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目覚め(23)

2017 04 12
あの暗闇でいったい私に何をするつもりなのか。

いくら佐代子でも、それぐらいのことは容易に理解できた。もうこれ以上、彼らの要求に従う必要はない。

昨日までの私と夫との夕食後の振る舞いのことを、彼らは知っているようだ。それに対する困惑と怒りが、佐代子の意志を固めた。

彼らが夫に何を言おうと、もう言いなりになるつもりはなかった。

「私、部屋に戻りますから」
テーブルに置かれたデザートに手を伸ばそうともせず、佐代子ははっきりとした口調で言った。

レストランにいた多くの客が、既に部屋に戻ったようだ。閑散とし始めた空気の中、佐代子の言葉は、彼らの出鼻を確かにくじいた。

「奥さん、いいんですか、ご主人に何を言っても」
「結構です。なんでもお話になってください」

所詮、非現実的な脅しだった。彼らが夫に話しかける機会などない。それに、プールのことを話されても、どうにでも言い訳はつきそうな気がする。

明日にはチェックアウトをして、ここを離れる。この3人の男たちと会うことなど、もう二度とないのだ。

その時の佐代子は、そう確信していた。

「奥さん、待ってくださいよ、ここまでその気にさせておいて」
目の前に座る若い男たちは、つい本音を漏らしてしまうように、佐代子を見つめた。若さが隠せない彼らの表情に、佐代子は確かな勇気を得た。

「その気にさせたつもりなんかありませんから、私」
「さっきまで愛撫されて感じてたでしょう、奥さん」

美脚、そしてその奥の秘所は、未だ疼き続けている。佐代子は一瞬言葉に詰まったが、3人をきつく見つめ、はっきりと言った。

「心まで許したわけではないですから」

思いがけず発した台詞だった。人妻の強い調子に、彼らはテーブルに座ったまま、苦い表情で押し黙った。

だが、佐代子の隣に座る上司格の男は、それでもなお、人妻を抱くことをあきらめてはいないようだった。

「ご主人以外の男性を知らないんでしょう、奥さん」
「・・・・・」

「生真面目にずっと過ごしてきた主婦の立場を、せめて少しだけでもこのリゾート地では忘れて、奔放に振舞ってみたい。奥さんの顔にはそう書いてありますけどね」
「誤解ですわ・・・・・」

