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嘘のしずく(25)

2010 05 13
想像もしなかった光景がそこにあった。それが間違いであることを祈るように、私は何度も男の表情を確認した。

紛れもなく大場だ。指導を必要としないほどの泳ぎ手である妻の肉体に、その男はまるでスイミングコーチのように遠慮なく手を伸ばしている。

息を乱すほどに戸惑いながら、私は何とかその状況を説明しようとした。なぜ大場がここにいるのか。そして、西脇と彼はいったいどういう関係なのか。

大場と西脇は以前から知り合いだったのだろうか。二人とも、私にとって親しい友人ではない。彼らのプライベートを、私はほとんど知らないのだ。

彼らが友人同士だったとしても、それは決して不思議なことではない。妻が一人で泳ぐことをなつみ経由で察知した西脇が、大場をこの場に呼んだのだろうか。

しかし、と私は思う。大場となつみが初めて会ったあの夜、なつみの名前、そして彼女の夫の話を聞いても、彼は全く知らない様子だった。

もし西脇のことを以前から知っていたなら、当然なつみにそう言うだろう。そして、彼女をあんな淫らな罰ゲームに参加させ、肉体を奪うことなど、あり得ないはずだ。

ならば、いったい目の前の光景をどう説明すればいいのだろうか。西脇は、妻と一緒に水に浸かっている大場のことを、笑みを浮かべて見つめているのだ。

知っているのか。大場はあなたの妻、なつみを抱いた男なんだぞ・・・・。

晃子はプールの中ほどまで泳ぎ、そこで立ち止まった。浮き輪ではしゃぐ子供達に進路を遮られたようだ。隣にいる大場と何事か言葉を交わすのが見える。

晃子の表情を早く確認したい。大場は妻にとって知らない男なのだ。そんな男と一緒にプールに入っている妻は、いったいどんな気分なのか。

恐らくは強引に接近されたのだろう。西脇に誘われてここに現れた大場は、妻に対し、泳ぎを教えてやるとか適当なことを言って、そばに近づいたのだ。

しかし、妻の様子を後方から見つめる限り、そこに困惑の気配は感じられなかった。親しげなムードもないが、嫌がる態度もとっていないようだ。

混雑するプールを見渡しながら、大場はいったん外に出ようと妻に促した。彼のことを見つめ、素直にうなずく妻の姿に、私は強烈な嫉妬を感じた。

プールサイドにあがった大場が、水の中の妻に手を伸ばす。遠慮がちにそれを拒絶する妻の細い腕を、大場が強引に掴み、濡れた体を引き上げる。

普段はワンピースタイプの水着を好む妻だが、今日は珍しくビキニ姿だった。黒を基調とした落ち着いた色使いの水着は、いかにも人妻らしさを演出している。

細身の妻に、体型をごまかす必要など全くなかった。露にされた腹部や腰周りに贅肉はない。胸の膨らみは小ぶりだが、あの夜と同じように、その妻の乳房は私には妙になまめかしく映った。

西脇がいるパラソルに向かって歩く大場の後方で、少し迷った素振りを見せてから、妻はその後を追った。

椅子に座ったまま、横柄とも言えるような態度で西脇が二人を出迎える。大場が差し出したタオルを受け取った妻は、恥ずかしそうにそれで上半身を隠した。

二人は空いていた椅子に座り、テーブルの上のペットボトルに手を伸ばした。妻の表情が、私の場所からはっきり見えるようになった。

決して打ち解けてはいない様子だ。西脇や大場の言葉に、どこか緊張気味に答えている。だが、それでも私には、納得することができなかった。

妻は、西脇のことを強烈といってもいいほどに嫌っているはずなのだ。奴と会話をするぐらいなら、なぜさっさと家に戻らないのか。

頷いたり、何かを喋ったり、そして、僅かだが笑みを浮かべたり・・・・。時間が経過するにつれて、妻の表情がリラックスしていくのがわかる。

「ご主人は珍しく出張中らしいですね、奥さん」
「そうなんです。明日戻る予定なんですけど・・・・」

そんな言葉をリアルなものとして想像してしまう。3人の会話を聞きたいという激しい欲求に駆られたが、それ以上近づく勇気は私にはなかった。

男達の視線は、明らかに妻の肢体へと向けられている。羽織ったタオルの下に垣間見えるビキニ姿、まだ水滴で濡れた肌、細く艶やかな脚。

週末の午後を満喫するように、西脇と大場はのんびりと椅子に座っている。しかし私には、彼らの隠された欲情が既にギラギラと高まり始めているのがわかった。

ちらちらとプールのほうを見つめながら、妻が二人の男に何か言っている。もう一度泳ぎたいとでも主張しているのだろうか。

しかし、彼らは妻の要求を受け入れないようだった。その代わりに、何か別の提案をするように、熱心に話しかけている。

妻の表情が、少し曇ったのがわかる。プールからあがったばかりのときのように、再び緊張を漂わせ、西脇と大場の顔を見つめている。

逡巡し、そして拒絶するように、妻が首を振る。説得しようとしているのか、大場が隣に座る妻に接近し、耳元でささやくような素振りを見せる。

それでも、妻は納得しない様子だった。表情からは笑みが完全に消え、思い悩むように下を向く回数が増えた。

既に午後3時をまわっている。だが、陽の勢いは全く衰える気配がない。プール周辺は先ほど以上に多くの人々の喧騒に包まれている。

3人がいるパラソルの下だけが、異空間のようだった。昼間にもかかわらず、そこには妖しく、興奮の予感を秘めた空気が漂っていた。

突然、2人の男が立ち上がった。一瞬遅れ、妻もそれに続いた。Tシャツを着ながら、大場が何か妻に言っている。妻はそれを聞きながらサンダルを履いた。

どうやらここを立ち去るようだ。しかし、いったいどこへ行くというのか・・・・。

テーブルの傍らでまだ決心がつかないかのように、妻が立っている。今度は西脇が彼女に話しかけた。思いがけず、妻の表情にかすかな笑みが浮かぶ。

先に行く大場を追うように、西脇と晃子が並んで歩き始めた。タオルを羽織ったまま歩く妻はTシャツを抱えている。私はそれが濡れていることに気づいた。

3人はプールサイドの喧騒を逃れるように、ある棟の中に向かって歩いていく。それは、私の自宅がある方向だった。

慎重に振舞うことを忘れ、私は柱の陰を離れ、彼らの後を追った。会話を交わすこともなく、3人は歩いていく。妻は男達に左右から挟まれるような位置にいる。

彼らがエレベーターホールにまでたどりついたとき、私は駆け寄って問い質そうかと思った。だが、その決断をためらううちに、エレベーターの扉が開いた。

かなり離れた距離から、私はその3人を見つめていた。エレベーターの中に乗り込むとき、西脇が妻のヒップを撫でるように押したのがはっきり見えた。

あいつ・・・・・

夢から醒めたように、私はそこに走り寄った。しかし、既に扉は閉まっている。点滅する数字を見つめた私は、彼らが向かった先を知った。

私の自宅がある8階ではなく、エレベーターは地下駐車場で停止していた。



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