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抵抗の果て(1)

2013 12 17
1人の男がそこにいる。

平日の午前10時。都内から私鉄にたっぷり1時間以上乗った後、とある駅で降りた彼は、そこから10分程度、ゆっくりしたペースで歩を進めてきた。

一応は商店街の様相を呈しているが、ややひなびた印象は否めない。平凡なショートケーキをウインドウに並べている小さな喫茶店に、何十年も営業しているような洋服店が隣接している。

人通りはそれほど激しくない。それが時間帯のせいなのか、或いは、この街自体がそんな程度のものなのか、彼は独特の嗅覚でそれをかぎ取ろうとしていた。

間もなく40歳になろうとしている自分が、相変わらずこのような稼業で口を糊しているという事実に、彼は自虐的な笑みを浮かべる。

古い帽子店のガラスに、疲れた笑みを浮かべる自分の姿が映し出される。少なくともそれは、20年前の自分が思い描いていた将来の姿とは全く異なるものだった。

もはや選択肢など残ってはいない。郷愁めいた気分を強引に打消し、彼は周囲の様子をそれとなく観察する。そして、その風景が一変する様を想像してみる。

この場所に高層のマンションが建つ。駅からの距離を考えれば、確かに悪くはないだろう。周囲の辛気臭い商店街も、それをきっかけに数年で姿を変えるはずだ。

そんな光景を、彼は既に過去何度も目にしてきた。街を作り出すことなど、訳もないのだ。歴史など必要ない。強引に新しい文化を創り出せばいいだけだ。

どこか違和感を伴ったロジックが正当なものなのかどうか、彼にはしかし、それを自問するつもりなどなかった。目の前の風景を俺が変える。それは、ある意味で人助けになるはずだ。

洗脳を図るように、彼はそんな呪文を胸の内で繰り返す。そして、更にゆっくりと歩を進める。いつの日か完成する高層マンションの垢抜けたエントランスを想像しながら。

「ここか・・・・・・・・・」
目的地にたどり着いたことを確認した彼は、道路の反対側に移動し、ワイシャツの胸ポケットから煙草を取り出す。パッケージに描かれたラクダの絵を見つめ、1本をくわえる。

火をつけぬまま、彼は改めて道路の反対側に視線を投げる。せいぜい数メートル離れているだけのそこには、一軒の理髪店があった。

「足立理髪店」という看板と共に、営業時間、定休日、そして価格の案内を記したボードが掲げられている。昔ながらの理髪店というイメージを、そのまま体現した店舗であった。

100円ライターで煙草に火をつけ、肺いっぱいにその刺激を吸い込む。そして、スーツの内側に綺麗に折りたたんだ紙片を取り出し、そこに視線を投げる。

既に何度も目を通したメモである。

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「足立理髪店」

昭和47年、営業開始。以降、地元男性客をターゲットとして現在まで営業を継続。推定売上規模は月間70-80万程度、必要経費を考えれば経営は決して楽ではないと思料。

開業した店主、足立清一氏は3年前に病死。その妻も既に亡くなっており、現在は一人娘である江利子(37歳)、その夫、正則(39歳)の二人が店を経営。

江利子は専門学校を卒業後、同理髪店のアシスタントとして勤務を開始。長い間独身であったが、同じ理髪店業界にいた正則氏を紹介され、5年前に見合い結婚。

正則氏もまた、実家が隣県にある理髪店であり、経験は既に20年近く有。非常に実直かつ勤勉な性格であり、客からの信頼も厚い。一方で、やや弱気な面も存在する。

妻の江利子は、サービス業に従事する人間とは思えないほどに、大変寡黙なタイプ。感情をほとんど表に出さず、ややもすれば、冷たい印象を感じなくもない。

しかしながら、その確かな腕がそんな性格の不備を十分すぎるほどに補っており、夫同様に顧客の支持は高い。更に彼女の評価を高めているのは、その容貌かもしれない。

二人の間に子供はいない。夫婦関係は概して良好の模様。

なお、「今回の件」に関しては、既に当社関係者が複数回に渡り夫婦に折衝を試みたものの、拒絶の意志が非常に強く交渉難航。よって、貴社への委託に踏み切った次第。

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ゆっくりと煙を吸い込みながら、男は何度もそのメモを読み返した。「夫に弱気な面が存在する」、「妻の評価を高めているのはその容貌」、この2か所が男の関心を強く惹いた。

「旦那のほうから攻めるしかないだろうな・・・・・・・・」

誰ともなく、そうつぶやきながら、彼は安っぽい黒革の名刺入れを取り出し、そこにある1枚の紙片を手にする。自分の名前がそこにはっきりと書かれていることを確認する。

有限会社コーデン実業 小野田修二

根元までたっぷりと吸った煙草を足元に捨て、舗装道路の上で揉み消す。ゆっくりと道を渡り、理髪店の前に立ったとき、小野田は確かな視線を感じる。

理髪店の隣に、小さな電器屋がある。「宮地デンキ」と書かれた看板を見つめ、すぐに視線を店内にやる。小野田の視線から逃げることなく、主人らしい男がじっとこちらを見ている。

明らかに俺のことを敬遠している。俺が何の目的でここに来たのか、それさえもわかっているのだろう。小野田はしかし、そんなことに動ずるような人間では、もはやなかった。

電器屋の主人の男を苦々しく見つめながら、小野田はやがて理髪店のドアの前に立った。そして、ある決意を胸に秘め、そのドアを勢いよく押し開けた。

新たなストーリーが、今始まろうとしていた。


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