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LOVE47(34)

2016 02 03
「お医者さんなんだよね」

日曜日の午前、電車の中は家族連れや学生と思われるグループ、そして若々しいカップルでにぎわっていた。

長引く梅雨は7月半ばになってもまだ明けないが、夏の始まりを待ちきれないように、車内はうるさいほどの喧騒で溢れている。

数日続いた雨は止み、外には青空が広がっている。

理穂は、交際相手である剛と、ドア付近に並んで立っていた。

その表情には、明らかな緊張の色があった。

自分から言い出したものの、彼が素直に誘いに応じたことに、理穂は未だ、後悔すら入り混じった戸惑いを感じていた。

別の女性が、と彼に抱いた疑念を恥じると同時に、理穂は突然のこの展開にどう振舞おうか、自分自身がまだわかっていなかった。

「理穂、どうしたの?」
「えっ?」
「まさか、緊張してるのかな」

ささやいてくる剛の腕に、理穂は甘えるようにしがみつく。

交際して1年少々。

別の会社に働く4歳年上の彼のことを、理穂は先日初めて母親に告白した。

「ママ、是非会いたいわ。いいわよ、早く連れてらっしゃいな」
「えっ、ほんと?」

「勿論。ねえ、それで、どんな人なの?」
「それは・・・・・」

「いくつの人?」
「えっと、27歳かな」

「へえ、27歳か・・・・・」
娘の言葉を少し考えながらも、にやにやと笑う母親の姿を、理穂は思い出す。

「ママも最近楽しいことないからさ、早く連れていらっしゃい」
「娘の彼氏に会うのがそんなに楽しいこと?」

「そりゃそうよ。そのために子育て頑張ってきたようなものよ」
「何、それ」

「だって、あなた、いろんな噂ばかりでこれまで一度だってちゃんと彼をママに紹介してくれなかったんだから」
「まあね・・・・・・」

そして、理穂は母親に聞いた。

「ねえ、最初はママだけに会ってほしいんだけど・・・・・・・」
「大丈夫。パパはどうせ週末どこかに外出するわよ」

今頃母親は、自宅で娘が彼氏を連れてくるのを楽しみに待っているはずだ。昼食を準備しておくわ、と、今朝弾むような声で言っていた。

彼の腕にすがりながら、理穂は小さな声で言った。

「家に彼氏を連れていくなんて、初めてだからさ」
「ほんとかな」
「ほんとですってば!」

いつものようにからかってくる剛のことを見つめながら、理穂は彼の質問を思い出したように、答えた。

「パパはそうよ、整形外科医」
「凄いよね、それって」

「凄くなんかないわ。それに、パパとママ、はっきり言って仲がよくないの」
「前に少しだけそんなこと言ってたっけ」

しばらくの間、沈黙したまま、二人は車窓の外を見つめた。彼が同じことを考えているのだと、理穂は感じていた。

「私、パパとママのこと、剛にほとんど話したことがないよね」
「うん」

「今日はママしか家にいないから。ママはパパと違ってほんとにいい人だから大丈夫」
「それはお父さんに失礼だろう」

「だって事実なんだから。ママのことは剛もすぐに気に入ってくれると思うけど・・・・・」
「ちなみにお母さんは何歳?」

「今は47歳かな」
「47歳か・・・・・・。若い時に理穂を産んだんだね」

「そうね。娘の私が言うのもなんだけど、ママ、凄く綺麗よ」
「娘よりも?」

「それはどうかしらねえ」

やがて、電車は駅に着き、二人は理穂の自宅に向かってゆっくりと歩きだした。

まさに今、梅雨が明けてしまったのだろうと思わせるような青空が広がり、住宅街に伸びる細い道は綺麗に整備されていた。

二人の将来には何の障害もないのだ。

なぜか、理穂はそんなことを思いながら、傍らを歩く剛の手を強く握った。

「どうしよう、そろそろ着いちゃうよ・・・・・・」
「どうしようって、いいじゃない。自宅何だから。なんか、こっちまで緊張してきたな」

「あそこよ」
「波多野外来整形クリニックか。凄いね」

「だから凄くないってば」

そして、二人は玄関にたどりついた。

緊張した様子でドアを開け、理穂が家の中に向かって叫んだ。

「ママ、来ちゃったよ!」
「来ちゃったよって、おい・・・・・・」

かすかな緊張を含んだ笑みを浮かべ、若者は姿勢を正してそこに立った。

「はーい」
理穂の母親と思われる声が、家の中から届く。

その瞬間、やや後方に立つ彼の表情に僅かな変化が生じたことに、理穂は気づかない。

「いらっしゃいませ」
昼食を準備していたのか、少しあわただしい様子で、普段着の母親がそこに現れた。

娘、そしてその後方に立つ若者の姿を、波多野葉子は見た。

「もう、ママ、いつもと同じ格好じゃないの」
理穂が、母親をからかうようにつぶやいた。


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