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脅迫(31)

2010 03 17
「突然のお電話で恐縮です。私、赤木と申しまして・・・・」

志織の自宅の電話が鳴ったのは、武本の訪問から1週間ほど経った日曜の夜だった。電話口に彼の声を確認した瞬間、志織は緊張で肢体を硬くした。

刑事の言うとおりだ。再び、あの男は私へのアプローチを仕掛けてきたのだ・・・・。一瞬、言葉に詰まりながら、志織は平静を装って彼に答えた。

「赤木さん、ですか?」
「ええ、ほら、奥様が山で道に迷われていたとき、会った者です」
「ああ、あのときの・・・・」

リビングで娘と一緒にくつろいでいた久雄が、妻の動揺に気づいたのか、こちらに近づいてくる。志織は、夫を見つめながら、赤木の声を待った。

「その節はちゃんと挨拶もせず立ち去ってしまい、申し訳ございませんでした。奥様と涼介君が無事に救出されたことは、下山してから新聞で拝見しました」

「こちらこそ、赤木さんのおかげで助かったんです。本当にありがとうございました」

赤木への先入観を、志織は懸命に忘れ去ろうとした。この男は、自分と涼介にとっての命の恩人なのだ。それ以外の余計な感情を抱いてはいけない。

志織はそう言い聞かせながら、電話をかけてきた男に厚く礼を述べた。赤木の丁寧な口調は、善良な登山者の姿そのものを伝えていた。

声を出すことなく、久雄が志織に質問を投げかける。受話器を握ったまま志織は頷き、あの男から現実に電話がかかってきたことを夫に教える。

「随分時間が経ちましたので今更連絡するのもどうかと思ったんですが、奥様のことが少しばかり気になりましたので・・・・」

「私こそ、赤木さんにはお礼をちゃんと言わなくちゃ、と思っていたんです。ただ連絡先も何も知らなかったものですから・・・・」

彼の勤務先に連絡したが社員としての在籍が確認できなかった事実を、志織は敢えて伏せたままにしておいた。自分から積極的にコンタクトを取っていたと思われるのが、志織には嫌だった。

「そうですよね、いや、あんな風に姿を消してしまって、本当にすみませんでした。どうも私は山にいると、行けるうちに先に進みたいって思ってしまいまして」

「赤木さん、こちらの電話番号がよくおわかりになりましたね?」

陽気に話を続ける赤木に対し、志織はさりげなく質問をぶつけてみた。しかし、電話の向こう側の彼に、慌てたり戸惑ったりする空気は、微塵も感じられなかった。

「救助活動をした連中にちょうど知り合いがいましてね。そこから聞きだすことができたんです」

「そうですか・・・・」
そう答えながら、志織はここからどう話を展開しようかと思い悩んだ。刑事に指示された通り、赤木との距離を更に詰めなければいけないのだ。

いや、それは赤木に任せればいいのではないのか。彼は、実際に会うことを必ず要求してくるはずだ。志織は、この家に赤木は既に来たことがあるのだと思いながら、彼の出方を待とうとした。

だが、久雄はそうは考えていないようだった。志織は、夫が電話を代わることを要求していることに気づき、少し驚きながらも、赤木にさりげなく言った。

「赤木さん、実は今、主人もおりまして・・・・・」
「ああ、そうだったんですか・・・・」

赤木のその言葉に、驚きの感情は込められていなかった。彼は知っていたのだろう。志織の夫が家にいることを。

「主人からも一言御礼申し上げたいとのことなんですが・・・・」
「いや、何もそこまで・・・・」

戸惑った言葉が本気ではないことを、志織は感じていた。赤木は、夫と話をしたがっているのだ。そう確信しながらも、志織には赤木の本音を掴むことができなかった。

「少しお待ちください・・・・」
志織はそう言いながら、受話器を久雄に渡した。

「お電話代わりました、志織の夫の楠本久雄と申します。どうもこの度は妻の命を救っていただき、何とお礼を申し上げたらいいのか」

「い、いえ、そんなおおげさなことではないですよ、ご主人・・・・」

「いや、電話だけでは失礼ですよ。もしご迷惑でなければなんですが、赤木さん、一度直接お会いできればと思うんですが、いかがでしょうか?」

半ば強引にそう提案する夫の姿を見つめながら、志織は刑事に提案されたシナリオがいよいよ動き始めたことを知った。

もう迷ってる場合じゃない。犯罪容疑のかかるこの男を拘束するためにも、私はおとりになるのだ・・・・。志織は、殊勝にも自らにそう言い聞かせた。

赤木が久雄の誘いを受けるまでに、それほどの時間は必要なかった。やはり、彼はその機会を得るために、今夜ここに電話してきたのだろう。

しばらくの話の後、結局、次の土曜の夜、赤木をこの自宅に招待し、夕食を共にすることになった。

そこからの1週間、志織は言いようのない緊張に包まれながら過ごした。鼓動は常に高鳴り、気がつけば素肌が熱を帯びていることに気づく。

大丈夫、今度は一人じゃないんだから・・・・・

見えない不安に襲われる度、志織は今回は夫が自分の様子を見守ってくれるのだと考え、落ち着きを維持しようとした。

メールは一切届くことはなかった。しかし、志織は、彼のその沈黙に、逆に心を乱されるような気がした。何度か携帯を見つめ、彼女は自分からメールを送ることを考えた。だが、結局それを決行する勇気はなかった。

瞬く間に1週間は過ぎ去った。そして、志織は土曜日の朝を迎えた。



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