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波涛の彼方(23)

2010 07 02
「夜這い、ですか?・・・・・・・・・・」
井山がさらりと口にした言葉を、朋子は素直に受け止めることができなかった。

「そう、夜這いよ。聞いたことぐらいあるでしょう、奥さんも?」
「え、ええ・・・・・・・」

確かに、その単語を耳にしたことはある。しかし、それは遠い過去の遺物だと考えていた。自らの身にそれが関わってくるなんて、朋子は思ってもみなかった。

「田舎ではそんな習慣が、そうね、戦前から戦後間もなくまで残っているところがあったようね。完全に男性上位の考え方だけど」

「それが、この島にはまだあるというんですか?」
そんなことを、朋子はこれまで誰からも聞いたことはなかった。だが、そうであってもおかしくないような気分を、朋子はどこかで感じてもいた。

「未婚女性がいる家に周辺に住む男たちが夜に忍び込むわけ。それで女性さえよければ、そこで何かしちゃうってこと。でも、今は若い女性が減ってるから、そんな妙な習慣も自然に淘汰されるはずなんだけど」

「・・・・・・・・」

「その島では形を変えてまだ残ってるみたいなのよね」
「形を変えて?」

「つまり、未婚、既婚に関係なく、更には年齢も無視して、男たちは女のいる家に隙さえあれば侵入するらしいのよ。それを歓迎する女性もいるみたいでさ」

再び、朋子は昨晩の絡み合う老いた男女の姿を思い出した。夫婦ではない他人同士が入り乱れ、あんな淫らなことをしていた。井山の言っていることが、朋子にははっきり現実のものとしてイメージできた。

「井山さん、それ、わかる気がします・・・・・・」
「ふふっ、そうでしょう。その島ならあり得そうでしょう?」

「はい・・・・・・・」
「だから気をつけなきゃ駄目よ。東京から来た人妻なんて一番に狙われるわよ」

この島の怖さを、朋子は改めて思い知らされたような気がした。注意すべき男は、どうやら村岡だけではないようだ。

「とにかく寝るときは必ず施錠をすること。鍵が開いていたら、男を歓迎するっていう意思表示になるんだからね」
「わかりました・・・・・・」

「ご主人はどうせ毎日遅いんでしょう?」
前任者の妻だけに、井山は同じ高校で働く隆夫の様子が想像できるようだった。

「え、ええ、早いときもありますけど、ほとんどは夜遅くに帰ってきます・・・・・」
「だったら戸締りは厳重にね。ご主人が不在のときは特に危険よ」

井山の言葉で、朋子は先日、DVDを見ていたときに庭に潜んでいた人間のことを思い出した。あれは本当に村岡だったのか。或いは、別の男が・・・・・。

とにかく、朋子は井山に電話してよかったと感じていた。彼女も同じような被害にあっていたこと、そして新たな情報に触れただけでも収穫だった。

「それからね、奥さん、何かあったらあの人を頼りにするといいわよ」
会話を終えようとしていたとき、井山は思い出したようにそう口にした。

「高校で教頭先生を務めてらっしゃる椎名さんっていう方なんだけど」
「あっ、私、一度だけお会いしたことがあります・・・・・・」

激しい雨の中、この島に初めて足を踏み入れたあの日、わざわざ港にまで迎えに来てくれた男のことを、朋子は少し懐かしく思い出した。

あれ以降、夫からは何も聞かされていないが、確かに彼は親身な雰囲気を漂わせていた。この自宅にまで案内し、簡単な食事まで用意してくれたものだ。

「じゃあ知ってるのね。あの人、その島の人間にしては珍しく理解がある人だから、何か困ったことがあれば、きっと力になってくれると思うわ」

「わかりました。覚えておきます」
朋子は丁寧に礼を述べ、井山との会話を終えた。

すぐに立ち上がると、朋子は庭に面したガラス戸が並ぶ廊下へと無意識のうちに歩いていった。その鍵は、いかにも旧式のものだが、勿論効果はあるはずだった。

今一度、彼女はそれらが施錠されていることを確認し、そして空を見上げた。どうやら、何日も続いた晴天が終わりを告げようとしているようだった。

雨は夕刻から降り始めた。夕立かと思われた雨は、しかし止むことなく、勢いを増していく。朋子は風雨の音を聞きつつ、手早く夕食を終えた。

夫の帰宅は、今夜もまた遅くなる予定だった。島に来てから始めた研究が少しずつ本格化しているようで、最近では日付が変わるころの帰宅も珍しくない。

風呂にも入り、朋子は先に床を敷いた。高校で食事を済ませてくる夫は、いつも朋子に先に寝ているようにと指示している。

素直にそれに従うはずもなかったが、しかし今夜は、なぜか朋子は早々に横になりたい気分だった。外の雨風が、どこか彼女に疲労を与えてくるようだった。

「雨、酷くなってきたわ・・・・・・・・」
朋子は、廊下に出て、外の様子を窓からうかがった。庭の向こう側の林が、強い風で大きく揺れている。空は勿論、闇に包まれている。

カーテンをきっちり閉じ、彼女は全ての戸の施錠を確認した。夫は鍵を持っているので、玄関も既に閉めてある。

明かりをつけたまま、朋子は布団に横になった。びゅう、びゅうという風の音に混じり、雨粒がこの古い平屋の壁を叩くのが聞こえる。

その状況は、朋子にある記憶を呼び起こさせた。いつの間にか彼女は、今夜と同じような悪天候だったあの夜のことを思い出していた。

この島に到着した夜のことだ。激しい雷雨の中、朋子は思いがけず、夫に抱かれた。異空間でのその激しい行為は、朋子を絶頂の入口にまでいざなうものだった。

あのときのことを思い出す朋子に、淫らな気分が押し寄せてくる。布団に横になった朋子は、肢体の奥が妙に熱く、何かを欲していることを感じた。

あなた・・・・・・、抱いてくださいっ・・・・・・・・・

決して口にしたことのないような科白を、朋子は心の中で繰り返した。高鳴ってくる鼓動に戸惑いながら、朋子は隠し続けているあのDVDのことを思い出した。

いけないっ・・・・・・、何を考えているの、私は・・・・・・・・

誘惑を断ち切るように、朋子は自らの欲情を強く抑え込もうとする。そして、降りしきる雨の音だけに集中し、そっと瞳を閉じた。

ガタガタと庭に面したガラス戸の一つが揺れている。それが風雨のせいではないことに気づかぬまま、朋子は眠りに落ちていく・・・・。



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