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波涛の彼方(22)

2010 07 01
彼女の電話番号を入手する必要がある。

この島の私立高校の職を紹介したという夫の前任者。学生時代の友人であるなら、夫は彼の連絡先を勿論知っているはずだ。

朋子は、その前任者の妻にコンタクトをとりたかった。しかし、それを隆夫に告白することが、彼女にはできなかった。

以前、前任者のことを朋子が口にしたとき、夫はその話題をなぜか避けようとした。朋子は、夫のそんな態度をはっきり覚えていた。

恐らく、夫は聞いても教えてはくれないだろう。連絡をとってどうするんだ。そんな質問を口にされ、かえって妙な展開になってしまう気がする。

結局、朋子はそれを、隆夫の勤務先である高校に直接訊いてみることにした。夫に内緒でのその行動は、彼女にとってちょっとした「賭け」でもあった。

「恐れ入りますがどのようなご用件でしょうか?」
今年の春に退職して島を離れた教師の連絡先を教えてくれ、という匿名の依頼電話に、受付の女性は冷たい口調で答えた。

「あ、あの・・・・・、その方の奥様にお伝えしたいことがありまして・・・・・」
「あなた様はこの島にお住まいの方ですか?」
「あっ、はい、そうです・・・・・・・」

朋子がそう答えると、予想に反し、電話口の女性は少し態度を和らげた。そして、上司に何か相談するかのように、しばらく電話を保留した。

「井山先生の奥様の連絡先、でよろしいですよね?」
1分近く続いた保留音の後、女性はそんな言葉で会話を再開した。朋子は、隆夫の前任者の名前をそこで初めて知った。

「え、ええ・・・・・・・」
「奥様の連絡先なら、ご自宅のほうがよろしいですね」

女性はそう言うと、井山という前任者の自宅の電話番号を、あっさりと教えてくれた。朋子は、拍子抜けしたような気分で、それを素早くメモした。

夫が以前言っていたように、その電話番号は東京の局番だった。平日の昼間に彼女が在宅しているのかわからないが、朋子は思い切ってその番号に電話した。

「はい、井山でございますが」
数回のコールの後、電話口の向こうから女性の落ち着いた声が届いた。

「突然のお電話、申し訳ございません。私、城崎朋子と申しまして・・・・・」
朋子は自宅の居間に緊張した様子で座りながら、手短に自己紹介を始めた。

「ああ、じゃあ、主人の後任で松木島に行かれた方の奥様、ですね?」
「え、ええ、そうなんです・・・・・・」

どんな風に自宅の電話番号を知ったのか、朋子が訊かれることはなかった。彼女はどこか、朋子からの電話を予想していたようであった。

「大変でしょう、島の生活は? いろいろご苦労もあるんじゃないかしら?」
井山の親身な態度は、朋子の緊張を解かせた。生活面での話題にいくつか触れた後、朋子は思いきって彼女に聞いてみた。

「あの、奥様はここで何かいやがらせのようなことはされませんでしたか?」
「島の人に?」

「は、はい・・・・・・・・」
「ふふっ・・・・・、まさか村岡さんのことかしらね?」

男の名前が彼女の口からすぐ出たことに、朋子は驚くとともに、安堵を感じた。菊地あずさが証言していた通り、やはり前任者の妻も、村岡にいじめられていたのだ。

「まだ数ヶ月なのに、あの男、もうあなたに接近してきたの?」
朋子は、浜辺での出来事、そして、昨夜の食事会のことを簡単に説明した。井山は、それを聞いておかしそうに笑った。

「ごめんなさい、笑ってしまって。あの男も変わらないな、と思って」
「じゃあ奥様も?・・・・・」

「私も同じようなことをされたわよ。何かイベントがあればお触りなんか当たり前。あの男に何度胸を揉まれたことか」

笑いながら平然とそう言ってのけるその人妻に、朋子は少し圧倒された。彼女はそんな苦い記憶を、どこか楽しげに思い出しているようでもあった。

「奥様はもうお気づきかもしれないけど、その島の人間は皆東京を嫌ってるの。だから村岡さんが私に何かしても、周囲は甘いのよね」

彼女の言葉に、朋子は昨夜の老人達の様子を思い浮かべた。村岡の様子をうらやましそうに見つめる三原の表情は、朋子の脳裏に今も焼きついている。

「夏祭りの当日なんて酷かったわよ。実行委員として働いていた私を、あの男は強引に自分の車にまで引きずり込んでね」
「えっ、そんなことが・・・・・・・」

「みんな祭りに参加してるから誰も気づく人がいなくて。ほとんど裸にされてレイプされる寸前、偶然通りかかった警備員の人に助けてもらったんだけど」

朋子は、その人妻が村岡に車の中で着物を脱がされ、襲われようとしているシーンを思い浮かべた。あずさは確か、前任者の妻は綺麗な女性だ、と言っていた。

「警察沙汰にしてもよかったんだけど、結局私が訴えを取り下げて。でも村岡さんは、その事件で確か自治会から追放されたはずよ。また会に参加してきたの?」

「そうなんです。でも確かに彼が店にやってきたとき、他の皆さんが歓迎してるようなムードは少しもなかったですけど・・・・・」

「しょうがないわね、あの男も。自治会の皆さんも高齢の方が多いし、それに、自分達は自分達で同じようなことを内輪でやってるからねえ」

彼女のその言葉に、朋子は再び昨夜の座敷の様子を思い浮かべた。互いに触りあい、キスを交し合う男女。複数の老人達が入り乱れてそんな行為に耽っていた。

「その島は退屈だから、そんな楽しみしかないのよね。昔からそうだったみたいで・・・・・。そうそう、奥さん、古い慣習には気をつけたほうがいいわよ」

「古い慣習、ですか?・・・・・・」
朋子は、嫌な予感を伴った緊張に包まれた。何も知らない彼女に忠告するように、井山は少し潜めた声でささやいてきた。

「その島にはね、まだ夜這いが残ってるのよ・・・・・」



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