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続・波涛の彼方(1)

2010 08 23
夏の陽射しが降り注ぐ海面は、きらきらとまぶしく輝いている。海のその碧さは、東京から随分離れた地にやって来たことを教えてくれるものだった。

風が強いせいか、晴れ渡っているにもかかわらず波のうねりは高い。小船とも形容できそうな連絡船は、しかし、それをものともせずに突き進んでいく。

あのときは、確か春の嵐が迫っていたわ・・・・・・

城崎朋子は、窓の外の景色を眺めながら、過ぎたある日のことを思い出していた。自分が初めて島にやってきた、あの日のことだ。

そのとき朋子は、夫と一緒にこの船に乗っていた。初めて東京を離れ、瀬戸内の小島での生活をスタートさせるために。

だが、その夫、隆夫はもうこの世にはいない。

夫の突然の死から、2年が経過しようとしている。今頃はまた、島では夏祭りが行われているのかもしれない。朋子はそんなことを思いながら、前方から少しずつ迫ってくる島影を見つめた。

松木島。2年ぶりに私はこの島に足を踏み入れようとしている。夫の遺体とともにこの島を後にしたときには、朋子は想像していなかった。

まさか自分がこんな決意を秘めて、再びここに帰ってくることになるなんて。

この2年間で私は別の女になったのだ。見えない敵を挑発するかのように、朋子は胸の中でそうつぶやいてみた。

いや、敵は見えなくなんかない。私の体を陵辱した男、村岡こそ、敵の陣営に属する人間ではないのか。朋子は思いを巡らせるのを止めることができなかった。

あの男は今頃どうしているのだろうか。まさか私がこうしてこの島に戻ろうとしているなんて、思ってもいないに違いない。

しかし、狭い島にいれば、それは遅かれ早かれ彼の耳に入ることになるだろう。再び接近してくるであろうあの男に対し、私はどう振舞うつもりなのか。

自分自身にそう問いかけながら、朋子は体奥に封じ込めた何かが妖しく疼くのを感じた。34歳になった彼女の肉体は、以前にも増して魅力的だった。

スリムな体型が変わらず維持されているだけでなく、豊満な乳房そしてヒップラインには、20代の女では決して醸し出せない、熟した色香が漂っている。

この2年間、誰にも抱かれたことのないその体は、何かを激しく求めているようだった。それを感じるだけに、朋子は村岡の存在を無視することができなかった。

今回の訪問の目的を果たすためには、あの男と対峙するのを避けるわけにはいかない。それに、真の敵は、彼の背後にいるはずなのだ。

大きく接近してきた松木島の山腹を見つめながら、朋子は薬指にはめた指輪に軽く触れた。亡き夫への想いが、私の決意を新たにさせてくれるとでも言うように。

この島で殺害された夫。しかし、その犯人はいまだ特定されてはいない。2年が経過しようとしている今、既に迷宮入りとの観測も強まっている。

東京でこれ以上待つことはできなかった。自分であれば、何か手がかりがつかめそうな気がする。心当たりだってなくはないのだ。

島で暮らした半年間、周辺で起こったいくつかの奇妙な出来事。そこに、夫の死の秘密が隠されているような気がする。

夫を死に追いやった人間は、恐らくはこの島にまだ住んでいるはずなのだ。その予感を、朋子は自分自身の手で事実であると証明したかった。

「間もなく松木島に到着します」

船内のアナウンスが流れ、乗客たちが一斉に下船の準備を始める。その中に知った顔がいないことに、朋子は少し安堵した。

あのときとは違い、今日は乗客の人数は多かった。それに、上空に雨雲はなく、夏の午後の太陽が強烈にその存在感を示している。

だが、違うのはそれだけではなかった。あのとき一緒だった夫は、今日、ここにはいない。

しかし、朋子は1人ではなかった。

「ここがその島なのね、姉さん?」
隣の席に座る美しい女性が、朋子に小さく声をかけた。

朋子の妹、西井千佳子だった。



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