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嘘のしずく(4)

2010 05 01
「おお、懐かしいなあ、この店」
感慨深げにそう言いながら大股で店内に入っていく彼に、私は少しばかり気圧されながらも後に続いた。

同期入社の中川がこの国にやってくるのは、およそ3ヶ月ぶりのことだ。私の前任者として数年間ここに駐在していた彼は、現在はインドの支店にいる。

飛行機で数時間の距離でもあり、週末に中川がこの国に遊びに来ることは珍しいことではなかった。今夜もまた、私はそんな彼と合流し、夕食を共にしたのだ。

彼の強い要望で寿司屋を選択した私たちは、食事を済ませた後、市内中心部のワインバーが立ち並ぶエリアへとやってきた。中川がここに駐在していた当時、頻繁に通った店があると言うのだ。

「やっぱり天国だよ、この国は」
しみじみとそうつぶやく中川と、私はワイングラスを合わせた。

まだ独身の彼は、私と同じ38歳である。ハンサムな顔立ちをフルに活用するかのように、中川は同期内でも評判の遊び人だった。

この国にいた当時は、何人もの女性と関係を持ったらしい。フライトアテンダント、現地採用のOL、或いは観光客。彼のテクニックに陥ちない女はいないとの噂を、中川自身も否定することはなかった。

そんな彼と私は、昔から親しかったわけではない。全く異なるタイプと言ってもいい私たちは、駐在での引き継ぎがきっかけで、付き合いを始めたようなものだった。

「風間ももう2年経つのか」
「ああ、そうだな」

「どう、先週の専務出張はうまくいったのか?」
「何とか粗相なく、無事に終えたよ」

「そういうところは、さすがきっちりしてるな、風間は」
白人客が目立つ店内、1階の長いカウンターの中央付近に私たちは並んで座っていた。中川は私と会話を交わしながらも、ちらちらと周囲を観察している。

「どうしたんだ、中川?」
「いや、俺が今夜ここにいることが知られるとまずいことがあってさ」

意味深に笑いながら、中川がグラスに口をつける。また女性関係で何か気にしているようだ。私はわかったような顔を浮かべ、敢えて言葉を返さなかった。

「どう、風間、最近遊んでる?」
しばらくの沈黙の後、突然中川に声をかけられ、私は思わず言葉に詰まる。

「お前は俺と違って真面目だから、まあ悪さはしないか」
中川の科白に、私はどこか自分がからかわれているような気分にさせられる。

数え切れないほどの女性を抱いてきた彼と自分を、比較せずにはいられない。同期入社でありながら、何故か妙な劣等感さえ抱いてしまう。

「素人はスルーしても、くろうとはどうなの?」
私が既にそういう類の店に1人で出かけるようになったことを知っているかのように、中川はそう指摘した。

「ま、まあ、適当にやってるよ」
「だよな。ここは出張者が多いから、そういう店も知ってる必要があるだろう」

相変わらず騒がしい店内を眺めながら、中川はそう言った。そして、過去の自分を思い出すような視線で私を見つめ、こうつぶやく。

「あれは癖になるからなあ」
「・・・・・」

「通い始めると止められなくなるだろう。俺も駐在したばかりの頃は何度か行ったけどな。でもあまりにワンパターンだからすぐに飽きたよ」

それは事実だった。彼がこの国にいた頃、日本から出張してきた好色な上司をそういう店に案内しておきながら、自分は何もせずに店の外で待っていたというのは、社内でも有名な話だった。

「だっていきなり脚を開かれて悶えられても、興ざめするだけだぜ」
中川の言葉に、私は自らの未熟さを感じずにはいられなかった。

「ところで風間、奥さんは元気なの? 子供はまだなんだろう?」
「うん、まあ1人でのんびり楽しんでるみたいだよ」

中川と私の妻、晃子は、駐在の引継ぎの際、一度だけ会ったことがある。今夜も食事に誘ったのだが、妻は適当な理由をつけてそれを断っていた。

「子供がいないと知り合いもなかなかできないんじゃないのか?」
「何人か同じような境遇の奥さんと友達になったみたいだけどね」

「最近は若い駐在員も多いからな。子供がいないパターンも増えてるのか」
「そうみたいだな」

駐在員の妻は、基本的に主婦として自宅にいる。複数の駐在員がいる大企業であれば別だが、妻という立場で異国で知り合いを得るのは簡単なことではない。

同じコンドミニアムで知り合うこともないことはないが、やはり手っ取り早いのは子供を通じてネットワークを広げることだ。

幼稚園、小学校に通うような子供がいれば、赴任直後でもすぐに知り合いは見つけられる。いろいろとアドバイスをもらったり、互いの情報を交換し合ったりするうちに、長い付き合いとなる友人ができるケースは珍しくない。

子供がいない晃子も、最初はなかなか友人が見つからなかったが、最近ではランチを一緒にするような知り合いも何人かいるようである。

「普段、昼間何してるの、奥さんは?」
「知り合いとふらふら買い物したり、そうだな、一人でいるときはプールとか」

「コンドのプールか」
「ああ。そこでよく泳いでいるみたいなんだ」

「日本じゃできないからなあ。自宅のプールで平日の昼間泳ぐなんて」
中川が興味深そうに笑みを浮かべながらそう言った。

学生時代に水泳をやっていた晃子は、この国に来てからそれを再開していた。コンドミニアム敷地内にある屋外プールは、彼女のお気に入りの場所でもあった。

互いの近況をそんな風に話しながら私たちは時間を過ごした。違うワインを飲み比べながら、心地よい酔いを楽しむ。店内の喧騒は更に増していく。

午後10時を過ぎた頃、突然中川が声を潜めて私に一つの質問を投げてきた。

「風間、あのテーブルにいる二人、知ってる?」
彼が視線を投げたのは、カウンターとは別にいくつか並んだテーブルの一角だった。そこには日本人らしい女性が二人、ワイングラスを傾けていた。

どうやら観光客ではないらしい。私にもそれぐらいのことはわかった。この国に多くいる、現地採用の日本人女性だろうか。だが、中川の予想は違った。

「あれさ、駐在員の奥さんじゃないか?」
「まさか知り合い?」

「いや、そうじゃないけど。何となく」
中川はそういいながら、確信犯的にそのテーブルのほうを見つめた。距離があり、暗い店内ではあったが、彼女達はやがて、彼の視線に気づき、笑みを浮かべる。

「よし風間、席移ろうか」
「えっ?・・・・」

戸惑う私をよそに、グラスを持って立ちあがった彼はすたすたと歩き、彼女たちのテーブルへと向かう。選択の余地もなく、私は彼の後に続いた。

そこで私は、西脇なつみという名の人妻と出会うことになる。



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