FC2ブログ

波涛の彼方(37)

2010 07 22
何かの小説で、そんな祭りについて書かれていたのを読んだことがある。朋子は、あずさの言葉を聞きながら、それが何だったのか思い出そうとした。

夏祭りか何かで、一斉に照明が消される。闇に包まれた場内では、男女がペアを探し、周辺の森の中へと誘い合う。そこで、互いの欲情を絡めあうのだ。

あれは、この島のことを題材にした小説だったのだろうか。朋子は、依然としてまぶしく点灯する照明を見つめ、そして、あずさの説明を待った。

「9時を過ぎたら照明が全て消えるわ。信じれらないくらいの暗闇に包まれるの。そうなったら、男の人が何をするのか、朋子さん、わかるでしょう?」

「あずささん・・・・・、何かの本で読んだことあるような気がします・・・・・・」
不安げにそう漏らす朋子の手首を、あずさは離そうとしない。

「闇の中で、男達は動物の姿に戻るのよ」
「動物の姿?・・・・・・・・」

「そう。理性を忘れて、ただ体が求めるままに女性を狙うの。祭りに参加してる女性は、それを覚悟でここに来てるって思われてるのよ」

あずさの言葉を素直に信じることができなかった。あれほど準備に尽力してきたというのに、自治会のメンバーは、誰もそんなことを教えてはくれなかった。

やはり、この島に自分はまだ受け入れられてはいないのだ。依然、私は部外者であり、島の人間に好きなようにされる立場に置かされているのだ。

夫の前任者、井山の妻に電話で聞かされた話を、朋子は思い出した。祭りの夜、村岡に車に引きずり込まれ、レイプ寸前に追い詰められた、と彼女は言っていた。

祭りの性格がこんなものであれば、朋子にはそれが簡単に想像できた。ここに井山がいたのなら、村岡は当然狙いを定めたに決まっている。

「だから朋子さん、早くここから逃げたほうがいいわよ」
「でも、私、まだ自治会のお仕事が・・・・・・・」

「照明はね、30分くらいで再び点灯するのよ。それまでどこかに隠れてたって、誰も怒ったりはしないわよ。それに・・・・・・」

あずさはそう言いながら、再び場内中央の石畳を見つめた。少し後にそんな猥褻な時間が待っているとは想像もしていないかのように、多くの男女がそこを歩いている。

「早くしないと、村岡に見つかるわよ」
「・・・・・・・・」
「あの男、必ずどこかに隠れてるから。奥さんのこと、狙ってるに決まってる」

そこまで言うと、あずさは朋子の手首をようやく解放した。そして秘密を伝えてくるような意味深な笑顔を浮かべ、足早に朋子の前から姿を消した。

朋子は腕時計を見つめた。8時50分だった。あずさの話が本当なら、あと10分でそれが始まる。朋子は、再び歩きながら、夫のことを想った。

こんな夜なのに、隆夫は研究が忙しいからと、今夜も高校に出かけた。この祭りにも、どうやら顔を出すことはなさそうだ。

あの人は、この祭りの秘密を知っていたのだろうか・・・・・・・

ふと、朋子の脳裏にそんな疑問が浮かんだ。妻を他人に寝取られるというあのDVDのパッケージ、そして夫宛の手紙。妙な気分が朋子を襲う。

ご主人、障子の向こう側からずっと奥さんのことを見てたんだぜ・・・・・

自治会に初めて参加した夜、蕎麦屋の2階の座敷で、村岡にたっぷりといじめられた朋子。あの男は、帰宅後の朋子にそんなメッセージを伝えてきた。

捨て去っていたはずの、小さな疑惑が再び頭をもたげてくる。私が知らない夫の性癖、そんなものが存在するとでもいうのか。

無意識のうちに、朋子は雑踏の中に視線を巡らせた。どこかに夫がいるかもしれない。襲われる私をどこかでそっと見つめているのかも・・・・・・。

浴衣の下の鼓動が、いつしか激しく高鳴っている。早く逃げるのよ。理性的な自分がそう叫んでいる。しかし、朋子にはそれができなかった。

ぎりぎりの時間まで、隆夫の姿を探したかった。屋台の裏、神社を囲むように存在する暗い森、どこかに夫が潜んでいるような気がしてならない。

周囲にいる男たちが、自分の体を興味深そうに見つめていることに、朋子は気づく。あれが東京から来た人妻か・・・・。そんなつぶやきが、聞こえてくるようだ。

彼らは私の体を狙っているのだ。そんなことを思うだけで、妙な熱を感じてしまう。踊りの音楽が相変わらず続いている。息苦しさの中、朋子は人影を捕らえた。

あっ、あれは・・・・・・・

舞台の更に奥、屋台が途切れる辺りの茂みに、1人の浴衣姿の男が立っているのが見えた。その影は、夫のようにも、或いは村岡のようにも思えた。

彼がじっとこちらを見つめていることを、朋子は確信した。数十メートル先にいるにもかかわらず、朋子はその男から逃げるように背を向けた。

その瞬間だった。バチッという鈍い音とともに、場内の照明が一斉に消えた。音楽が鳴り止むと同時に、闇の底から男達の歓声が湧き上がってきた。

あずさが言っていた通りだ。誰がどこにいるのかわからないほど、周囲は黒い闇に包まれた。空には月が出ていないことを、朋子は初めて知った。

誰かの手がヒップに伸びてくる。払いのけても、次々に複数の手が執拗に人妻の豊満な尻を撫で回してくる。集団に襲われる危険を感じ、朋子は思わず叫んだ。

「やめてくださいっ!・・・・・・・・」
その声に呼応するかのように、付近から男達の野卑な笑い声が聞こえてくる。自分の居場所を教えてしまったかのような愚行を悔やみつつ、朋子は走り出した。

人ごみを押しのけながら、朋子は場内中央の通りを逃げようとした。しかし、慣れぬ草履のせいか、思うように前に進むことができない。

林の中にいたあの男が、後方から追いかけてくるような気がする。そんな脅迫観念が、人妻の肢体に汗を与えていく。

自分が座っていた机にとにかく戻ろう。おおよその見当で、そのテント付近にまで来たと思ったとき、朋子は何者かに手首をぐいと掴まれた。

「いやっ・・・・・・・」
小さな声で抵抗を示した朋子は、腕を強くひねられ、身動きがとれなくなった。

「痛いっ・・・・・、いやっ、離してっ・・・・・・」
明らかに男の仕業だった。朋子の言葉に何も答えることなく、彼は人妻の体をずるずると引っ張り、瞬く間に会場外へと導いていく。

神社最奥の場所に位置する祠の裏側、そこに森が繁っている。男はその中をしばらく行くと、突然朋子の腕を解放し、地面に押し倒した。

芝生のような柔らかな草に覆われた、小さな広場がそこにあった。仰向けにされた朋子の瞳に、上空に広がる星空が映った。

「やめてっ・・・・・・、やめてくださいっ・・・・・・・」
そう懇願する朋子に、男が荒々しく乗ってくる。頭部に2本の角の影がある。男は、不気味な表情をした般若の面をかぶっているようだった。



(↑クリック、凄く嬉しいです)

http://ameblo.jp/norinori2009/
↑アメブロで新作連載開始しています。こちらも読んでいただけると嬉しいです。



Comment

管理者のみに表示