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波涛の彼方(13)

2010 07 01
猥褻なDVDを目にしたとき以上のパニックが朋子を襲った。敵に挑むような先刻までの態度を忘れ、朋子は何かから逃げるように家の中に飛び込んだ。

引き戸を閉めて、玄関に座り込む。激しく喉が乾いていることに気づく。何も考えることなく、朋子は台所に行き、コップに水を注いだ。

一息に冷水を飲んだことで、ようやくかすかな落ち着きを取り戻した。居間の畳に座り、朋子はテーブルの上に荷物を置いた。

DVDのパッケージと、挟み込まれていた紙片を改めて見る。夫の名前が書かれた便箋を、朋子はそこから何かを掴み取るようにじっと観察した。

上品な筆致で書かれた短い文章だった。「城崎隆夫様 先日ご依頼のもの確かにお届け致します」 いったい、これは何を意味するというのだろう・・・・・。

夫がこれを誰かに頼んだというのか。こんな類のビデオを、夫が入手しようとしたのだろうか。それは朋子にとって受け入れられることではなかった。

村岡の仕業に違いない。あの男が、故意に主人の名前を書き、私を動揺させようとしているのだ。朋子は、自分自身にそう信じ込ませようとした。

そうでなくてはならないのだ。他にどんなことが考えられるのか。村岡とは別の誰かが、私をいじめようとしているのだろうか。

その可能性を完全に否定することはできない。この島の人間は皆、東京の人間を嫌っているというあずさの言葉を、朋子は改めて思い出してみた。

しかし・・・・。淫らな写真が掲載されたパッケージを見つめていると、朋子はやはり、村岡の汚れた姿を思い出さずにはいられなかった。

あの男しかいない。こんな手の込んだいやがらせを仕組むのは、村岡以外に考えられない。朋子は、彼の狡猾な笑みを思いながら、その便箋を破り捨てた。

ともかく隆夫に報告しよう。証拠がないことは承知の上で、主人から何らかのアクションをあの男に対して起こしてもらうのだ。

朋子はそう言い聞かせながら、DVDを袋に戻し、急ぎ、夕食の準備を始めた。

その夜、隆夫は午後9時頃に帰宅した。朋子はすぐに、今日の出来事を夫に教えようとした。だが、先んじたのは隆夫のほうだった。

「朋子、今日、僕宛の荷物が届かなかったか?」
「えっ?・・・・・・・」

隆夫の脱いだ上着を持った手が思わず止まる。朋子は言葉に詰まったまま、夫のことを見つめた。

「そろそろ届くはずなんだけどな。何も来なかったかい?」
「どんな荷物なんでしょう?・・・・・・・」

「DVDなんだよ」
「DVD・・・・・・・」

「ああ。以前の学会の模様を撮影したものでね。僕が少しだけ映っているからという理由で、大学の研究室の後輩が郵送してくれることになっている」

朋子は、自分の言いたかったことを口にする余裕を失っていた。この場をさりげなく切り抜けることだけを、彼女は考えた。

「ポストには何も来てなかったと思います・・・・・」
「そうか。じゃあ、まだ発送していないのかもしれないな」

隆夫はそう言うと、それ以上、その会話を続けることはなかった。朋子もまた、あのことを話すことなく、いつも通り、夕食の膳をテーブルに並べた。

翌日、隆夫が高校へと出勤した後、朋子は再びあの紙袋をテーブルの上に置いてみた。昨夜、彼女はそれを自分の衣服が入った棚の奥に隠しておいた。

鼓動を早めながら、中のものを取り出してみる。何も変化はない。昨日と同様、猥褻な写真が朋子をいじめるように、そこにあった。

夫は、DVDが「郵送」されてくると言っていた。それならば、これは彼が頼んだものではない。切手も消印もないこの袋は、何者かによって直接置かれたのだ。

にもかかわらず、朋子は心の落ち着きを取り戻すことができなかった。夫がDVDという単語を口にした、という偶然がそうさせていた。

だが、それだけではなかった。しばらく考えた後、朋子は心が揺れ動く本当の理由がわかったような気がした。これまで目を逸らし続けていた事実を受け入れるべきなのだと、彼女は感じていた。

隆夫のことを、朋子はあまりに知らなさ過ぎるのだ。夫婦であるにもかかわらず、彼女は夫に関し、全て知り尽くしているわけではなかった。

それどころか、知らないことのほうが圧倒的に多かった。朋子は思った。2年の結婚生活を過ごす中で、私はいったい彼の何を知ったのだろうか。

夫の口数が少ないせいか、夫婦間の会話は、他の新婚家庭と比較して、圧倒的に少ないのかもしれない。今更ながら、朋子はそんなことを考え始めていた。

夫の仕事のことも詳しいことはよく知らない。彼の過去はどうだろうか? どんな人生を彼が送ってきたのか、自分はどれほどに知っているのか。

夫の趣味は? 研究だけに取り組む彼の姿に、他の趣向の存在は感じられない。だが、何か隠された性向があるのではないのか。

結婚してから、朋子はそんなことをどこかでずっと思い続けてきた。DVDの件をきっかけに、彼女はその疑問に初めて正面からぶつかってみた。

2枚のDVDは、ともに妻が寝取られるという内容の映像のようだ。結婚した男は、そんな嗜好を秘かに抱くものなのだろうか。

まさかあの人が・・・・・・。

どういうわけか、隆夫への不信が、朋子の心の中で急速に芽生え始めていた。夫が頼んだDVDはこれではないのかという疑いが、少しずつ真実に近づいていく。

玄関に行き、朋子は戸締りを確かめた。庭に面した廊下に並ぶガラス戸の鍵を全て閉める。午前10時を過ぎた頃だ。外には初夏を思わせる日差しが溢れていた。

寝室である畳部屋の隣に四畳ほどのスペースがある。そこにはノートパソコンが置いてある。DVDを持った朋子は、静かにその小部屋に入った。

なぜその映像を自分が見ようとしているのか、朋子には自分でも説明できなかった。ただ彼女は、そこに夫の秘密が隠されているような気がしたのだ。

庭の外の茂みの中に何者かが潜んでいることに、朋子はまだ気づいていない。



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