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嘘のしずく(12)

2010 05 01
「この2年間で季節感が完全になくなってしまいました。年中この暑さですから、過去の記憶がいったい何月のことなのか、それさえも思い出せなくなる」

純日本風のお好み焼き店で、私はいつも以上に率先して話題提供に努めた。テーブルにいる3人は、食事を進めながら、私の話を興味深そうに聞いている。

「そうですよね、ここは年間を通じて同じように暑いですから」
「奥様なんて3年もいれば、日本の寒さが随分恋しいんじゃないですか?」
「ええ、ほんと忘れちゃいましたよ」

斜め前に座るなつみがそう言いながら私を見つめる。彼女の隣に座る夫、西脇は、私と楽しげに会話を交わす妻のことを、気にもかけていないようだ。

西脇の誘いを喜んで受け入れた私は、参加に消極的な晃子を説得し、今夜の食事会にこぎつけた。そして、私は、何ヶ月ぶりかになつみと再会を果たした。

膝丈のワンピース姿のその人妻は、私の記憶以上に美しく、官能的でさえあった。私たちは当然のように初対面を装い、食事を始めた。

場の雰囲気は、最初からどこかぎこちないものだった。自分から誘ったにもかかわらず、西脇がほとんど喋ろうとしないのだ。

社交的とは言えそうにない彼には、どこか不器用なムードさえ感じられた。あまり酒は飲めないと言う彼は、その巨体に汗を流しながら、食事に専念している。

私はなつみの言葉を改めて思い出していた。

主人はもう私には興味ないみたいなんです・・・・、もう弱くなってできないみたいで・・・・、一瞬硬くなってもすぐにふにゃふにゃになっちゃうんです・・・・

目の前の男なら、それは確かにあり得そうなことだった。なつみは冷えた生ビールを飲みながら、時折、隣に座る夫に我慢できないような視線を投げかけている。

晃子はそれに気づいているようだ。西脇夫妻の様子を見つめる妻が、どうして自分がここにいるのか、という不満を抱いていることが、私にはよくわかった。

「どうだ晃子、久しぶりだろう、お好み焼きなんて」
「そうね。凄くおいしいわよ」

無理に誘った私への不平を口にすることもなく、晃子は穏やかな口調でそう言った。私は随分久しぶりに、妻への親密な感情を抱いていた。

しかしそれは、なつみがそこにいるせいかもしれなかった。なつみのことを欲しているという、その罪の意識が、妻への想いに繋がっているらしいのだ。

複雑な思いにとらわれながら、私は何とかその場をリードし続けた。だが、結局あまり盛り上がることもないまま、食事は終わりを迎えようとしていた。

「西脇さん、この後、どうしましょうか?」
私は終始口数が少なかった彼を少し恨むようにそう訊いた。

まだそれほど遅い時間ではない。このままなつみと別れたくはないという願望が、酔った私の体奥に、はっきりと存在している。

「いいですよ、風間さん、お任せしますよ」
あの講演会のときと同じように、西脇は再び私の気持ちを先回りした言葉を口にした。とっさに、私はある提案を思いつく。

「西脇さん、よかったら私の家に来ませんか?」
私の唐突な言葉に、なつみ、そして晃子が驚いたような表情を浮かべる。

「あまりお酒はお好きじゃないかもしれませんが、どうですか、飲み直しませんか?」
「いいんですか、風間さん?」
「ええ。どうせ同じコンドミニアムなんですから、いいじゃないですか」

西脇夫妻は、結局私の誘いを受け入れた。晃子が明らかに戸惑っていることを感じながらも、私達は同じタクシーに乗って、自宅へと向かった。

いったん家に戻るという西脇夫妻と別れ、私は妻と一緒にエレベーターに乗った。8階にある私たちの部屋に向かう途中、晃子が困惑したような言葉を漏らす。

「ねえ、本気なの、あなた?」
「すまん、つい勢いであんなこと言ってしまって」

「もう・・・・、別に無理にお誘いしなくたって・・・・」
「それはそうだけど・・・・、まあ酒ならたくさんあるし・・・・」

久しぶりに妻と交わす会話がこんな内容のものであることで、私は複雑な気分に陥る。私の言い訳に対し、晃子は不満そうに黙ってしまう。

「どうした、晃子・・・・」
「うーん、あんまり言いたくないけど、何だかあのご主人、いい印象がなくて・・・・」

「確かにあまり愛想がいい感じじゃないな」
「うん・・・。。それに、なんか不潔っぽい人だったし・・・・」

少しおかしそうに感想を漏らす妻につられるように、私も笑ってしまう。確かに、今夜の西脇の姿は、お世辞にも異性に好印象を与えるものとは言えなかった。

「奥様も何となくご主人に冷たかったでしょう・・・・」
「ああ、そうだな・・・・」

私は、食事中に晃子となつみがほとんど会話を交わさなかったことに初めて気づいた。もっとも、一人を好む晃子にすれば、それは珍しいことでもないのだが。

自宅へと戻った私たちは、リビングダイニングを素早く片付け、ワインとジンを用意した。晃子も私に折れたように、簡単なつまみを準備し始める。

しばらくの後、西脇夫妻が一緒にやって来た。二人とも服を着替えることもなく、先程と同じ姿である。

「うわあ、こっちはこんな景色なんですね」
窓際に歩み寄ったなつみが、外に広がる夜景を見つめてそう漏らす。

「同じコンドミニアムでも違いますか?」
「やっぱり棟が違うと方向も変わりますからね。あ~、こっちのほうがいいなあ」

なつみのその言葉が、私には別の意味を含んだものに聞こえてしまう。その人妻は、夫への不満をそんな風に私に伝えようとしているのだろうか。

「つまらないものですが、よかったらこちらでどうぞ」
つまみをテーブルに並び終えた晃子が、私たちに声をかける。

「さあ、西脇さん、遠慮なく飲んでくださいよ」
先程の店と同じように、西脇夫妻は並んで席に着いた。これまではほとんど酒を飲んでいなかった西脇だが、少しばかり考えを変えたようだ。

「風間さん、じゃあ、少し酔わせてもらおうかな」
「いやあ、そうこなくっちゃ、西脇さん」

濃い目のジントニックを2杯用意し、私は西脇とグラスを鳴らした。キッチンにいる晃子を少し気にする様子を見せながら、なつみもワイングラスに口をつける。

「おいしい・・・・」
うっとりとした視線で私を見つめるなつみの頬が、かすかに紅く染まっている。



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