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波涛の彼方(2)

2010 07 01
朋子が初めて隆夫に出会ったのは、3年ほど前のことだ。当時、彼女は教師として杉並区内の公立中学に勤務していた。

出会ったと言っても、そこにロマンティックな要素があったわけではない。両親に奨められるがまま、朋子は見合いのような形で隆夫のことを知ったのだ。

30歳になろうとしていた朋子に、特定の交際相手はいなかった。大学を卒業後、彼女は夢だった教師としての道を、それまでただひたすらに生きてきた。

勿論、恋愛はした。同僚だった教師と1年近く付き合ったこともある。しかし、どれも結婚にたどりつくような交際ではなかった。

もっと穏やかな付き合い方をしたかった。朋子は、20代で体験した何度かの恋の失敗を、そんな風に振り返るようになっていた。

どの男性も、自分の体だけを目当てにしているような気がしてならなかった。勿論、朋子にだって欲情がないわけではない。だが、会う度にセックスを迫ってくる男達に、彼女はいつしか、嫌悪感さえ覚えるようになっていた。

男達の態度が、朋子自身の美貌のせいであることに、彼女はしかし気づいてはいなかった。

すらりとした長身の彼女の体には、豊かな胸の膨らみが備わっていた。交際相手のみならず、それは多感な時期を迎えた男子生徒たちをも誘惑するものだった。

「ねえ、先生、何カップなの? Dカップ?」
「先生、彼に毎晩おっぱい触らせてるんだろう?」
「実は巨乳なのに、隠してる感じがいいんだよなあ、先生は」

不良生徒たちは、そんな卑猥な言葉を遠慮なく投げかけては朋子を困惑させた。それを冗談で切り抜けられるほどの図太さを、彼女は持ち合わせていなかった。

30になろうとしていた頃、朋子は自分が想像以上に疲れていることを自覚し始めていた。あれほどに夢見ていた教師の生活も、もう十分だと感じていた。

生徒、生徒の親達、校長、教務主任・・・・。様々なプレッシャーが自分を囲んでいる。自分の大切な何かが磨耗していくような気がする。

娘のそんな様子に、そばにいる両親が気づかぬはずもなかった。それまで促したこともなかったが、彼女の両親は初めて、朋子に1人の男性を紹介した。

「朋子、一度会ってみない、この人と?」
唐突とも思える母親の提案を、朋子は素直に受け入れた。今の生活を変えてみたいと、彼女は秘かに望んでいたのだ。

「○○大学で准教授をされてる方よ。年齢は41歳で朋子よりはかなり上だけど、いい人みたいよ」
「ねえお母さん、これってお見合いなのかしら・・・・・」

「もうあなたも30でしょう・・・・・」
母親は答えを濁したが、朋子にはその面会の意味がはっきりとわかった。そして彼女は彼と会ってみることにした。

城崎隆夫は、研究者という形容が最適と思わせるような、真面目で物静かな男性だった。口数は少ないが、彼に不誠実な部分は全く感じられなかった。

大学卒業後、大学院に進み、そのまま研究室に残ったのだという。海洋学に関する彼の画期的な研究は、学界の注目を浴びているとのことだった。

僅か3ヶ月程度の交際を経ただけで、隆夫は朋子に結婚を申し込んできた。隆夫に対し、何か運命的なものを感じ始めていた朋子に、それを断る理由はなかった。

自分が知っている過去の男たちと、隆夫は明らかに別なタイプだった。会話が弾むわけでもなければ、いつも笑いあうような関係も想像できない。

にもかかわらず、朋子は彼にすがりたいような感情を抑えることができなかった。こんな男性を生涯のパートナーに選ぶなんて、朋子は自分でも意外だった。

ささやかな式をあげた後、二人は国分寺市内のマンションで新婚生活を始めた。30になって初めて親の元を離れた朋子だったが、新生活に戸惑いはなかった。

結婚と同時に朋子は教師を辞めた。主婦として、彼女は隆夫を支えていくつもりだった。その決意に、微塵の迷いもなかった。

想像したとおり、新婚生活は穏やかなものだった。自宅に研究資料を持ち帰ることも珍しくない隆夫は、新妻にべったりとするような男ではなかった。

かと言って、冷たいわけではない。無口な彼が発する言葉には、確かな愛情がこめられていた。朋子は、夫とのそんな距離感に何の不満もなかった。

そして、瞬く間に2年が経過した。このまま波風の立たぬ生活が未来にも待っているはずだ。そう信じて疑わなかった朋子に、ある日、帰宅した隆夫が思いもよらぬ科白を口にする。

「朋子、大学を辞めることになった」

人生を回す歯車が、今、初めて動き出そうとしている。夫の言葉を聞かされたとき、朋子が最初に感じたのはそんな不思議なイメージだった。



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