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脅迫(23)

2010 03 08
あの男ならば、本当のことを教えてくれるような気がする。志織は、救出された日に心に抱いたその考えを、それ以降、捨て去ることはなかった。

いや、何日も過ぎ去り、以前のような平凡な日々に再び埋もれていく中で、志織はその想いを更に強くしていった。

夢だった、という説明だけでは、どうしても片付けることができない。あれほどの濃密な記憶を伴う夢なんて、志織には受け入れることができなかった。

だとしたら、いったいどんな答えが用意されていると言うのだろう。涼介の説明、無事だった奈津美、そして引き裂かれていなかったキャミソール。全ての証拠は、あれは夢だったのだと、志織に訴えてくるというのに。

それでも志織には何かが引っかかり続けていた。その謎の鍵を握っているのは、自分達の前から姿を消したあの男以外あり得ないのだ。

「じゃあ、いってくるよ、志織」
「ええ、いってらっしゃい、あなた」

その朝、志織は出社する久雄をいつものように送り出した後、リビングで無邪気に遊ぶ奈津美の姿を見つめながら、志織は家事を手際よく済ませていった。

山での遭難騒動から、既に2週間近くが経過している。この日、志織は以前から思い描いていたある計画を実行に移そうと考えていた。

と言っても、別に大げさなことではない。電話を一本、かけるだけのことだ。

午後、一緒に昼食を済ませた奈津美は、すやすやと眠りに就いた。3歳の娘にとって、1時間少々の昼寝はいつものことだった。志織は娘が寝る部屋から離れ、携帯電話を手にした。

既に電話番号は調べてある。あの避難小屋で赤木が自分の勤務先として口にした、都内のコンサルティング会社の番号だ。

一度しか耳にしなかったその会社名を、志織ははっきりと覚えていた。外資系らしく、アルファベット3文字の略称で呼ばれることの多いその名前を、志織は以前から何度か聞いたことがあったのだ。

平日の午後、自宅の中は静まり返っている。奈津美が生まれて間もなく購入した、小さいながらも一応戸建ての住宅で、志織は一人、鼓動を早くしていた。

ダイニングのテーブルに座り、携帯電話を見つめる志織は、素肌がかすかに汗ばんでいることに気づく。緊張しているのだ。

いったい赤木に何と切り出せばいいのだろう。まさか、胸の中に抱えている戸惑いを、素直にあの男に吐露するわけにはいかない。

深く考えることはない。ただ、命を救ってくれた彼に、感謝の意を示すだけでいいはずだ。これまで、一度もその機会が与えられていないのだから。

それは、少しばかり妙な話だった。志織と涼介の救出劇が、テレビ、新聞で報道されたにもかかわらず、赤木は警察側には一切連絡を寄越してこなかったのだ。

捜索を進めた地元警察も、彼のことを特に気にする様子はなかった。ともかく二人が無事に発見されたのだから、それでよしとする雰囲気が強かった。

間違いなく、赤木は報道を目にしているはずだ。志織たちが無事に帰還したかどうか、彼は下山した後、チェックしているに違いない。

それだけで満足したのだろうか。あの小屋の中では、携帯電話の番号を交換し合うようなこともなかった。彼は最初から、匿名での救出者に徹しようとしたのか。

とにかく電話をするのだ。そして、素直に礼を述べるのだ・・・・。志織は昂ぶる気分を感じながらも自らにそう言い聞かせ、携帯のボタンを押した。

電話が繋がった直後、すぐに相手の声が聞こえてきた。

「ありがとうございます、○○○でございます」
「あっ、あの・・・・」

代表番号のため、受付もしくは交換手にでも繋がったのだろう。落ち着いた若い女の声に対し、志織は意図的にゆっくり話そうとした。

「あの・・・・、そちらの社員の方にお繋ぎいただきたいんですが・・・・」
「かしこまりました。社員の者の名前を教えていただけますか?」

「すいません、それが苗字しかわからなくて・・・・・、所属部署とかもわからないんですけど・・・・」

「苗字のみでお調べいたします。弊社の誰宛になりますか?」
事務的な口調ながら、その声に確かな不審感が宿り始めたことを、志織は感じていた。しかし、もう引き下がるわけにはいかなかった。

「赤木さん、とおっしゃる方なんです・・・・」
「赤木、ですね。しばらくお待ちください」

赤木、という響きに、電話の向こうで一瞬の緊張が走ったような気がした。しかしそれは、志織の一方的な思い込みであったのかもしれない。

受付の女の沈黙は長くは続かなかった。数秒のインターバルの後、彼女は志織に回答を提示した。

「お客様、申し訳ございません。赤木という者は弊社にはおりませんが」
「えっ?」

全く予想していなかったその言葉に、志織は一瞬、耳を疑った。電話口の女は、志織のリアクションに更に不審を募らせた様子で、言葉を続けた。

「ですから、赤木という名前の人間は、弊社には在籍しておりません」
「すいません、それ、間違いないですか?・・・・・」

「ええ。社員名簿で検索しておりますから。失礼ですが、お客様は・・・・」
相手の女がそこまで口にしたとき、志織は丁重に礼を述べ、電話を切った。

何週間も張り詰めていた緊張から解放されたように、志織は椅子に深く腰を沈めた。そして、この事実がいったい何を意味するのか、冷静に捉えようとした。

赤木は、勤務先として嘘の会社名を口にしたのだ。やはり彼は、最初から最後まで自らの素性を隠そうとしていたのだろうか・・・・。

このまま二度と赤木と会うことはないのなら、あの避難小屋での出来事は、志織にとって不可思議な体験として、永遠に記憶されることになる。

そんな・・・・

このまま何の答えも示されなければ、志織はあの記憶の呪縛に自分が更に苦しむような気がした。行き詰まった志織が、携帯をテーブルに置いたときだった。

プルルル・・・・

突然、携帯が震え、テーブルの上で激しい音を鳴らした。メールの着信音だ。

「誰かしら・・・・・」
赤木を見つけることができなかったという戸惑いに包まれたまま、志織は画面を見つめた。アドレス帳には登録されていない先から届いたメールのようだった。

着信したばかりのメッセージを開ける。その瞬間、志織の肢体に衝撃が走った。

「オクサン、オボエテイマスカ、アノヨルノコトヲ」

不吉な匂いがするそのカタカナのメッセージは、志織に新たな脅迫が始まったことを告げるものだった。




(↑中断せずこのままこの作品を書き続けることにしました。クリック、凄く励みになります)


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Comment
なぜ
いつも楽しみに読ませてもらってます!

なぜ中断を考えたんですか(´Д`)

とっても楽しみにしてるし、クリックも毎日してます!!

密会、先日ぜんぶ一気に読みましたが 本当に面白かったです(>д<)

凄いなー凄いなーと
読んでました☆

これからもがんばってくださいね(^-^)♪

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