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波涛の彼方(39)

2010 07 26
「今年の夏祭りも無事に終えることができました。皆さん、お疲れ様でした!」
三原の挨拶とともに、座敷内に一斉にグラスを鳴らす音が響いた。

午前零時に近い時間から、祭りの打ち上げ会は始まった。このような深夜に開催し、夜通し飲み騒ぐのが毎年恒例のことらしい。

事前にそれを聞いたとき、朋子は参加を拒もうかと思った。しかし、夫、隆夫に相談したところ、少しだけでもそこに顔を出したほうがいいと促された。

三原をはじめとする自治会メンバーもまた、朋子の不参加を許さないような雰囲気があった。そのため彼女は、最初の時間だけ参加することに決めていた。

祭り会場の神社から程近い、古びた料亭である。魚料理が有名な店らしく、テーブルには酒やビールとともに、新鮮な刺身が並べられている。

「さあ、奥さん、今夜は無礼講ですからな」
正方形の形の、広い座敷の片隅で遠慮がちに座っていた朋子に、乾杯の挨拶を終えた三原がすぐに近づいてきた。

「三原さん、どうもお疲れ様でした」
「いやあ奥さんのご協力がなければ、どうなっていたことか」
「そんな。私は何もしてませんわ、三原さん」

笑顔を浮かべながら、朋子は三原のグラスにビールを注ごうとする。彼はそれをやんわりと断り、代わりにお猪口を手にした。

「あら、今夜はお酒ですか?」
「普段は医者に止められてますからな。年1回、この夜だけは飲むんですわ」
「まあ・・・・・」

冷えた酒が入った徳利を手に、朋子はゆっくりとそれを傾ける。浴衣姿のその人妻は、座敷内でもやはり際立って美しかった。

舐めるように酒を口にしながら、三原が朋子の姿をまじまじと見つめる。言葉を口にすることなく、ただ満足そうに笑みを浮かべる。

「いやですわ、三原さん・・・・・」
朋子はそう言いながら、戸惑いをごまかすかのようにテーブルのコップに触れた。三原がすかさずそこにビール瓶を差し向け、朋子は仕方なくそれを少し飲む。

他の地域の自治会のメンバーも参加しているようだ。座敷内は数十人規模の男女で賑やかさを増している。やはり、老人達の姿がメインだった。

「これで奥さんも晴れてこの島の住民ですな」
三原の手がやんわりと朋子の腰に触れる。それが何を意図した行為か判断することもできず、朋子はそれを許した。

「ありがとうございます・・・・・」
再び酒を三原の猪口に注ぎながら、朋子はそう礼を述べた。平静さを懸命に装ってはいるが、朋子の内心は激しく揺れ動いていた。

三原に全てを知られているような気がする。だからこそ、この老人は、この島の住民になれた、などという、意味深な科白を口にしたのではないか。

午後9時からのあの暗闇での出来事が、フラッシュバックのように朋子に襲い掛かる。一瞬の妄想か夢のように終わったそれは、紛れもない事実だ。

男の正体は最後までわかることがなかった。彼の行為がいったいどれほど続き、自分がどう反応してしまったのか、朋子ははっきりと覚えてはいなかった。

自分を最初から狙っていたというあの男。しかし、それよりも朋子は、自分自身の行動に深い戸惑いを感じていた。

男に片腕を捻るように拘束され、そのまま林の奥へと連れて行かれた。そして草むらの上に押し倒され、夫だけに捧げるべきものを、強引に奪われた。

あまりにあっけないような気がする。まとまな抵抗さえ、自分は見せなかったのではないか。まるで私は、暗闇のショーを最初から楽しみにしていたかのようだ。

不貞行為を働いた自分を、胸の奥の理性が激しく糾弾してくるのが聞こえる。朋子はそれに、強く反論することができなかった。

草むらの濃厚な匂いが浴衣に染み付いている。あのとき、周囲には確かに人の気配があった。それは戯れる男女のものだけではない。

誰かが、確かに私のことを見つめていた。彼らは私のことを知っていた。城崎朋子が犯される姿がそこにあると、暗闇の彼らは意識して覗いていたのだ。

「どうしましたか、奥さん?」
三原の声に、朋子は巡らせていた考えを中断させた。

「い、いえ、大丈夫ですわ・・・・・・」
「そうですか。奥さん、この浴衣は本当によくお似合いですな」
「三原さん、お上手ですわね・・・・・・」

顔に浮かべた笑みが少し硬いことを自覚しながら、朋子は更に三原に酒を勧めた。浴衣の乱れを詮索されているような気がして、朋子は落ち着くことができない。

照明が一斉に消されるというあの妙なイベントのことを、朋子はよほど三原に問いただそうかと思ったが、それができなかった。逆に質問を受けたなら、朋子は冷静に答えられる自信がなかった。

日付はとうに変わっているが、打ち上げ会は全く終わる気配はない。それどころか更に盛況を呈しているかのようだ。

他の役員への挨拶もあるのか、三原はいつしか朋子の隣を離れ、別のテーブルに移っている。朋子はそろそろ帰宅すべきだと、頃合いを見計らっていた。

最初から隆夫はこの店に来る予定はない。遅くまで高校にいることだろうが、そろそろ自宅に戻っているのかもしれない。

三原に辞去する旨の挨拶をしようと朋子が立ちあがったときだった。開かれたふすまの向こう側、店の入口のレジ付近に、二人の男がいるのに朋子は気づいた。

この店に、彼らは今、到着したようだった。二人がこの座敷に向かってくるのを見たとき、朋子は驚きでその場から動くことができなくなった。



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