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脅迫(27)

2010 03 12
背筋を冷たいものが走り抜ける。画面の中の男の姿に釘付けになったまま、志織は息を呑んだ。

彼はカメラをまっすぐに見つめていた。その男に自分の今の姿が見られている気がして、志織はモニターから逃げ、壁に背中を着けた。

ハアハアという乱れた息遣いが、どこかから聞こえてくるような気がする。それは、追い詰められた自分自身が漏らしているのかもしれない。

どうして・・・・、どうしてここに・・・・・

間違いなく、そこにいる男は赤木だった。山で遭遇したときの、いかにも登山家らしい格好とは異なり、今日の彼は、茶系のスーツをきちんと着こなしている。

2週間の沈黙を経て、突然姿を現したその男の意図が、志織には理解できなかった。冷静にそれを考えることができないほど、志織は混乱していた。

静まり返る室内に、再びインターホンの音が鳴り響く。数秒おきに執拗に鳴らされるその音は、志織に確かなメッセージを伝えてくるようだった。

奥さん、いることはわかってるんだ・・・・、早く俺を中に入れてくれよ・・・・・

しかし、志織はそれを決断することができなかった。この直前に赤木がしていたことを想像すると、志織には、彼と今、向かい合う勇気がなかった。

携帯でメールを送りながら、あの男は密かにこの家に接近していたのだ。そして、中にいる人妻を巧みなメッセージで追い詰め、その乱れる様子を覗こうとした。

自分のあられもない姿が、果たして赤木に目撃されたのかどうか、志織には確信はなかった。カーテンは完璧に閉ざしていたはずだ。だが、快感に溺れていく途中、何度か外からの視線を感じたのも事実だ。

やがて、インターホンの音が止まった。志織は肢体を壁から離し、もう一度、画面の中を見つめた。そこにはもう、赤木の姿はなかった。

思わず窓辺に駆け寄り、志織はカーテンの隙間から外の様子を伺う。だが、彼の姿は、まるで最初から存在しなかったかにように、跡形もなく消えていた。

気分の悪い汗を感じながら、志織はリビングのソファに腰を沈めた。そして、彼がどうやってこの家の場所を突き止めたのか、考えてみようとした。

山から救助された日、志織と涼介の氏名、そして住所がマスコミで報道された。勿論、詳細な住所ではなく、市の名前しか説明されてなかったが、例えば探偵にでも依頼すれば、簡単に自宅の場所など特定できるのだろう。

いったい何のためにここに・・・・

その疑問に関しては、志織は深く考えずとも、答えがわかるような気がした。メールで送信されてきたメッセージを見れば、彼の望みは明らかだ。

あの男は、私のことを・・・・

それを想うだけで、志織の体奥に複雑な情念が渦巻いてくる。謎めいたあの男に対し、志織は今や、憎しみと呼んでもいい激しい感情を抱いていた。

しかし、同時に、彼女の体は疼き続けていた。志織は認めたくはなかった。どうやら自分が、あの男にどこかで惹かれているということに。

誰かを好きになる、といった類の心の揺れではない。性的な欲情が複雑に絡まった、自分でも捉えどころのないような屈折した感情だ。

携帯メールに触発された自慰行為で、志織はそれを激しく妄想した。自分と涼介が愛し合う姿を赤木に見せつけてやる。そして、その男に復讐されるように、激しく犯される自分の姿・・・・。

もしあの男を招き入れていたら、いったい私はどうなってしまったんだろうか・・・・

志織は底が見えない淵に、赤木に引きずり込まれようとしている自分を感じていた。いけない、これ以上あの男と関わりを持っては・・・・・。

山小屋での謎への答えを知るには、赤木に会うしかない。だが、今の志織には、それはあまりに危険なゲームのような気がした。

ソファに座る志織は、まだ鼓動が高鳴っていることに気づく。

****************

「おかえりなさい、今日は早かったのね」
「ああ。たまにはこんな日があってもいいだろう」

その日の夜、珍しく7時過ぎに帰宅した久雄を出迎えたとき、志織はまだ、午後の記憶に絡み取られていた。

嬉しそうに走り回る奈津美を抱きかかえる夫の姿を見つめながら、志織は少し迷っていた。だが、結局、それを久雄に言う事はできなかった。

どう説明していいのか、志織にはわからなかった。あの山小屋での記憶のことは隠し続けている。それに、夫は、妻がダイニングテーブルで今日の午後あんなことをしたなんて、想像さえしていない。

赤木のことを少し話しただけで、全てがほころび、自分の淫らな一面が露呈してしまうような気がする。志織は、彼の来訪のことを懸命に忘れようとした。

「さあ、奈津美、パパと一緒にご飯食べよっか」
戸惑いを振り払うように明るい口調で娘に声をかけ、志織は久雄に缶ビールを差し出した。

「久しぶりだな、平日の夜に家族揃って食事をするなんて」
久雄の穏やかな表情を見つめているうちに、志織は心の混乱を忘れることができるような気がしてきた。

もう忘れるのよ、あの男のことは・・・・・・

夫を前にし、志織は心の中でそうつぶやいた。そのときだった。

突然、インターホンの音が部屋に響いた。その瞬間、志織は息を呑んだ。

「あっ、お客さんだ!」
はしを握ったまま、奈津美が嬉しそうに叫ぶ。娘のその姿とは対照的に、志織はその場から動くことができなかった。

まさか、そんな・・・・・

「誰だろうな、こんな時間に」
久雄がそう言いながら、動こうとしない志織の代わりに席を立とうとする。

「あなた、待って、私が出るから」
慌てた様子で立ち上がる志織を、久雄が少し、戸惑った様子で見つめた。夫のその視線を感じながら、志織はモニター画面のスイッチに指先を伸ばす。

いやっ・・・・、こんな時間に来ないで・・・・・

背後にいる夫と画面の間に、志織は意識的に体を入れた。赤木の顔を知らない久雄だが、そんな夫にあの男の姿を見られることに、志織には強い抵抗があった。

唇をかすかに噛み、志織が思い切って応答スイッチを押す。ディスプレイの中央に、門の前にいる一人の男の姿が浮かび上がった。

えっ・・・・

深いため息を誘うような安堵が、志織を包み込む。画面の中の男は、昼間そこにいた男と同じようにスーツを着ている。だがそれは、赤木ではなかった。

「夜分にすみません。警察のものですが、ちょっとよろしいでしょうか?」



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