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黒い取引~姫への招待状(1)

2009 05 20
「ちょっと、久しぶりじゃないの!!」

デニムがよく似合うその人妻は、そこに集まった女性たち、一人一人に駆け寄りながら、興奮した様子でそんな風に声をかけまくっていた。

川口裕子だ・・・・・。

正午前の中華バイキングレストラン。年明け初回となる、幼稚園PTA役員の会合がこの日開催され、30人弱の役員のほとんどが顔を合わせることになった。

夫である圭一が経営するカフェをサポートするため、中南米の珈琲農園に出張に行ったのは、前年の11月のことだった。

戻ってきてからも、幼稚園ではクリスマス会やらお餅つきなど、いろいろなイベントがあったのだが、カフェの手伝いで手がはなせず、PTA役員として参加できないことも多かった。

そのせいだろうか。今日、久しぶりに顔を揃えた他の役員たちの姿を見ては、裕子は少し大げさな様子で、その再会を喜び合っている。

「どうだろうか、あのはしゃぎぶりは・・・・・・」
「裕子さん、まるでクラス会に来てるみたいですね・・・・・」

既に何皿か選択して自分達のテーブルに運んできた珠代、そして君枝は、他の役員達が食事コーナーを歩くのを邪魔するかの勢いではしゃいでいる裕子の姿を、遠くから眺めていた。

珠代、そして君枝は、裕子が無事帰国後、既に何度か顔を合わせていた。そのため、彼女達にとっては、裕子の興奮がどこか滑稽な風にも見えた。

「あれじゃ、みんな、食事が選べないわよ・・・・・・・」
「皆さん、笑顔が引きつってますよね・・・・・・・」

そのうち、役員達は選択した皿を持って、各自のテーブルに戻っていき、ふらふらと歩いているのはいつの間にか裕子だけとなった。

「あら?・・・・」
ようやく自らが置かれた状況に気づいた裕子のことを、珠代と君枝は爆笑しながら、テーブルから見つめている。

「ちょっと、何笑ってるのよ、あなたたち!・・・・・・・・」
恥ずかしげに駆け寄ってくると、裕子は君枝の隣の席に、やっと腰を下ろした。

「どうしちゃったの、裕子さん。そんなに興奮して?」
からかうように声をかける珠代に、裕子はジャスミンティーを口にしながら答える。

「だって、久しぶりなんだもん、みんなと顔を合わせるの・・・・・」
「そりゃそうだけど。でも中には迷惑そうな方もいたみたいだけど。『おいおい、料理が選べないよ』って顔して・・・・・・」
「あら、そうなの?」

「裕子さんは海外出張にまで行かれたんですから、あのはしゃぎぶりも当然ですよ、珠代さん」
相変わらずの裕子の調子に、君枝も笑みを浮かべながら、そう声をかけた。

「さすが、君枝さん。人をフォローするのがうまいわね」
珠代のその言葉に、裕子は言葉を返すことなく、睨みつけるような表情を浮かべる。

「え~、皆さん、少しよろしいですか~」
珠代たち3人が座っているテーブルから少し離れた場所で、その人妻は立ち上がり、役員全員に声をかけた。

PTA会長、岩崎聡美だ。姉御肌の彼女は38歳。3人の子持ちには見えないほど、細身でなかなか魅力的なスタイルを維持している。

「えっと、みなさん、改めまして、あけましておめでとうございます。早いもので役員任期もあと3ヶ月弱となりました。発表会や卒園式など、まだまだイベントは目白押しです。最後までどうぞよろしくお願いしますね~」

簡単な乾杯を終えた後、それぞれの役員は騒がしい食事をスタートさせた。やはり、幼稚園に通う子供達の話題が中心のようだ。

「うちの子、初詣での出店で仮面ライダーのお面買ってさ~」
「お面かあ、懐かしいねえ」
「もう、それ気に入ったみたいで、ずっとかぶって歩き回ってるのよ」
「ははは」
「初詣での帰りなんて、それかぶったまま電車に乗ってたら、どこかのおちびちゃんが、息子の顔見てびっくりしちゃって・・・・・。『うわっ!』って、思わず飛び上がってるんだもん」
「ねえ、何の仮面ライダーのお面買ったの?」
「ん? 電王のロッドフォーム」
「あっ、すご~い。ソードフォームじゃないんだ」

決して仮面ライダーマニアの会話ではない。ママ達は、いつしかウルトラマンやら仮面ライダー、そしてポケモンの世界に、子供達によって引きずり込まれているのである。

楽しげに会話が交わされているテーブルに声をかけながら歩いていた岩崎聡美が、突然何かに気づいたかのように立ち止まり、そして声を荒げる。

「こらっ! 姫! 何飲んでるの!」

役員達の視線が、一斉に、岩崎聡美が叫んだテーブルに注がれる。

「あっ・・・・・・・・」
そこには生ビール中ジョッキを持ち、それを口につけたままの状態で動きを静止した、一人の美しい人妻がいた。

26歳の姫、石崎亜矢子。愛らしく、憎めないその表情を浮かべたその人妻が、ビールを手にして会長に突っ込まれるというお決まりのパターンに、会場中が笑いに包まれる。



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