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脅迫(30)

2010 03 16
武本の口調は少しずつ熱を帯びていった。それは、彼がこの計画に相当入れ込んでることを示すものでもあった。

「赤木を現行犯で逮捕するには、もはやこんな方法しかないんですよ」
それを受け入れるかどうか、選択肢は久雄と志織にあるはずだった。だが、刑事の表情には、拒絶などあり得ないという色が浮かんでいた。

「しかし武本さん、妻をそんな危険な目に遭わせるわけには・・・・」
「いや、ご主人、確かにおっしゃるとおりです」

妻をおとりにして暴行容疑がかけられた男を誘い込むという刑事の提案に、久雄は明らかに困惑している。武本は、それを理解するように穏やかな表情で答えた。

「言ってしまえば、この計画の主役は奥さんなんです。何も知らない振りをしながら、あの男をある段階にまでもてなしていただく必要がありますからな」

そんなこと、果たして自分にできるのだろうか・・・・。志織は、赤木の姿を目にしただけで、自分が動揺を隠し切れないような気がしていた。

「ご主人のご指摘どおり、奥様は危険な立場を要求されます。ですから、我々としても万全の体制で臨むつもりですよ」

「具体的に教えてもらえますか、武本さん?」
久雄のその言葉に、志織は感じた。夫がこの計画に同意しようとしていると。

「場所がどこになるかわかりませんが、恐らくはこちらのお宅になるでしょう。赤木がここを訪れる時間が決まれば、私を含め、捜査員数名が付近で待機します」
「・・・・・・」

「そして、ご主人、あなたにもご協力いただく必要があるんです」
「えっ、私がですか?」

「ええ。我々が自宅内にいてもいいんですが、あの男は勘が妙に鋭いですからね。若干のリスクがあります。そこでご主人にこの家のどこかにいてもらって、奥様の様子を逐一チェックいただきたいんですよ」

「チェック、ですか・・・・」

「極小のカメラを設置するのか、奥様に何か合図を送ってもらうのか、まだわかりませんが、とにかくご主人に二人の状況を判断いただいて、その上で外で待機する我々警察に連携いただく、というのが、今のところ最善かと考えています」

武本の説明を聞き、志織は少しばかり安堵した。久雄もいない場所で、赤木と二人きりになるなんて、想像するだけで怖かったのだ。

夫がすぐ近くにいるのであれば、堂々と接することができるような気がする。あの男に犯罪の容疑がかけられている以上、余計な雑念は捨て去り、ただ自分の役割に徹すればいいのだ。

目の前に座る人妻の表情の変化に察したように、武本が志織に声をかける。

「どうですか、奥様、ご協力いただけますか?」
拒絶など最初からできないのだろう。志織はそう考えながらも、心に浮かんだ疑問を素直にぶつけてみた。

「刑事さん、彼の容疑は暴行と、それから不正薬物っておっしゃいましたけど、具体的にどんな薬物なんですか?」

「確証はないんですが、まあ、麻薬ですな」
「麻薬・・・・」

「ご存知かと思いますが、違法な幻覚剤が今、世間には溢れ返っています。まあ、覚醒剤と一括りにしてもいいんですが、繁華街にたむろする連中だけではなく、こんな平凡な住宅街に住む主婦層にまで広がっているんですよ」

確かに、そんな薬物の誘惑に負けてしまう主婦が最近では存在していると、志織は何かの記事で読んだ記憶があった。

「赤木はそれを巧みに利用しながら、女性への乱暴を働いているようなんです」
「薬物を利用して・・・・」

「ええ。奥様にこんな表現をするのも何なんですが、まあ、セックスの快感を加速させるわけですよ、薬を使って」

志織はあの山小屋での謎が一気に紐解けたような気がした。

彼は、違法な物質を密かに私たちに口にさせたのだ。そして、幻覚症状を誘発させ、その間に、私の体に乱暴を働いた・・・・。

この仮説ならば、全て説明がつく。あの男は、自分が涼介であるような演技をしながら、「夢の中」にいる私の体を奪ったのかもしれない・・・・。

「どうしましたか、奥さん?」
「い、いえ・・・・、じゃあ、被害にあわれた女性の方は、皆、そんな風に薬物を与えられているんですね?」

志織は、自分自身への追求を避けながら、武本にそう訊き返した。山小屋でのそんな疑惑があることを、志織は刑事にも、そして夫にも知られたくはなかった。

「まだ断定はできないんですが。何名かの女性からそんな証言が得られたことと、赤木の周辺に薬の売人の影が見え隠れしてることからの推測なんです」

「あと、もう一つ気になったのは、被害女性の皆様のことなんですけど・・・・」
「ええ」

「なぜ彼女達は被害届を皆取り下げているんでしょうか?」
この話の冒頭の部分で刑事が口にしたことを思い出しながら、志織はそう訊いた。

「奥さん、それは私たちにもよくわからないんです。まあ、そこにも何か薬物の影響があったりするのかもしれません」

志織には、刑事が見つけていない答えが、何となくわかるような気がした。幻想の中にいる間に赤木に犯された彼女達は、果たして自分の身に何が起きたのか、確信できないのではないのか。

この私自身と同じように・・・・・・。

「武本さん、お話は理解できました」
どこか納得した様子の志織を見つめながら、久雄がそう言った。

「そうですか、いや、本当は私もこんなことをお願いしたくはなかったんですが。それで、いかがですか、ご主人、ご協力いただけますか?」

武本は、先ほど志織から回答を得ることのできなかった質問を、仕切り直しをするかのように久雄に投げかけた。

「その男が本当に妻を狙っているのなら、是非協力したいのですが・・・・」
久雄はそうつぶやきながら、その判断を仰ぐように、隣に座る妻を見つめた。

「奥様、いかがですか?」
再び協力を要請してきた刑事に、志織は凛とした調子で答えた。

「わかりました。やらせていただきます」
赤木の正体を早く警察に暴いて欲しい。志織が同意した理由は、ただその一点のみだった。

「ただ、刑事さん・・・・、ほんとにあの男は私のところに来るのでしょうか?」
計画への参加を告げた後、志織は武本にそう質問してみた。

「間違いないです。やつは、奥さんに必ずコンタクトしてきますよ」
刑事の勘なのか、自信満々にそう言い切る武本の表情を、志織と久雄は、緊張をはらみながら見つめるしかなかった。

そして、その夜から1週間ほど経過した後、刑事の予想は現実のものとなった。


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