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嘘のしずく(24)

2010 05 12
空港から市内に向かうタクシーの中、私には晴れ渡った外の景色を眺める余裕はなかった。

会議も無事に終わり、予定通り土曜日の午前フライトで私は帰国の途についた。タクシーの後部座席で腕時計を見れば、午後1時を少しまわったところだ。

車がオフィスに近づくにつれて、後ろめたさと不安感、そしてかすかな興奮の気配が高まってくる。混乱する気分を、私はどうにもコントロールできなかった。

自分は今日、この場所にいないことになっている。妻や西脇だけでなく、私はオフィスのスタッフにも日曜に戻る予定である旨を告げていた。スタッフに事実を教えてしまえば、そこから妻に伝わらないとも限らないのだ。

もっとも、今日は土曜だからスタッフ達とオフィスで会うことはない。仮に街のどこかで彼らに会っても、予定を早めただけだと説明すればいい。

私の鼓動の高鳴りは、やはり妻、そしてあの男の視線を意識してのことだった。あの二人に私の姿を目撃されることは、何としても避けなければならない。

更にもう一点、私の不安感を煽っている事実があった。なつみとまだ、連絡がとれないのである。

当初描いた計画通り、ここまではほぼ完璧に進んでいる。唯一発生したトラブルが、その人妻と電話が繋がらないことだった。

飛行機に乗る前、そして到着後、もう何度も彼女の携帯に電話をかけている。しかし、呼び出し音もせず、繋がらないことを告げるメッセージが流れるだけだ。

まさか西脇が計画を察知して、妨害しようとしているのか・・・・・

私に動向を察知されないため、なつみから電話を取り上げる西脇の姿を想像せずにはいられなかった。なつみが今日の計画を忘れているはずはないのだ。

20分程度でタクシーは最初の目的地に着いた。静まり返ったオフィスのドアを開ければ、やはりそこには誰もいなかった。

荷物を下ろし、私はすぐにそこを立ち去った。Tシャツにジーンズというラフな格好に既に着替えてある。ビルの前で再びタクシーをつかまえる。

自宅があるコンドミニアムの名前を運転手に告げた私はすぐに携帯を手にし、再度なつみに連絡を取ろうとした。だが、結果は同じだった。どうしても繋がらない。

こうなったらこのまま行くしかない・・・・・

オフィスから自宅までは、いつも以上に早く感じられた。私は秘めた決意を胸に、タクシーを降りた。自分が住む棟とは別のエントランスの前である。

土曜の午後であり、家族連れの姿が目立った。相変わらず強烈な日差しの中、インド系の子供達が周辺を走り回っているのが見える。

ここには多くの駐在員が住んでいるが、私が個人的に親しい家族はいなかった。知っているといえば、そう、西脇夫妻ぐらいなものだ。

かと言って、私の顔を知っている人間は当然いるはずだ。気休めのように私はサングラスをかけ、さりげなく周囲に気を配りながら歩き出した。

サングラス姿は別に珍しくもない。ここに多く住む白人たちは日中はほとんどかけている。そんな風景に私は自分が違和感なく溶け込んでいくのを感じた。

次第にプールが近づいてくる。ありふれた長方形ではなく、上から見下ろせば巨大な花びらの形をしたような、リゾート感溢れるプールだ。いくつかの幼児用プールもあり、小さいながらスライダーまで設置されている。

子供たちの叫び声が聞こえてくる。どうやら、いつもの週末通り、プールはかなりの賑わいを見せているようだ。注意深く接近しながら、私は適当な場所を探した。

プールのほぼ全体が確認できる場所で、私は柱が交錯する場所を見つけた。それは、ちょうど自宅がある棟の反対側で、西脇の住む棟とも別のエリアだった。

通路がすぐそばにあり、多くの住民が歩き回っている。だが、妻や西脇がここに来ることはまずあり得ない。私は柱の陰に身を隠し、プールに視線を投げた。

上空からの日差しできらきらと輝く水面に、プールを取り囲む棟の影が織り成す複雑な模様が浮かんでいる。そこには何人かの人間が水に浸かっていた。

どこにいるんだ、晃子・・・・

とにかく早く、私は妻の姿を確認したかった。勿論、プールにいない可能性だってあるのだが、その時の私は、晃子が必ずそこにいると確信していた。

「あなた、何やってるの、こんなところで・・・・・」
背後から突然肩を叩かれ、そんな風に妻に声をかけられてしまう自分を想像してしまう。そうなってしまえば、いったいどう言い訳すればいいのか・・・・。

素早く確認する限り、水の中に晃子の姿はないようだった。だが、微妙に死角も存在するので、断定はできない。

いったんそこをあきらめ、私はプールサイドに視線を投げた。多くのデッキチェアが並び、サングラス姿の白人たちが、新聞や雑誌を手に陽光を満喫している。

あそこにもいないか・・・・・

そう思った瞬間、私の視線がある場所で釘付けになった。

あっ・・・・・

西脇の巨体が、私の視界に飛び込んできたのだ。白いTシャツに紺色の短パンという格好の彼は、プールサイドにいくつか置かれたパラソルの下にいた。

白い椅子に座り、プールを楽しげに見つめている。すぐ横にはテーブルがあり、ミネラルウォーターが何本か置いてある。

テーブルを囲んでいる他の椅子には誰もいない。だが、その状況は、彼が明らかに誰かと一緒で、その連れがプールの中にいることを示すものだった。

とっさに、私はなつみの姿を周辺に探した。全く連絡がつかないその人妻の姿は、しかしプールにも、そしてプールサイドにも見当たらない。

誰と一緒なんだ、西脇は・・・・・

私の脳裏に、1つの黒々とした予感が漂い始めていた。プールで泳ぐ私の妻、晃子に接近するため、やはりあの男は姿を現したのだ。

晃子は奴の存在に気づいているのだろうか・・・・・

椅子に座る西脇は、どこか好色そうに笑みを浮かべて水面を見つめている。それは、水の中にいる人間と、敵対するような関係でないことを物語っていた。それを示すように、テーブルの上にはペットボトルが仲良さげに並んでいる。

死角となっていたコンクリートの影に、誰かがいるのがわかった。頭の先端がちらちらと覗き、やがてその人間は泳ぎ始めた。

晃子・・・・、やっぱりそこにいたのか・・・・・

予感した通り、西脇の視線の先には水着姿の妻がいた。だが、私が受けることになる衝撃は、それだけではなかった。

泳ぐ晃子の傍らに、1人の男が立っているのだ。泳ぎを指導するように、妻の肢体に手を伸ばす彼の顔が見えた瞬間、私は声をあげそうになった。

忘れることのできない男がそこにいた。大場だ・・・・。



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