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波涛の彼方(10)

2010 07 01
「危ないところだったわね」
ようやく立ち上がることができた朋子の元に、その女は心配そうに駆け寄ってきた。

「え、ええ・・・・・・、おかげさまで助かりました・・・・・」
「いいのよ、お礼なんか・・・・・・」

彼女は少し笑いながらそう言うと、それまで朋子と村岡が座っていたコンクリートの上に腰を下ろした。彼女に促されるまま、朋子はその隣に座った。

「いつまでも変わらないわ、あいつは・・・・・・」
村岡の車が走り去った方向を見つめながら、彼女はそうつぶやいた。

「あ、あの・・・・・・」
「あっ、私は菊地って言います。菊地あずさ。よろしく」

手を差し出してくる彼女の勢いに圧倒されるかのように、朋子は握手を交わした。間違いなく、彼女もまた、この島に長く住んでいる人間のようだった。

朋子よりは年長のようだった。30代後半だろうか。化粧をほとんどせず、とても垢抜けた格好とはいえない彼女だったが、どこか魅力的に見える。

小柄ながら豊満さを感じさせる、なまめかしい肢体の持ち主だった。女性である朋子にもわかるような、十分な色気を漂わせているのだ。

「あなた、最近東京から来た方でしょう? ご主人が高校の先生で・・・・」
言葉に詰まる朋子に、あずさはおかしそうに笑った。

「この島は狭いからすぐに話が伝わるのよ」
「・・・・・・・」

「あの男とは今日初めて会ったのかしら?」
「い、いえ・・・・・、近所に住んでる方なんです」

「そう、じゃあ知ってたのね・・・・・」
あずさは、朋子に同情するようなトーンでそう答えた。

「あ、あの・・・・・、あずささんはあの男の人のことを・・・・・」
朋子は、少しためらいながらも、そう訊いてみた。

「あいつの車がここに停まってるのを見たから、おかしな予感がしたのよね。で、降りてみたら、やっぱりあなたがあんなことをされてたから・・・・」
「・・・・・・・」

「あの男はね、ちょっとおかしいのよ」
「おかしい?・・・・・」

「若い頃からずっと女癖が悪くてね。島の女に手を出しては何度もトラブルを起こしたのよ。今はもう、島の誰にも相手にされていないわ」

あずさのその説明は、村岡に対して朋子が抱き始めていたイメージと、まさしく合致するものだった。やはり彼は、この島でも異端児扱いされているのだ。

「私はあいつのことを子供の頃から知っていてね。何度も懲らしめてやってるから、あいつは私を毛嫌いしてるのよ。今日もくやしそうに逃げていったでしょう?」

少しも怯んだ様子がなく、あずさは頼もしささえ感じさせる口調でそう言った。朋子は、この島に来て、初めて信頼できる人間に出会えたような気がした。

「あなた、あの男の近所ってことは、高校の前任者の方と同じ家かしら?」
「あっ・・・・、ええ、そうなんです・・・・・」

「前の先生の奥さんも、あいつには随分迷惑してたみたいよ」
「そうなんですか?」

あずさの何気ない言葉に、朋子は敏感に反応した。隆夫の旧友だという前任者のことについて、朋子はほとんど何も聞かされていないのだ。

ましてや、その前任者の妻がいったいどんな生活を送っていたのか、朋子はまるで知らなかったし、これまであまり考えることもなかった。

その夫妻はいったい何年この島にいたのだろう。どこの出身なのだろうか。あずさの言葉をきっかけに、朋子は当然抱くべきその疑問に、今、初めて気づいた。

外部の人間を寄せ付けないこの島で、前任者の妻も苦しい思いをしたのかもしれない。その一端を、朋子はあずさから是非聞きたかった。

「あなたほどじゃないけど、前の先生の奥さんも綺麗な方だったのよ。私は何回かしか見たことがないけどね」
「何歳ぐらいの方だったんでしょうか?」

「そうねえ、あなたと同じくらいかもね。で、あの家に住んでたから、当然村岡に目をつけられたのよね」
「・・・・・・・」

「3年くらい島にいたのかな、前の先生は。別に警察沙汰になるようなことはなかったけど、奥さん、しつこくつきまとわれてたみたいよね」

村岡のその姿が、朋子には容易に想像できた。それが自らの身に降りかかることを考えると、朋子は再び陰鬱な気分にならざるを得なかった。

「大丈夫よ。あいつは虚勢を張ってるだけで、根っこは弱い人間だから、あなたが毅然とした態度でいれば、何かされることはないわ」

あずさのその言葉が、朋子には少し重く響いた。この砂浜で自分が村岡に見せてしまった隙が、あずさに気づかれてしまっているような気がしたのだ。

「あなたはおいしそうな体してるから、しっかりしなきゃ駄目よ」
あずさにそんな風に言われ、朋子は言葉に詰まった。

戸惑った様子の朋子の脚を軽くたたくと、あずさは立ち上がった。朋子は慌てて自分の名前を述べ、彼女の携帯の番号を求めた。あずさは気安く応じてくれた。

「何かあったらいつでも連絡してちょうだい。村岡だけじゃなくて、この島の人間は東京に反感を持ってる連中が多いから、いろいろ大変だとは思うけど」

車に乗り込む直前、あずさは朋子に向かって軽く手をあげた。朋子は、それに応えるように手を振った。

走り去るあずさの車を見つめながら、朋子は考えていた。彼女に助けを請うような事態に私はいつか巻き込まれてしまうのだろうか、と。

村岡の指先の感触が、人妻の内腿にまだはっきりと残っている。



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