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嘘のしずく(13)

2010 05 01
レストランでの姿とは別人のように、西脇はアルコールを楽しみ始めた。それは、浴びるような飲み方、と形容しても大げさではないほどだった。

「あなた、大丈夫、そんなに飲んで?」
態度を変えた夫をたしなめるかのように、なつみが声をかける。

「いいじゃないですか、奥さん。西脇さん、さあどうぞ、遠慮なさらず」
私はなつみを制しながら、新しいジントニックを作り、西脇に差し出した。彼は、私に勧められる通り、ためらうことなくグラスを口に運ぶ。

何だ、酒は飲めるんじゃないか・・・・・

私は、目の前でうまそうに透明の液体を舐める男を見つめながら、そう思った。先ほどは、本気で食事を楽しみたかっただけなのだろうか。

改めて、西脇の巨躯とも言えそうな体つきを観察する。グラスを傾けながら、時折くたびれたハンカチを取り出して額に浮かぶ汗を拭っている。

腕、腰まわりにたっぷりと脂肪がついているその様は、彼の不摂生を物語っているかのようだ。分厚いまぶたの奥に、鋭そうな瞳が小さく光っている。

なぜこの男はなつみと結婚できたのだろう。なつみほどの美しい女が、どうして西脇のような男を選んだのだろうか。

酔いに任せて、私はそんなことをぼんやりと考えていた。外見からは量れない長所があるのかもしれない。だが、彼の性格には自分本位な面が目立つような気もする。

なつみよりは10歳以上も年上だ。勤務先もまず大手といっていい。私などより給与はいいはずだ。その安定した地位になつみは惹かれたのだろうか・・・・。

「風間さんはゴルフはやりますか?」
突然、西脇が私に質問を投げかけてきた。

「ゴルフ、ですか?」
「ええ。駐在がお1人なら、ゴルフ営業も結構大変でしょう?」
「そうですね・・・・、まあ毎週というわけでもないですが・・・・」

それは正直な答えだった。他社の駐在員からの誘いは多く、行こうと思えば毎週でも可能である。料金も日本と比較すればはるかに安い。

しかし、私自身、ゴルフにのめり込むタイプではなかった。冷静さを維持できるほどの技量をなかなか得ることができず、毎回疲労感だけを覚えてしまうのだ。

ふと私は、なつみがゴルフ教室で友人と知り合ったと言っていたことを思い出した。あの夜、ワインバーで初めてなつみと一緒にいた人妻、香奈だ。

「西脇さんもされるんでしょう、ゴルフは?」
私は、彼がなつみと一緒にコースに出る姿を想像しながらそう訊いた。

「まあ、月に1回か2回ですけどね。妻もこの国に来てから始めましてね。まだ一緒にラウンドしたことはないんですが」

「そうですか。奥様もゴルフを?」
私はさりげない様子を装って、なつみにそう訊いた。なつみはどこか緊張した笑みをうかべながら、黙ってうなずく。

一瞬、私は西脇に試されているような気がした。なつみと私が以前に出会い、彼女がゴルフ教室に通っていることを私が既に知っている、という事実を、この男は巧みに見抜こうとしているのではないのか・・・・。

考えすぎだと思いながらも、私には西脇の光る瞳が、どこか不気味に感じられた。やはり彼は、自分の出張時の妻の行動に不審を抱いているのかもしれない。

「風間さんの奥様はゴルフをされないんですか?」
私の心の揺れに気づくことなく、西脇は質問を重ねた。晃子は先ほどから別室のキッチンとテーブルを往復し、ほとんど会話に参加していない。

「しないんですよ、家内は」
キッチンで別のつまみを用意している様子の晃子に代わり、私はそう答えた。

「そうですか、もしされるんなら、4人でコースに行けるんですけどね」
「それは面白そうですね」

西脇の提案に私は思わずそう答えてしまった。なつみとの距離が今夜どうなるのかわからないが、それを縮める機会が将来再び期待できるかもしれないのだ。

しかし、現実にはそれは難しいアイデアだった。晃子はゴルフには全く興味を示さないのだ。妻が好きなスポーツといえば、1つだけだった。

「ゴルフはまだなんですが、家内は水泳をこちらでずっとやってまして」
「ほう、水泳ですか?」

「この下で泳いでるだけなんですけど。プール付のコンドミニアムに住みながら、私など数えるほどしか入ってませんが、妻は時間を見つけては利用してるんですよ」

「ちょっと、あなた・・・・」
私の言葉が聞こえたのか、晃子がキッチンから慌てて出てきてそう漏らす。

「よろしいですな、奥様。日本じゃまずできませんからな、そんなことは」
「え、ええ・・・・」

西脇の言葉に、晃子が恥ずかしげに答えながら、私の隣に座る。目の前に座る二人の夫婦の視線に戸惑うように、妻は冷えたウーロン茶をグラスに注ぐ。

「お飲みにならないんですか、奥様は?」
しばらく沈黙していたなつみが、晃子に質問する。

「さっきのお店で少し飲みすぎたみたいで・・・・」
言うほどに妻が飲んでいたわけではないことを知っている私だったが、その言葉の意味を深く考えることはなかった。

それからしばらくの間、私たちは4人で静かに会話を交わした。レストラン同様に、西脇はあまり喋ることはなく、そのせいで、どこか途切れがちな会話に終始した。

飲み始めたときとは違い、話の途中、なつみはほとんど私に視線を投げてくることはなかった。それが隣に座る夫を気にしてのことなのか、私には判断がつかなかった。

西脇は変わらぬペースでジンを飲み続けている。濃い目に作っているつもりだが、彼はそれを苦にもしない。だが、たっぷりとした頬は明らかに赤くなっていた。

「ねえ、あなた、ちょっと・・・・・」
自宅での二次会を始めて1時間少々が経過した頃、晃子が私にそっと囁きかけてきた。私は席を立ち、妻と共にキッチンへ行った。

「どうした?」
「少し気分がすぐれなくて・・・・・」

「飲みすぎたわけじゃないだろう・・・・・」
「ええ。深刻なものじゃなくて、疲れただけだと思うんだけど・・・・」

初対面の西脇夫妻に長時間付き合うことから、晃子が解放されたがっていることを、私は敏感に察した。引っ張りまわした私は罪の意識にとらわれながらも、同時に狡猾な自分が姿を見せようとしていることを感じた。

「いいぞ晃子、先に寝てしまっても」
「でも・・・・」

「大丈夫だ。あの調子じゃ、西脇さん、まだまだ飲み続けそうだからな」
「ほんと・・・・、何だか好きになれないわ、あの人・・・・」

晃子は再び西脇への素直な印象を口にした。結局、私はためらう晃子を説得し、先に寝かせることにした。私の強引さに、晃子は気づいていないようだった。

「西脇さん、我々だけでもう少しやりましょう・・・・」
晃子が先に寝ると聞き、西脇は一瞬席を立とうとした。私はそんな彼を無理に座らせ、再び酒を勧めた。

あとはこの男さえいなくなれば・・・・・。西脇と一緒に酔いを深めながら、私はそんな勝手な妄想を抱き始めた。



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