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波涛の彼方(15)

2010 07 01
「恒例の夏祭りが近づいてきました。今年も島内各自治会が中心に準備を進めますが、本日は最初の会合ですから、これまた恒例の食事会をですね・・・・」

司会の男がそう話すと、会場は笑い声と歓声に包まれた。朋子は、長細い座敷の片隅に座り、居心地の悪さだけを感じている。

夏祭りの開催に是非協力していただきたい、という話が舞い込んできたのは、5月も終わろうとしている頃だった。

島での生活にもすっかり慣れた朋子だったが、相変わらず孤独な日々を送っていた。気の合う友人が見つかったわけでもなく、楽しみができたわけでもない。

しかし、少しずつ島内を巡り始めていた朋子にとって、単独で行動することは、決して寂しいものではなかった。

幼い頃から、自立心が決して弱くはなかった彼女にとって、それはむしろ快適とさえ言えた。朋子はマイペースでこの島の自然を楽しもうとしていた。

幸いなことに、村岡からのいやがらせの気配は一切なかった。あのDVDを誰が配達したのか、その真相はまだ解明されず、あの日、庭に侵入していた人間も、いったい誰なのかわかってはいない。

それは、朋子の心に、一筋の黒い影を落とすものであったが、しかし、彼女は必要以上にそのことを考えようとはしなかった。

何かあれば、今度こそ隆夫に相談すればいい。それに、あの浜辺で出会った女性、菊地あずさの存在も、朋子にはどこか心強いものがあった。

あれ以来、彼女とは一度も連絡をとっていないが、機会があれば、改めて会って、話をするのもいいかもしれない。

そんな風に、朋子が心の平穏を取り戻しつつあった頃だ。夏祭りの開催、そしてその準備会合への参加要請が、回覧板を経由して届いたのは。

「あなた、これ、どうしたらいいかしら」
朋子は、隆夫にその案内を見せて、指示を仰いだ。

相変わらず、高校での話を家ではほとんどしない隆夫だが、特に問題もなく教師としての仕事をこなしているようである。

「夏祭りか。こういう行事はちゃんと参加したほうがいいだろう」
「ええ・・・・・」

「なかなか近所の皆さんと接する機会もないからな。僕も仕事の合間に出来る限り手を貸すから、朋子も是非やってみなさい」

夫がそう言うことは、朋子には最初からわかっていた。島での生活をより快適なものにするためにも、地域に更に深く入り込む必要があるのだ。

回覧板によれば、島の東部に散らばる各自治会が、合同で夏祭りを開催するようである。朋子の家が属する自治会には20世帯程度が含まれるようだ。

最初の会合は、海岸沿いの小さな蕎麦屋で開催されるとある。朋子の家から、徒歩で20分程度のところだろうか。

平日の夕方ということで隆夫の参加は難しかった。その日、朋子は清楚な服装に身を包み、一人でその会合に出ることにした。

「城崎さんですね。いやあ、お待ちしていましたよ」
店の玄関に設置された受付で、朋子は初老の男性にそう歓迎された。

60代前半と思われるその男の顔に、朋子は見覚えがなかった。近所に住んでいる人間ではないようだ。

「さあ、どうぞ、2階へ。そろそろ始まるところです」
促されるがままに、朋子は靴を脱ぎ、狭い階段を昇っていった。

蕎麦屋の2階は細長い宴会場となっていた。部屋を縦断するように並べられたテーブルの上には、既に酒やビール、そして刺身の準備が整っている。

20名程度の人間がそこにいた。女性は5名ほどだ。男も女も皆、50代を超えた世代の人間のようで、朋子は一瞬、足を踏み入れるのをためらった。

「皆さん、城崎さんがいらっしゃいましたよ」
朋子に密着するように後ろから階段を上がってきた受付の男が、部屋の中に向かってそう声をかけた。

拍手とともに、彼らの視線が入口に立つ朋子に一斉に集まる。薄手のブラウスにタイトスカートという姿の朋子は、どきまぎした様子で頭を下げた。

中央に座るように奨められたが、朋子はそれを丁寧に断りつつ、部屋の奥、テーブルの一番端の辺りに腰を下ろした。

洗練された雰囲気の美しい人妻の姿に、皆、感嘆しているようだ。彼らの視線が依然として注がれていることを感じながら、朋子は慎重に周囲を観察した。

あの男はいないようだ。家を出たときから抱えていた緊張が、少しだけ緩んだ。

「ではそろそろ始めましょうか」
受付の男がそのまま司会に転じ、場を仕切り始めた。祭りの説明も何もなく、会場はすぐに食事へと突入した。

乾杯を経て、周囲に座る住民達と会話を交わし始める。朋子はできる限り彼らとの距離を縮めようと、自らお酌をした。

人妻の魅力に惹かれるように、男性達が次々に席を移動し、朋子のそばにやってくる。彼女は笑顔を浮かべながら、積極的に話に参加した。

「奥さんは東京からいらしたんですって?」
「ご主人は立派な研究者と聞きましたよ」

男達は、遠慮ない口ぶりで朋子に質問を投げかけてくる。そこに悪意はないようだが、女性への強い関心が感じられた。

話の弾みとでもいうように、軽く腕に触れてくる男もいる。誰もが自分より随分年長の男だけに、朋子は妙な戸惑いを覚え始めた。

そんなときだった。突然、階段を乱暴な様子で上がってくる音が聞こえたかと思うと、入口の障子の向こう側に、人影が見えた。

嫌な予感が朋子を襲った。



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