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嘘のしずく(23)

2010 05 11
周辺国に出張する機会はそれほど多くない私にとって、本社からのその指示は突然だった。アジア諸国の支店間会議を急遽開催するというのだ。

景気動向の急変を踏まえ、年間計画の計数見直しを行いたいということだった。場所は隣国の首都、開催日は2週間後だという。

その急な知らせを、私は心のどこかで歓迎した。西脇と晃子を再び接近させるという計画が、何とか実現できるのではと思ったのだ。

「急だけど再来週出張に行くことになった」
「あら、そうなの?」

私の言葉に、晃子がさして驚くことはなかった。喜ぶような気配もなければ、かといって落胆する雰囲気もない。

1人で行動するのが好きな妻にとって、私の不在など、どうということはないのだ。ここ数ヶ月の夫婦間の微妙な関係が、そんな妻の態度に拍車をかけている。

「じゃあ短いのかしら?」
目的地が飛行機で1時間少々の隣国であることを聞き、晃子は私にそう質問した。既に用意していた答えを、私はさりげなく口にする。

「実は参加する連中で会議後にゴルフに行く予定があってさ」
「ふーん、珍しいわね、あなたがゴルフなんて」

「仕方ないさ。みんながやるっていうんだから」
それほどゴルフ好きでない私は、気が進まないような口調でそう言った。

「じゃあ、週末がゴルフってわけね」
「そうだな。会議が木金で、土曜がゴルフだから、帰りは日曜の午後だろう」
「そう。わかったわ」

私が小さな嘘をついていることに、妻が気づいている様子は勿論ない。彼女にささやかな罠を仕掛けようとしていることに、私はどこかでまだ迷っていた。

うまくいくかどうかわからないが、とにかくやってみるんだ。このまま答えの見つからない悩みを永遠に引きずり続けるわけにもいかないだろう・・・・。

「大丈夫だよな、晃子?」
「ええ。じゃあ土曜はまたプールで時間をつぶそうかな」
「ああ、それがいいんじゃないか」

適当な答えを口にしながら、私は早くもその土曜日のことを考えていた。実をいえば、私は日曜ではなく土曜午前に出張から戻ってくるつもりなのだ。

妻にはあくまでも日曜日に戻ると言っておく。いや、妻だけではない。私は西脇にも同じことを伝えておくつもりだった。

それを聞いたあの男は、果たして何らかの行動に出るだろうか。私には確信があった。彼は必ず、妻に接近を図るはずだ。それに対し、晃子がどう反応するのか。

妻が自身の言葉通り、西脇を嫌悪しているのであれば、当然彼のことを冷たくあしらうはずだ。だが、もしもあの寝室での熟睡が演技だったとしたらどうだろう。

あの夜以降、ずっと私を悶々とさせている疑問への答えは、そのときの妻の態度を見た瞬間、わかるはずだ。私はそれを、自分の目で確かめたかった。

木金と私は不在だが、西脇にも仕事があることを考えれば、やはり土曜日に彼が何かアクションを起こすと考えていいだろう。

土曜朝のフライトを使えば、昼前にはこちらに帰ることができる。空港からオフィスに直行し、荷物を置く。そして、密かにこのコンドミニアムに戻ってくるのだ。

泳ぐつもりだという妻の言葉を踏まえ、私はプールを観察するつもりだった。いくつもの棟に囲まれているプールを遠くからそっと覗くことは、困難なことではない。

同じ敷地内のコンドミニアムに住む西脇だ。妻の水着姿を見ることができるとわかれば、必ずやって来るに違いない。

私としては、そこで妻への疑念をはっきり解消させたかった。そうなれば、1日前倒しで帰国したと言って、すぐにでも自宅に戻ることができる。

だが、どうやってあの男をこのシナリオへ誘導しようか。直接電話をすることも考えたが、それはやはりあまりにも不自然な行動だ。

それならば、方法は1つだけだ。出張を数日後に控えた頃、私は、もう何週間も会話をしていない彼女の携帯に電話をかけた。

「風間さん、ですか?・・・・・」
突然の私からの電話に、西脇の妻、なつみは嬉しそうな声で答えた。

あの夜以降、私はその人妻に電話をかけることができなかった。私達の秘めた関係について、何か知っていそうな西脇の影が、私を脅かしたのだ。しかし、今はそれを恐れている場合ではなかった。

「元気だった、なつみちゃん?」
「ええ、とても。でも、何だかずっとばたばたしてて・・・・」

「西脇さんは最近は出張はないの?」
「そうなんです。だから風間さんにもなかなか電話できなくて・・・・」

申し訳なさそうになつみがそう言うのを聞きながら、私はこの週末もあの男がこの国にいるであろうことを知った。

「なつみちゃん、突然なんだけど、ちょっと相談があってさ」
そう切り出した私は、詳細は伏せたまま、西脇が晃子に手を出そうとしている、という事実を彼女に初めて教えた。

「主人が風間さんの奥様に?・・・・」
「ああ。確かじゃないんだけど。あの夜、なつみちゃんの部屋から戻ったとき、少しそんな気配を感じたから」

「えっ、まさか主人、奥様の寝室にいたんですか?」
「いや、そこまではしてないよ。ただ、俺の勘なんだけどね・・・・」

私の告白は、なつみを確かに動揺させているようだった。その夫婦の関係は、私と晃子以上に冷えているかもしれないが、それでもやはり、夫が別の人妻に手を出そうとしていると聞いたなら、ショックでないはずはないだろう。

「それでさ、今度、それを確かめようと思うんだ」
出張を利用しての私の計画に、なつみは少し不安を感じたようだった。

「でも、大丈夫ですか、風間さん? 主人に見られたりしないかしら」
「空港に着いたらなつみちゃんに電話するから、できれば西脇さんの様子を教えてもらえればありがたいんだけどね」

「わかりました。じゃあ、私は主人に風間さんが出張に行くことを伝えておきます。コンドミニアムで奥様に会って、そこで聞いたって言えばいいですよね」

「それはいいな。さすがなつみちゃんだ」
私の冷やかすような言葉にクスクス笑った後、なつみがぽつりと言った。

「会いたいな、風間さんに・・・・・」
「西脇さんが出張に行ったら、必ず電話してよ」
「うん・・・・」

再会を改めて誓い合って電話を切った私だが、正直、そのときはなつみのことに集中することはできなかった。

私の不在を知った西脇が、いったいどんな行動に出るのか。寝室で眠る晃子の肢体を撫で回すあの男の姿が、私の脳裏で色濃く蘇っていた。



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Comment
はじめまして
全ての作品を愛読しています リクエストと言う大袈裟なものではありませんが 夫が妻などに復讐する作品を書く予定はありますか?

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