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脅迫(29)

2010 03 15
「・・・・・」
一度目にしてしまった写真から、志織は視線を動かすことができなかった。

「志織、知ってるのか、その男を?」
妻の不審を疑うかのように、再び久雄が質問を投げる。志織は、どう話せばいいのか判断がつかないまま、口を開いた。

「え、ええ・・・・」
「誰なんだ、いったい?」

「山で遭難したとき、私たちを救ってくれた人・・・・」
「じゃあ、山小屋に涼介君と志織を連れて行ってくれたのが、この人なのか?」

志織は、隣に座る久雄にようやく視線を移し、こくりと頷いた。二人の様子を、武本が冷たくなった湯呑みをさすりながら興味深そうに見つめている。

その刑事は、目の前の人妻にもっと喋らせたいようだった。写真を提示したまま、じっと黙っている刑事に対し、志織は自白を強要されているような気分になった。

だが、全てを話すわけにはいかない。夢と現実とが交錯し、自分があの男に翻弄され始めていることは、夫に言えるはずもないのだ。

「間違いないわ、この人が私たちを救ってくれたのよ・・・・」
「そうか・・・・」

「でも、あの夜、この人が外の様子を見てくるって言って出かけた後、私たちは眠ってしまったの。朝起きた時にはもう彼は出発した後で。だから、私、ほとんどこの人と話もしてないのよ」

志織は、自分自身の言葉を確かめるような口調で、ゆっくりと説明した。それは救出された当時、既に警察や久雄に説明した内容でもあった。久雄は妻の言葉に納得したような表情を浮かべた後、武本のほうに視線をやった。

「武本さん、どうしてこの男が妻をターゲットにしているって思われるんですか?」
久雄のその言葉を受け止めながら、武本は志織に質問を投げた。

「奥さんはお気づきじゃないですか?」
刑事の言葉に、志織は思わず表情を硬くした。全てを見透かしているかのようなこの刑事が、あの山小屋での記憶のことまで掴んでいるような気がする。

「気づくっておっしゃいますと・・・・」
「つまり、この男に奥さん自身が狙われているってことです」
「い、いえ、別に何も・・・・」

ストレートな武本の物言いに、志織は圧倒される一方だった。しかし同時に、赤木という男の秘密が、次第に明らかになってくることも感じていた。

赤木は自分を本気でレイプしようとしているのだろうか。山で遭遇した人妻に狙いをつけ、執拗に追い続けているとでも言うのか。

それであれば、昼間、携帯にいかがわしいメッセージを送りつけ、この自宅にまでやってきた理由もわかるような気がする。

しかし、それを今、言ってしまうことは志織にはできなかった。自分は、今日の午後、あの男に抵抗するどころか、その罠に自分から望んではまろうとしたのだ。

「何も気づいてはいないんですね、奥さん?」
「え、ええ・・・・」

自分が嘘をついていることに、この刑事は気づいている。志織はそう感じていた。そして、武本は志織の想像通り、確かな事実を把握していた。

「奥さん、今日の午後、この男はこちらのお宅にまでやってきましたよね?」
「えっ?・・・・・」

「我々はあの男をここのところずっとマークしています。彼が今日、奥さんの自宅にまでやってきたことで、我々は確信したんです。次のターゲットは奥様だと」
「・・・・・・」

「調べてみたら、先日、奥様が山で遭難騒動を起こしていたことを知りました。だから、ああ、恐らくどこかの山でこの男に会ってるんだろうと、こう思ったんです」

この刑事は、今日の午後、いったいどこまでを目撃したのだろうか。まさか、家の中の様子まで掴んでいるとは思えない・・・・・。

「刑事さん、私、留守をしていたかもしれません・・・・・」
「そうでしょうな。この男は何度か玄関で呼び出し音を鳴らしましたが、結局そのまま立ち去りましたからね」

志織は、自分の説明の辻褄が何とかあったことを知り、密かにほっとした。これで、自分とあの男の関係につき、妙な先入観を持たれる恐れはなさそうだ。

そう思うと、志織は刑事がここへやってきた理由を具体的に知りたくなった。いったいどのような協力を彼は望んでいるというのか。

「刑事さん、あの・・・・」
「何でしょう、奥様?」

「この赤木っていう人を・・・・」
「赤木?」

志織の言葉に、久雄がすかさず反応を示した。志織は、この男の名前を、刑事も自分もまだ口にしていなかったことに気づいた。

「あっ、そうなの・・・・、この人、私たちには赤木って名乗ったんだけど・・・・」
志織はそう言いながら、武本を見つめた。刑事は、人妻のその指摘が正しいことを示すように、小さく頷いた。

「それで刑事さん、この赤木っていう人を逮捕することに協力して欲しいっておっしゃいましたけど、実際に私たちは何をすればいいんでしょうか?」
志織の言葉に、武本は更に突っ込んだ話を始める。

「先ほど説明しましたが、容疑は女性への暴行と不正薬物所持及び使用です。双方共に、具体的な証拠がないままに、彼は当局の拘束を逃れ続けています」

「彼は知ってるんですか、自分が警察に目を付けられていることに?」
久雄の口調には、妻の危険を不安視する気持ちがはっきり感じられた。

「勿論です。だから抜き打ちの職務質問では、一切尻尾を出さない。そこで、お二人にお願いしたいのは、彼の現行犯逮捕への舞台設定とでも言いましょうか」

「現行犯逮捕?」
不審を拭いきれない様子で、久雄が訊き返す。

「つまり、奥様を襲うぎりぎりの段階にまで、あの男を引きずりこんで欲しいんです。我々はそれをすぐそばでモニターしています。そして、奥様への暴行の意志がはっきりと見えた瞬間に踏み込んで、彼を拘束するつもりです」

武本はそこまで話し終えると、目の前の夫婦に若干の猶予を与えるように、しばらく口を閉じた。

酔狂とも表現できる刑事の提案を思案するように、久雄はじっと黙っていた。志織もまた、何も言葉を返すことができなかった。

襲われるぎりぎりの段階まで赤木を誘い込む・・・・。それを想像するだけで、志織は妙に肢体が火照るのを感じていた。



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Comment
まさか、これも赤木の罠?
それとも旦那ぐるみ?
おーこれからの展開期待してしまいます。

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