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波涛の彼方(30)

2010 07 13
「あ、あなた・・・・・・、宮本君?・・・・・・・」
玄関に立つ若者を見つめたまま、朋子は驚きで言葉に詰まった。

それは、朋子が結婚前、中学教師をしていた際、担任だったクラスにいた生徒だった。もう3、4年前のことになるが、朋子は彼のことをよく覚えていた。

かなり身長は伸びたようだが、幼げな表情は当時の面影をよく残している。高校であれば2年生か3年生のはずだ。朋子はそんなことをすぐに考えた。

「先生、僕のこと覚えてくれてたんですか?」
「当たり前じゃないの、宮本君・・・・・・」
「僕が先生のこと好きだったから?」

宮本の言葉に、朋子はすぐに返事をすることができなかった。事実、その少年が言うとおりだったからだ。

彼はおとなしい生徒だった。クラス内でリーダーシップを発揮するタイプではない。しかし彼は、成績優秀な生徒だった。

クラスでも1、2位を争う彼だったが、その控えめな性格が災いしたのか、他の生徒からいじめられることがよくあった。

そのせいもあり、朋子は宮本と接する機会が多かった。恋心を彼に告白されたのも、確か二人きりで授業後の教室で話をしているときだった。

若く、美しい女教師だったこともあり、朋子は男子生徒たちにセクハラまがいの攻撃をよく受けた。しかし、宮本の場合は、朋子への純粋な気持ちの吐露だった。

それを真剣にとらえることなく、笑って済ませてしまったことを、朋子は度々後悔したことがある。彼のことは、未だに朋子の記憶のどこかに刻まれていた。

そんな彼が、どうしてこの島にいるのだろうか。夫の高校に在籍しているということは、やはりいじめの問題を引きずってしまったのだろうか。

「いいから入りなさい。こんなところで話なんてできないでしょう?」
戸惑いを隠すように、朋子は笑みを浮かべながら宮本を家の中に招きいれた。

居間の畳に座った彼は、興味深そうに辺りをきょろきょろと見回した。そんな仕草を気にすることもなく、朋子は冷えた麦茶を彼に運んでやった。

「もう、先生をびっくりさせないでよ、宮本君。何年ぶりかしら・・・・・」
「先生のクラスにいたのは4年前です」

「そう、4年前か・・・・・・・・・」
「僕、あの頃が人生で一番楽しかったです・・・・・・・」

「何言ってるのよ、宮本君・・・・・・・」
彼の口にした言葉に、朋子はかすかな危惧を抱いた。宮本がなぜこの島にいるのか。朋子は再び、それを考えようとした。

「ねえ、宮本君は、今、主人のクラスなの?」
玄関で交わした会話を思い出し、朋子はそう尋ねてみた。

「そうです。城崎先生のクラスです・・・・・・・」
「そうなんだ・・・・・・。それは本当に驚きね・・・・・・・・・」

仕事のことを家では話さない隆夫のクラスに、どんな生徒達がいるのか、朋子は勿論知らない。そこにかつての教え子がいるなんて、想像さえしていなかった。

「宮本君、先生がこの島にいるって知ってたの?」
「うん・・・・・・・」

「よくわかったわね・・・・・・・」
「先生が結婚して城崎っていう苗字になったこと知ってましたから・・・・・・」

それだけでは決して十分な理由にならないはずだったが、朋子はそれ以上訊くのは控えた。宮本が、どことなくその話題を避けたがっているように見えたのだ。

「随分背が伸びたわね、宮本君・・・・・・・」
恥ずかしそうにお茶を飲んでいる若者に、朋子は話題を変えるように声をかけた。直接それには答えることなく、宮本は逆に質問を返した。

「先生訊かないんですか、僕がどうしてこの島にいるのかって?」
「えっ・・・・・・・」

その高校がどんな生徒たちを集めているのかを知っている朋子は、どう答えるべきか、少し迷った。彼女を救うように、宮本は言葉を続けた。

「○○高校、僕、1年の1学期が終わらないうちに辞めたんですよ」
「どうして? 確か、あなたの志望校だったはずでしょう?」

「何もかもくだらなく思えちゃったんです」
「宮本君・・・・・・・」

「高校生活も勉強も遊びも・・・・・・、そんな何もかもが・・・・・・」
こちらをじっと見つめて話してくる宮本に、朋子は圧倒される思いがした。

「しばらくずっと家にいたんですけど、親がここの高校のことをどこかから聞いてきて・・・・。最初は興味なかったけど、行ってみようかなって・・・・・」

「・・・・・・・・・」

「海に囲まれた島で3年間過ごすっていうのが、何だか魅力に思えたんです。まあ、両親から離れたかっただけっていえるかもしれないけど・・・・・・」

朋子は、宮本の母親と何度か会ったことがあった。随分若く、美しい女性だった。息子と同じように控え目で、勉強のことをとやかく言うタイプではなかった。そんな親でも、やはり重荷になったのだろうか。

「僕、やっぱりこの島に来てよかった。だって先生に再会できたんだから」
「宮本君・・・・・・・」

朋子は、どこか懐かしいような気分に包まれる自分を感じた。自分がかつて教師をしていたことを、朋子は久しぶりに思い出していた。

話し終えた宮本が、朋子の瞳をじっと見つめてくる。居心地の悪い沈黙を感じ、朋子は自分のほうから視線を逸らした。

朋子に注いでいた視線を、宮本は再び部屋の中に向けた。朋子の暮らしぶりを観察するかのように、彼は辺りを執拗に見回した。

「やだ、そんなに見ないでよ、宮本君。何もない家なんだから・・・・・・」
古びた家での生活を見られることを恥ずかしがるように、朋子がそう漏らす。

「先生、エッチなDVD、どこに隠してるんですか?」
ふすまの向こう側まで覗くような仕草を見せながら、宮本がぽつりと言った。



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