さん、思いつきで言ってるんでしょう?」
朱里は何とか笑みを浮かべ、教師としての口ぶりを取り戻した。

「私に習字を教えるって、いったいどうやって?」
「それは・・・・・・・・・」

朱里は緊張が急速に和らいでいくことを感じた。これじゃ脅迫でもなんでもないじゃない。やっぱり、この人は悪い人じゃないわ。私は最初から感じていたとおり。

中学生に突然襲われそうになったあの日の出来事を、朱里は勿論忘れることはできなかった。後にも先にもあんなことは一度だけ。

あの子があんな風に迫ってくるなんて・・・、朱里は想像もしていなかった。美しいルックスの持ち主でありながら、結婚前、朱里は夫以外の男性とはほとんど交際した経験がない。

もっとも、その美しさと色気は、結婚後、30代後半にさしかかってから濃厚になってきたとも言えた。だが、別に夫に激しく愛されたから、そうなったわけではない。

いつも優しく、気を遣ってくれる夫だが、最近ではほとんど朱里を抱くことはなかった。朱里もまた、そちらのことには関心が薄く、そんな夫に何の不満もなかった。

だからこそ、外山の変貌ぶりに驚き、困惑した。そのとき、自分がどんな風な態度をとったのか、朱里は覚えていない。その映像が記録されているのなら、すぐにでも消してしまいたい。

朱里は思った。早川に少し付き合えば、彼はすぐにそれを消してくれるはず、と。

「いいわ、早川さん。じゃあ、早速始めましょうか」
自分自身に戸惑い続けている様子の彼を、朱里は自ら誘った。

「朱里先生・・・・・」
「先生はしばらくやめましょうか。私に習字を教えてくれるんでしょう。そこの席でいい?」

朱里は立ち上がり、早川が座る場所に近づいた。隣に別の生徒用の座布団、机が置かれているが、今日は誰もいない。朱里はそこにためらうことなく、座った。

人妻の白いシャツが一層まぶしく見えるように、早川は顔をしかめた。彼に構うことなく、朱里は硯を持ち、墨をすり始めた。

背後から見つめるだけで、全てが様になっていることがわかる。早川は人妻講師の後姿を、至近距離からただ見つめることしかできなかった。

「始めますね、早川先生」
朱里が、少しふざけた様子で言いながら、しかし真剣な表情で半紙を見つめた。

そして、朱里は瞳をそっと閉じた。両手を膝の上で揃え、無心になることに人妻は努めた。形のいい肩のライン、官能的に盛り上がった朱里の胸元を、早川は斜め後方から見た。

やがて瞳を開き、朱里は筆を持った。そして、ゆっくりとした速度で筆を動かし始めた。そこに書かれた達筆な文字に、早川は密かに圧倒された。

「先生、何か気付いた点があれば遠慮なくおっしゃってください」

朱里の言葉に、早川は答えることができなかった。この美しい人妻は、俺の要求に従ってこんなことをしてるんだ。教師として、俺は彼女に教えることができるんだ。

朱里先生が、恐らく、知らないようなことだって・・・・・・・。

圧倒的な人妻の優位性を崩壊させたいという欲情が、早川の体奥に芽生えてくる。

朱里はもう、早川の存在さえ忘れているようだった。こんな風に生徒の立場となって、真剣に筆を持ったのはいつ以来かしら。朱里は、本来持っていた純粋さを思い出していた。

美しい文字は正しい姿勢、そして無心から生まれるの。子供のころから刻み込んできた基本を、朱里は改めて思い出し、真剣に半紙に向かい続けた。

早川に脅されていることなど、もはや・・・・・・・・・・。

「・・・・・!?」
その瞬間、朱里は何が起こったのかわからなかった。

全ての神経を筆先に集中させ、腕を動かしているときだった。

朱里の肢体に、かつて感じたこともないような刺激が走り抜けた。

何かが首筋に触れた。ほんの僅か、まるで、毛先のような柔かな感触だ。

細やかに動くその感触が、朱里の全身に鳥肌と震えを与えた。

耐えきれず、朱里は、筆の動きを止めた。


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