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嘘のしずく(2)

2010 05 01
私が晃子と結婚したのは、今から3年ほど前のことだ。

中堅損保会社に勤務する私は、営業先の知り合いの紹介で晃子と出会った。当時20代後半であった彼女は、静かで古風な雰囲気を漂わせた女性だった。

恋愛にはあまり興味がなさそうな彼女に、私はどこか自分と同じような匂いを感じ取った。私もまた、積極的に交際相手を探すようなタイプではなかったのだ。

だからこそ、営業先の人間は晃子を私に引き合わせたのかもしれない。私たちは週末ごとに会い、映画を見に行くような関係からスタートさせた。

整った顔立ちはしているが、特に目立つほどの美人ではない。身長は160センチに届くかどうかで、その細い肢体にはどこか幼ささえ漂っているようにも思えた。小ぶりな胸は、彼女の控えめな性格を表現しているかのようだ。

だが、私はそんな彼女の肉体に次第に欲情を覚えるようになった。交際開始から半年ほど経った頃、私たちは一緒に伊豆に旅行し、そこで初めて一夜を過ごした。

「いいだろう、晃子・・・・」
「うん・・・・」

素直に私の求めに応じた晃子の体は、夜の営みには無縁な雰囲気とは裏腹に、たっぷりと濡れていた。激しい興奮に包まれ、私は彼女の裸体を貫いた。

「ああんっ!・・・・・」
その瞬間、普段のおとなしい姿からは想像もできないほどに、晃子は淫らな声をあげた。私は時間をかけることなく、一気に果ててしまった。

どうやら彼女は初めてではないようだった。年齢から考えれば当然といえるが、彼女の初めての男になることをどこかで期待していた私は、かすかな失望を抱いた。

その後、会う度にラブホテルに行くという関係となった私たちは、2年少々の交際期間を経て、結婚へと導かれた。私が35歳、晃子が31歳の年である。

都内のアパートでしばらくの新婚生活を過ごした後、私に突然の海外への駐在辞令が下る。互いに海外生活とは無縁だった私たちだが、喜んでそれを受け入れた。

そして、この国にやって来てから早くも2年の月日が流れようとしている。34歳になった妻、晃子も、今やすっかりここでの暮らしを楽しんでいる。

元々1人で動き回ることが苦にならない性格だった。こちらに住み始めた当時、晃子は、単独で市内の観光地や買い物エリアを訪れては、私によく報告してくれた。

「あなた、ほら見て、こんな石鹸見つけちゃったのよ」
「へえ、日本にはなさそうだな」

「安い上に凄くキレイになるって評判らしいのよ」
嬉しそうな妻の姿に、私は彼女の新たな魅力を発見したように感じたものだった。

日本以上に治安がいいこの国では、女性の1人歩きも全く問題ない。タクシーやバスで気軽に移動できるし、その値段も驚くほどに安い。

食材を始め、日本の大抵のものは手に入る。在留邦人が多いこと、そして現地でのブームも手伝い、日本食レストランは数え切れないほどある。

本社からの住宅手当の額にもよるが、大抵の日本人駐在員は豪華と形容できるコンドミニアムに暮らしていた。プールは勿論、テニスコート、ジム、子供用プレイグラウンド、コンビニなどを備えた物件も多く、快適すぎる生活が可能だった。

私たち夫婦が選んだのも、市内中心部に近いコンドミニアムだった。日本人そして白人が多く住むそのコンドミニアムには、巨大な棟が3つも並んでいる。

全てが完璧だった。結婚してまだ1年少々の私たちは、この国での甘い生活を享受できるはずだった。だが、現実がそれほどうまく運ぶことはなかった。

いつの頃からか、私と晃子の間には、微妙な距離感が存在するようになっていた。私が最初にそれに気づいたのは、いったいいつだったのだろう・・・・。

「あなた、今夜はちょっと・・・・」
「どうした、晃子?」
「少し疲れたみたいなの・・・・」

オフィスに駐在員が私だけということもあり、仕事は想像以上にきついものだった。それでも、こちらに来た当時は、少なくとも週に一度は私たちは愛し合っていた。

だが1年を経過した頃からだろうか。妻が私の求めに応じないケースが少しずつ増えてきた。その理由は、私には全くわからなかった。

正直、今でも私は戸惑っている。思い当たるようなきっかけは何もない。だが、以前から妻が、セックス自体にそれほどのめりこむタイプでなかったのは事実だ。

常に醒めたようなところがあった。興奮している私をどこか冷ややかに見つめる妻の視線を、私自身感じることもあった。

それは、私の力不足に起因するとも言えた。短時間で一方的に満足するような私の行為に、常に満たされぬ妻はいつしか、嫌気が差していたのかもしれない。

とにかく、妻が夜の行為に応じるような雰囲気を漂わせることは一切なくなった。ささやかな平穏を勝ち得たかのように、妻はどことなく幸せにさえ見えた。

もう半年以上も続いている。結婚して3年、まだ子供もいない夫婦にとって、セックスレスとも言えるこんな状況は、昨今では珍しいことではないのだろうか。

次第に私は、仕事の後、家に戻るのが億劫に感じるようになってきた。他の企業に勤務する駐在員と知り合う機会も増え、夜の誘いも多くなる。

「風間さんの事務所はお一人ですから、いろいろと大変でしょう?」
「え、ええ、まあ気楽にやってますよ」

「出張者とか多いんじゃないですか?」
「そうですね。日本からだったり周辺の拠点からだったり」

「それなら夜の接待も大変ですねえ」
日本風の居酒屋で酒を交わしながら、そんな指摘をされることもよくあった。確かにそれは事実だった。

駐在員である以上、その国における様々なフィールドの情報に精通する必要がある。いわゆる「夜の店」に詳しくなることも、重要な任務の一つなのだ。

だが、私にはそれは最も苦手な分野だった。欲望だけは人並みに持ち合わせているにもかかわらず、私は若い頃からそういう類の店に足を踏み入れたことがなかった。

キャバクラ、ピンサロ、ソープ・・・・。30代後半だというのに、私はそうした店と無縁のまま生きてきたのだ。どこか臆病で、勇気がなかったのかもしれない。

しかし、そんな風に逃げることはもう許されそうもなかった。私は、親しくなった何人かの駐在員に導かれ、体を売る女性たちに、初めて出会うことになった。

あっけないほどにそれは簡単に手に入った。晃子との関係が微妙なものになってきた頃、私はその現実を忘れようとするかのように、夜の店に通い始めた。

ラウンジと称される店では、個室でカラオケを楽しむ客に、ホステスが個別に付き添う。大半がおさわり程度のサービスを提供するだけであるが、個室内でホステスに本番行為をさせる店も何軒かあった。

表向きは普通のマッサージ店だが、秘かに「スペシャル」コースを勧めてくる店もあれば、飾り窓の中に何人もの女性が並ぶ、一目瞭然の店だってある。

日本では、せいぜい官能小説を読むか、アダルトビデオを鑑賞することしか知らなかったうぶな私が、いつしかそんな世界に対するためらいを捨て去ってしまったのだ。

体の奥底では妻の肉体を激しく欲しながら、私はその満たされない欲情のはけ口を、体を売る女に求めるようになった。もう半年以上も、だ・・・・・。

知らず知らずのうちに、私は自分自身の大切な何かを磨耗させていた。やがてその感情は、晃子に対し屈折したものとなって向けられていくことになる。



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