FC2ブログ

波涛の彼方(14)

2010 07 01
いつもと変わらぬ静かな午前だった。

海から吹き寄せる風、それに揺れる木々の枝。朋子の住む家の周辺は、彼女のこの島での孤独感を象徴するかのように、自然が織り成す音だけが存在している。

今日は風も穏やかなようだ。外の晴天を想像しながら、朋子はかすかな罪悪感に浸っていた。これからしようとしていることが、彼女をそんな気分にさせていた。

本当にこれを見る必要があるのだろうか。DVDケースを手にしながら、彼女は目の前のパソコン画面を見つめた。

夫がこれを頼んだのかもしれないのだ。妻への秘密の一端が、この映像の中に隠されているかもしれない。朋子はそんな思い込みを捨てることができなかった。

ビニルの包装を破り、パッケージを開ける。猥褻な写真がDVDディスクにも印刷されている。朋子はそれを直視することなく、パソコンに挿入した。

こんな映像を見ることは、勿論初めてのことだった。努めて冷静な気分を維持しながらも、朋子はしかし、それを鑑賞する前から鼓動を早くせずにはいられなかった。

やがて映像がスタートした。朋子が想像していた以上にそれは凝ったセットで撮影された本格的なものだった。しかし、演技レベルは明らかに低かった。

主人公である人妻、その夫、そして上司。朋子は人妻が少しずつ追い込まれていく陳腐な話を追いながら、注意深く登場人物の姿を注視した。

隆夫の姿がどこかに出てくるのでは、と考えていたのだ。

昨夜夫は、自分が少しだけ映っているDVDが送られてくる、と言っていた。朋子は、そんな一言に彼の秘密のほころびが生じたのではと疑っていた。

だが、さして多くはない男優達は皆、朋子の知らない人間だった。隆夫の姿がその中にあるわけもない。

次第に彼女は、隆夫の秘密を追求するのを忘れ、繰り広げられるストーリーに引き込まれていく自分を感じていた。

開始早々に展開された夫婦のベッドシーンを見ただけで、朋子は妙な気分に包まれていた。そんな彼女を試すように、更に過激な映像が待っていた。

夫が出張で不在の自宅に彼の上司が予告なくやってくる。夫が仕事上で犯した失態の償いとして、彼は妻の体を要求する。

抵抗する人妻の肉体を、彼は強引に抱こうとする。服を剥ぎ取られ、下着姿で床に押し倒される人妻。激しいレイプシーンが、画面の中で延々と続く。

夫の行為に満たされていない自分に気づいたように、その人妻は次第に上司に溺れていく。そして物語の後半部では、夫の目の前で上司に抱かれてしまう。

あの人に、こんな嗜好があるのだろうか・・・・・・・

朋子は隆夫のことを考えてみた。映像の中で夫を演じる男は、目の前で上司に犯される妻の姿を見つめながら、マゾヒスティックな興奮の色を表情に浮かべている。

夫の仮面の下に、こんな姿が隠されているというのか。あの人は誰かに私を抱かせたいと思っているのだろうか。しかし、それは、想像力をいくら働かせてみても、朋子には現実のものとは思えなかった。

もはや映像を見る必要はないようだった。朋子は男優の姿を確認するために、もう1枚を倍速モードで確認したが、夫の姿はやはりなかった。

全ての映像を停止させ、彼女は椅子に座ったまま、そっと瞳を閉じた。夫への疑惑は払拭されたといってよかった。

にもかかわらず、朋子はまだ、いつもの自分ではなかった。初めて耳にした女性の喘ぎ声が、朋子の頭の奥で何度も繰り返し響き渡る。

女性はセックスのとき、あんな風に淫らに声をあげるのだろうか。部屋に響き渡るほどの狂おしい声を、あれほどに素直に出してしまうものなのか・・・・。

いや、これはフィクションなのだ。全て虚構にすぎない。喘ぎ声だけじゃない。体の交え方や男性の持続力、その全てが朋子には嘘に思えた。

しかし、そんな作り物の商品によって、朋子は心を乱されていた。そんな自分自身を、朋子は嫌悪せずにはいられなかった。

激しい性行為のシーンを見れば、興奮してしまう女性だっているのだろう。しかし朋子は、自分がそんな類の女ではないことを自任していた。

自慰行為とは、意識的に距離を置いて生きてきた。夫に愛してもらうだけで十分に満足しているつもりだ。心を惑わすような余計なものを鑑賞して興奮を得る必要など、他の女性はともかく、自分には全くない。

まだ揺れ動いている心を感じながら、朋子は懸命に自制心を働かせた。それを確かなものにするため、彼女は村岡の野卑な表情を思い浮かべてみた。

あの男の罠にはまってしまってたまるものか。夫への疑いを完全に消し去り、朋子はこのDVDの配達がやはり村岡の仕業であることを信じた。

夫宛に届いたようなメモまで用意し、私を混乱に引きずり込もうとしている。彼に導かれるようにDVDを見てしまった自分を、朋子は深く恥じた。

私はそんな女ではないのだ。こんなDVDで欲情を刺激されるような簡単な女ではない。そう言い聞かせながら、朋子は椅子から立ち上がった。

強い気持ちをこの島に見せ付けるかのように、朋子は庭に面した廊下に出た。そして、嫌な空気を入れ替えようと、ガラス戸に近づいたときだった。

何者かが慌てて走り去る気配を朋子は感じた。戸の向こう側にいた人影は、狭い庭を走り抜けると、玄関方向ではなく、垣根の向こうの茂みの中に飛び込んだ。

「待って!・・・・・、誰なの!・・・・・・・」

ガラス戸を開け、朋子は叫んだ。だが、その人間の姿もはや跡形もなかった。いったい男性なのか女性なのか、朋子にはそれさえもわからなかった。

しかし、確かに誰かがいた。いったい何のために・・・・、いつから、ここに身を潜めていたのだろうか・・・・。

開け放ったガラス戸は、隙間が存在するほどに古く、薄いものだ。この静寂なら、家の中のかすかな音だって、簡単に漏れ聞こえるに違いない。

ここにいた人間は、室内にいる人妻が昼間から何を鑑賞しているのか、簡単に知ったことだろう。朋子は、致命的な失点を自分が犯してしまったことを悟った。



(↑クリック、凄く嬉しいです)


エルシーコスメ&ラブグッズ体験談


Comment

管理者のみに表示