男は、テーブルに忘れ去られたように置かれているワイングラスに手を伸ばし、残り少ない液体をゆっくりと舐めた。

星空に包まれた闇の向こう、ビーチに押し寄せる波の音が届く。すっかり穏やかになったその音は、夫が無事に明日の朝ここに戻ってくることを佐代子に教えている。

答えを返そうとしない人妻に、彼は言葉を続けた。

「あんな刺激的なビキニを選択したのもそう。そして今夜、私の求めに素直に応じて脚を広げたのも・・・」
「そんな風に言わないでください」

ほとんど客がいなくなったレストランに、佐代子の声が響いた。それは、片づけを始めているスタッフ達にもはっきり届くものだった。

「女性であることの良さがもっと知りたい。違いますか、奥さん」
「・・・・・・・」

「私たちがベッドで教えてあげますよ、奥さん。朝まで時間をかけて」
「・・・・・・・」

全身に妙な熱が拡散している。それは午後、陶芸教室で彼と一緒に過ごしたときからずっと佐代子の躰に宿っている熱だった。

その熱のせいで、佐代子は言葉を返すことができない。

砂浜の林の中、或いは部屋のベッドの上で3人の男たちにいじめられている自分の姿。佐代子は、何かを強く欲している自分に気づく。

しかし、それは間違っても彼らではない。

「私、そろそろ失礼させて」
「お部屋はどちらですか、奥さん?」

立ち上がりかけた佐代子の手首をつかみ、男は落ち着いた様子で言葉を続けた。

「放してください」
「今夜はお一人なんでしょう。我々がお送りしますよ、お部屋まで」

「結構です」
強く腕を振った佐代子に対し、男はしつこく求めようとはしなかった。あっさりその手を緩め、佐代子を解放した。

「お帰りですか、奥様」
佐代子のことをずっと気にかけてくれていた若いレストランスタッフが、いつの間にか至近距離にいた。

「ええ。ご馳走様でした」
「こちらにサインだけお願いします。奥様の分だけでよろしいですよね」

彼は食事代を記載した伝票を、周到に既に準備していた。佐代子は彼を見つめ、そして座ったままの3人の男たちを見つめた。

「ええ。勿論」
「君、奥さんの分は我々が」
「結構です。借りは作りたくないですから」

佐代子は素早く伝票にサインを済ませると、3人に向かって僅かに頭を下げた。そして足早にレストランの出口へと向かった。

彼らと交わした会話のことを思い出しながら、佐代子は速足で部屋に向かった。自分がそんな強気な言葉を発したことが、佐代子にはまるで信じられなかった。

「奥様! 待ってください!」
部屋に向かう曲がりくねった道は、ほぼ完全な闇に包まれている。ところどころ砂地になった屋外の道を足早に歩いているとき、佐代子の背後から声がかかった。

佐代子はすぐに声の主がわかった。レストランスタッフの彼だった。

「奥様を部屋までお連れするように店長から言われましたから」
少し息を切らしながら、レストランのウェイターのユニフォームのまま、彼は佐代子の前に立った。

レストラン外で初めて彼を目にし、佐代子は改めてどこか幼ささえ残るその若さを感じた。

「助けていただき、ありがとうございました」
「い、いえ。でも・・・・、いやな連中でしたね」

「そうね」
佐代子は少し笑みを浮かべて、そう答えた。

「いくら奥さんがきれいだからって、あんな風にグループで迫るなんて」
自分の言葉に恥じらいを感じたのか、彼はそこで言葉を止めた。彼を救うように、佐代子は優しく言った。

「まだ学生さんですか」
「大学が夏休みの間、この島でバイトしてるんです。もうすぐ終わりですけど」

「そうなんですか」
「あっ、お部屋に向かいましょうか」

「ええ。お願いします」

2人は狭い小道を触れ合うほどの距離で並んで歩き始めた。彼が、何かを言おうとしていることを、佐代子は感じた。

だが、佐代子もまた、何か気の利いたことを言えるほどの社交性を持ちわせた人間でもなかった。

冷静な自分を取り戻すほど、佐代子は彼と二人で並んで部屋に向かうというこの状況に、妖しげな緊張を覚えた。

それは、佐代子の鼓動を高め、体奥で疼き続ける熱をゆっくりかきまぜた。

「ご主人は明日の朝までいらっしゃらないんですね」
その言葉を、彼がぎりぎりまで迷った挙句に口にしたことを、佐代子は感じた。更に鼓動を高めながら、佐代子は甘い息を吐くように答えた。

「ええ」

前方に灯された照明の下、佐代子の部屋がある離れが見えてきた。

「あそこです、私の部屋は」
そう言った瞬間、佐代子はまるで自分が彼を誘っているかのような錯覚に包まれた。

歩きながら、佐代子は部屋に戻ることだけを考えた。一瞬、彼の手が自分の手に触れたような気がした。

「コーヒーでも飲んでいきますか?」

自分が若者にそんな言葉をかけることを、佐代子は想像した。それは、3人の男たちとの淫らな行為を想像することと同じだった。

「どうもありがとう。もう大丈夫ですから」
想像したのとはまるで違う言葉を、佐代子は彼に投げかけた。

名残惜しそうな若者に別れを告げ、佐代子は部屋の中に入った。ドアを閉め、固くロックをする。若者がレストラン方面に戻っていく気配を感じる。

ドアにもたれかかったまま、佐代子は瞳を閉じた。

そして、彼のことを想った。

再びこのドアのカギを外し、暗闇の小道を歩き、自分から彼のいる場所に向かう。

それを想像するだけで、佐代子は息苦しいほどの熱を感じた。


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