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嘘のしずく(11)

2010 05 01
会場のテーブルは既に大半が埋まっている。遅れてきたことを後悔しながら、私は空いている席を探した。

この国でも有数の高級ホテルのバンケットルームである。会場中に並んでいる丸テーブルには、それぞれに10名程度が既に着席し、昼食を始めていた。

その日、私は現地日系企業を対象にしたある講演会に参加していた。主に日本からの著名人を招いて行われるそのイベントは、月1回ペースで開催されている。

講演会であると同時に、異業種間の交流の場と捉えている企業も多い。支店長クラスの参加が多かったが、若手社員が送られてくることもよくあった。

私は、駐在員が自分ひとりであるため、毎月この会に出席していた。知った顔の何人かに会釈をしながら歩き回り、ようやく空席を見つける。

「こちら、よろしいですか?」
そう声をかけると、両隣に座っていた男性が椅子を奨めてくれる。

丸テーブルに既に座っていた面々が、食事をやめ、一斉に立ち上がる。全て日本人だ。恒例となっている名刺交換を全員と済ませ、私は席に着いた。

講演が始まるまでにはまだ少し時間があるようだ。私はそれでも、少しばかり慌てながら、食事を始めた。

左隣の男性は、向こう側に座る女性と熱心に話をしている。私はそこに参加できそうもないことを感じながら、さりげなく右側の男性の様子を観察した。

年中暑いこの国だが、この講演会には大半の人間はスーツを着て参加する。濃紺のスーツに身を包んだ彼は、鮮やかな黄色のネクタイをきちんと締めていた。

手元の名刺を改めて確認する。右隣の男は、自動車関連メーカーに勤務しているようだ。会社名、オフィスの場所を確認した後、私は彼の名前を見た。

えっ・・・・

私は思わず箸の動きを止めた。彼の姓を何度も頭の中で繰り返し、名刺に記載された会社名を見つめる。そして、ちらりと本人の姿に視線を投げる。

黙々と食事を進める彼が、随分大柄であることに私は気づく。それは鍛えられた体というよりも、怠惰な生活習慣から生まれたものと表現できそうな姿だった。

超がつくほどではないが、明らかに肥満体と言える彼は、私と同じか、或いは少しばかり年上のようだ。それを確認した私は、更に緊張を増した。

全てが符合する、あの人妻の説明と・・・・。

「こちらには長いんですか?」
私は、西脇雄一郎と印字された名札をつけているその男に声をかけた。

「そうですね。そろそろ3年になりますか」
穏やかな声で彼はそう答え、私のほうを見た。心の乱れを隠しつつ、私は彼との会話を始めた。

「3年ですか。もうすっかり知り尽くしたって感じですかね」
「いや、それがなかなかそうもいかなくて。出張が多いものですから」

「結構行かれるんですか?」
「月の半分近くは行っている計算になります」

「それじゃ、ご家族も寂しいですね」
私は自分が喋りすぎていると感じながらも、そう発言せずにはいられなかった。西脇は、私の言葉の意味を深く考えない様子で、淡々と答えた。

「子供がいなくて、妻だけなんですよ。こちらで見つけた友人もいますから、まあ、私がいないのをいいことに好き勝手やってますよ」

その言葉には、彼が妻に対して抱いているどんな感情をも見出すことができなかった。深い愛情も感じられなければ、かと言って、冷め切った気持ちもない。

「そうですか、奥様だけですか」
「ええ・・・・・、えっと・・・・、風間さんはいかがですか?」
私が渡した名刺を見つめながら、西脇が聞き返してきた。

「あっ・・・、私も実は子供がまだで妻だけなんですよ」
「奥様も、異国での生活を気楽に楽しまれてるんじゃないですか?」
「え、ええ、そうですね・・・・」

適当な返事をしながら、既に私は確信していた。あまりの偶然に少し怖いような気分になってしまうが、しかし、もはや間違いはなさそうだった。

この男こそ、西脇なつみの夫なのだ・・・・・・

既にあの夜から2ヶ月以上が経過している。なつみからの電話は、あれ以来一度もない。中川が遊びに来ることもなければ、彼の親友、大場と会うこともなかった。

にもかかわらず、なつみの記憶は濃厚さを増していく一方だった。吸い付くように湿った淫唇を指先でかき回した私に、途切れる息遣いを披露したあの人妻。

まさか、その夫と遭遇するとは・・・・。私は背徳感と同時に、どこかで優越感にも似た感情を抱き始めていた。

隣に座っている男が、自分の知らないうちに下着姿の妻に触れ、指先でいやらしくヴァギナを刺激したなんて、彼は想像さえしていないだろう。

奥さんは俺のペニスをしっかりと握って、何度もしごきあげてくれた。そして俺の大量の精液で、両手を汚されたんだ。自分からそれを望むかのように・・・・。

そんな邪悪な一面が自分に存在していたことに強く戸惑いながらも、私はなつみと一緒に抱き合った事実を、隣の男に見せつけたいような衝動に襲われていた。

「風間さんはどちらにお住まいですか?」
しばらくの沈黙の後、突然西脇がそう訊いてきた。それは、私にとっては、格好の質問といってもよかった。

「○○○です。日本人がほんと多いんですけどね」
私のその言葉に、西脇が初めて笑みを浮かべる。

「いや、驚いたな。私と一緒ですよ、風間さん」
「えっ、そうなんですか?」
「ええ。いやあ、奇遇ですね」

決定的な証拠を掴んだことを悟りながら、私は同時に焦り始めてもいた。このままこの男と別れるのは惜しい。なつみへの想いが、私の体奥で激しくうごめいている。

もっとなつみの様子を知りたい。いったい彼女はどうしているのだろうか。元気に過ごしているのか。どうして電話を寄越さないのか・・・・・。

講演の開始が迫っているアナウンスが流れる。切迫感が私を襲う。彼にどう切り出すべきか・・・・。迷い続ける私を救ったのは、何と西脇自身だった。

「どうですか、風間さん、近いうちに一度食事でもご一緒しませんか?」
「えっ・・・・・」

「これも何かの縁でしょう。そうだ、お互いに妻を呼んで家族でおいしいものでも食べに行くってのはどうですか?」



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