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波涛の彼方(36)

2010 07 21
会場となる神社は、潮の香りが漂う海岸のそばにある。夏の陽の残照でまだ空が明るい時間、年に一度の夏祭りはにぎやかに始まった。

「奥さん、大丈夫ですか?」
「は、はい、何とかやってます・・・・・」

場内案内所のテント内に座る朋子は、ねぎらいの声をかけてきた三原にそう答えた。その老人も、今日は朋子と同じ色合いの浴衣を着ている。

「そうですか。暗くなるともっと人が増えてきますからな。よろしく頼みますよ」
「ええ、頑張ります」

想像以上の人出だった。高齢の来場者が目立ったが、普段はあまり目にしないような、30代から40代の夫婦連れの姿も数多く確認できた。

この島にそういった世代の人間がこれほど住んでいたことを、朋子は少し意外に感じていた。少なくとも、朋子の自宅周辺にはほとんどいないはずだ。

或いは夏休みを利用して帰省しているのかもしれない。次々に境内に入場してくる男女の姿を見つめながら、朋子はそんなことを思ったりもした。

広い会場には、屋台が数多く出されている。暗さが増してくるにつれ、缶ビールを飲みながら場内を歩く客の姿が目立つようになってきた。

「奥さん、少し歩いてきたらいかがですか?」
一緒にテーブルに座っていた自治会の女性が、朋子にそう声をかける。40代後半と思われるその女性は、いつも以上に濃い化粧を施していた。

「でも・・・・・・・」
「ここの夏祭り、初めてでしょう? 東京と比較してごらんなさい」

彼女は、少しばかり退屈そうな表情を浮かべながら、朋子にそう言った。会場案内のこのテーブルにやってくる人間は、もうほとんどいないようだ。

「じゃあ、お言葉に甘えて・・・・・・」
「どうぞ、どうぞ。場内を1周してらっしゃいよ」

促されるがまま、朋子はパイプ椅子から立ち上がると、テントの外に出た。既に午後8時を過ぎた場内は、張り巡らされた照明がその存在感を増している。

慣れぬ草履で石畳をゆっくりと歩きながら、朋子は会場内を観察した。受付の女性に言われた言葉に刺激されるように、朋子は東京の祭りのことを思い出した。

同じようなものだ・・・・・・。最初、朋子はそう感じていた。金魚すくいに風船釣り。とうもろこしやお好み焼き。そして会場中央の大きな舞台。

それを取り囲みながら、にぎやかな曲に合わせ、老人達が先ほどから楽しげに踊っている。そこには三原の姿も確認できた。

東京での自宅近所で開催される盆踊り会場と、似たようなものだった。そう思いながらしばらく歩き続けた朋子だったが、やがて小さな違和感を抱き始めた。

最初、それが何に起因するのか、朋子にはよくわからなかった。過去の記憶を思い出しながら、彼女は周囲の光景と比較し、冷静に考えようとした。

そうだ・・・・・・・

しばらくの後、朋子はそれに気づいた。会場に、子供達の姿が全く見えないのだ。幼児だけではない。小学生から高校生まで、およそ未成年と思われるような若い姿が、1人としてここにはいない。

若い世代が少ないこの島ではあるが、それは明らかに不自然な光景だった。いくらなんでも、夏祭りの会場に子供の姿が1人もないなんて・・・・・。

「朋子さん、久しぶりね」
「えっ?・・・・・・」

場内の奇妙な様子に気づき、考えを巡らせていた朋子の背後から、突然、その声は届いた。我に帰った朋子は、少し驚いた様子で振り返った。

「あずささん・・・・・・」
菊地あずさの姿がそこにあった。それは、朋子を妖しく戸惑わせるものだった。

自宅の布団の上で、全裸で抱き合ったあの夜の記憶が、なまなましく朋子の肢体に蘇ってくる。と同時に、村岡と野外で交わりあう彼女の姿をも思い出してしまう。

落ち着いたあずさの表情は、朋子の寝室に忍び込み、淫らな戯れを強要したことを、微塵も感じさせない。朋子もまた、勿論、そのことに触れることはできなかった。

「自治会の準備は大変だったでしょう?」
朋子が手伝っていることを知っているかのように、あずさが声をかける。白を基調に淡い赤色の花びらを描いたあずさの浴衣は、どこか官能的に見えた。

「ええ・・・・・、何とか今日までこぎ着けました・・・・・」
「そう。村岡に邪魔されるようなことはなかった?」
「は、はい・・・・・、最初は少しあったんですけど・・・・・・」

素直にそう告白した後、朋子はその言葉を少し後悔した。あずさと村岡は、敵対するどころか、実は親密な関係にある可能性があるのだ。

うかつにあの男の悪口は言わないほうがいいかもしれない。朋子はそう思いながらも、あの日、林の奥で目撃した二人の姿が何かの間違いであるような気もした。

「今夜はあの男、必ずここに来るから、用心したほうがいいわよ」
人ごみの中、少し声を潜めて、あずさは朋子にそうささやきかけた。そして、腕時計にちらりと視線を投げる。

「そろそろね・・・・・。ねえ、朋子さん、大丈夫なの、こんなところにいて?」
「あっ、はい・・・・・、もうお仕事は随分暇になりましたから・・・・・・」

「そうじゃなくってさ、このお祭りのクライマックスのことよ」
「クライマックス、ですか?」

「やだ。まさか教えてもらってないの、朋子さん?」
驚いた様子でそう言うと、あずさは朋子の手首を掴み、場内の雑踏を避けるように、屋台裏の物陰に導いた。

「朋子さん、この祭りはね、大人が楽しむために開催されるのよ」
あずさの言葉の意味が、朋子にはよくわからなかった。少し興奮した様子で、あずさは話を続ける。

「もうすぐ9時になるでしょう? その瞬間、照明が全て消えるのよ」
完全な暗闇に包まれる神社の境内。朋子は、会場内に子供達の姿が見えない理由がわかったような気がした。



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