FC2ブログ

脅迫(21)

2010 03 05
「志織さん・・・・、ねえ、志織さんってば!・・・・」

誰かが自分のことを呼んでいる。深い混濁の中、志織はしばらくの間、その声に反応することができなかった。閉じ続けていた瞳を開くことができない。

「ねえ、志織さん! 早く起きてよ!」
「ううんっ・・・・」

激しく肩を揺り動かされ、志織は返事とも言えない様な声を喉奥から発した。自分の名を呼ぶ声の主が涼介であることに、彼女はようやく気づく。

「ああ、よかった・・・・、もう、死んだかと思ったよ、志織さん・・・・」
意識が急速に戻ってくるのがわかる。激しい喉の渇きを覚えながら、志織は何かに怯えるような様子で、目を開けた。

「涼介君・・・・・」
床に寝そべっていた自分の傍らに、涼介がしゃがみこんでいる。彼の表情には、安堵に満ちた笑顔が広がっていた。

「志織さん、もう朝だよ、早く帰ろうよ」
涼介のその言葉を聞いても、志織は自分がいったいどこにいるのか、すぐに思い出すことはできなかった。

それほどの深い睡眠だった。いや、眠りというには濃厚すぎるほどの、意識の消失と言ってもいいほどの時間が、志織には訪れていたのだ。

眠っていたのかしら・・・・

普段、自宅で起床する際に感じるのとは、まるで違った感覚が志織を包み込んでいた。長い時間、意識を失っていたような気がして、爽快感がまるでない。体の節々が痛み、鈍い頭痛も残っているようだ。

志織は周囲を見回した。かすかな記憶に残っている、あの山小屋の中だ。外から差し込む日差しで、室内は昨夜の到着時とは別世界のように明るい。

そうだ、彼が連れてきたのだ。暗闇の中で途方にくれていた私たちを赤木と名乗るあの男が救い出し、この避難小屋へと導いたのだ。

志織は淀んだ無意識の淵の中から、時系列で記憶を取り戻そうとした。

赤木が小屋を出たとき、私たちは確かスープをすすっていた。そしてそのまま眠りにつき、彼の帰還とともに起こされた。彼は奈津美を連れていた・・・・。

「奈津美は・・・・、ねえ、奈津美はどこ!?」
志織は小屋の中を見回し、突然そう叫んだ。

「えっ?」
涼介が驚いた様子で、志織の動揺する姿を見つめる。

「奈津美よ・・・・、昨日、あの男がここに連れてきたじゃない!・・・」
一気に覚醒したかのようにそう叫びながら、志織は何度も周囲に視線を投げた。

だが、小屋の中には志織と涼介しかいないようだった。志織は、奈津美とともに赤木の姿、そして、彼の荷物が全てなくなっていることに気づく。

「涼介君、ねえ、あの男はどこに行ったの?!」
「あの男って・・・」
「だから、ここに私たちを連れてきた男よ!」

奈津美を拘束したまま、彼が再び姿を消したことを想像し、志織は激しい調子で叫んだ。涼介は、そんな志織を見つめ、少し呆れたようなトーンで言葉を返す。

「志織さん、ひどいじゃないですか、赤木さんのことをそんな風に言うなんて」
「えっ・・・・」

「俺達の命の恩人ですよ、あの人は。それに、何なんですか、奈津美ちゃんって。奈津美ちゃんがどうしてこんな山奥にまで来るんですか?」

涼介のその言葉に、志織は一瞬、息が詰まるほどの戸惑いを感じた。その瞬間、志織は涼介に激しく抱かれた昨夜の一連の行為を鮮明に思い出した。

ちょっと待って、涼介君・・・・

志織はしかし、戸惑いを言葉にすることができなかった。涼介の態度があまりに自然で、裸体で交わりあった記憶さえも全く引きずっていないように思えたのだ。

「わかった、志織さん、変な夢でも見てたんでしょう?」
「夢?・・・・」

「何度呼んでも全然起きなかったし、それに一人で訳わからないこと言ってる」
涼介が、昨夜、ここに到着したときと全く同じ服装でいることに志織は気づく。我に返ったように、志織は自らの肢体を見つめた。

そんな・・・・

志織自身もまた、乱れることなく、服をきちんと身につけていた。気づかぬうちに、涼介君が服を着せてくれたのだろうか・・・・・。鈍い痛みが何度も頭に走るのを感じながら、志織はもう、冷静に考えることなどできなかった。

「赤木さんなら少し前に出発しちゃいましたよ。今日は更に遠くまで登るつもりだから、先を急ぎたいって」
「・・・・・」

「天気もいいし、昨日歩いてきた道を戻っていけば、昼前にはあの頂上に行けるよって教えてくれたよ。歩いている途中で携帯の圏内に入ったら、赤木さんから事前に警察には連絡入れておくってさ」

床に座りこんだまま、志織は涼介の説明をぼんやりと聞いていた。そこには嘘や、何かを隠そうとする気配は全く感じられなかった。

涼介は、いつもの涼介のままなのだ。だとしたら、私は本当に夢を見ていただけなのだろうか。山中をさまよったことによる強烈な疲労感と、救出された安堵感により、過去に経験したことのないような睡眠に引きずり込まれたとでもいうのか。

「ねえ、涼介君、昨日のこと、覚えてる?」
志織は、自分から何かを言い出すのが怖いように、涼介にそう訊いた。

「勿論。赤木さんが外の様子を見てくるって出かけた後、たぶん、俺、すぐ寝たんじゃないかなあ」
「涼介君も?」

「うん。朝までずっと寝ちゃったよ。赤木さんが戻ってきたのも知らないし」
「じゃあ、起きたのはさっきなの?」

「そう。赤木さんが出発の準備をしている音で目が覚めたんだ。そうだ、志織さん、赤木さん、朝食まで残しておいてくれたんだぜ」

涼介が指差した床の上に、小さなおにぎりが置いてあった。志織の記憶の中にいるあの男とはかけ離れた気配りだったが、それは確かな現実の光景だった。

志織は腕時計に目をやった。午前7時40分だった。座り込んだまま、志織はなおも涼介の説明を受け入れることができなかった。

あれが夢だったなんて・・・・、こんなにはっきり覚えてるのに・・・・

そのとき、志織はふと、あることを思い出した。立ち上がり、さりげなくシャツを整える素振りを見せながら、彼女はその下に身に着けているキャミソールを覗いた。

嘘っ・・・・

涼介によってナイフで切り裂かれたはずのキャミソールは、全くの無傷のままだった。志織は、喉の渇きが更に増してきたことを感じていた。


(↑クリック、凄く嬉しいです)

★☆★☆★☆★☆


誰にも言えない悩み、LCコスメですっきり解決

Comment
「完」じゃない・・・。

この後まだ続きがある??

「締め」 さらに期待しちゃいます。
悪夢と現実
そうでしたか…
最初のメッセージを読んだとき、冬山遭難が頭に浮かびました。寒さで幻覚を…と思っていたのですが、そんな季節ではないし…
しかし、涼介君が高校1年生には思えないような展開だったし…
どうなるんだろうと毎日更新を楽しみにしていました。こういうことだったんですね。
悪夢と現実、なかなかですね~
これが最終回ではないとすると、現実に何かが始まるのですね。

管理者のみに表示