FC2ブログ

波涛の彼方(40)

2010 07 27
「随分盛り上がってますねえ、皆さん」
村岡の礼を欠いた態度は、相変わらずだった。薄汚れた黒いTシャツにデニムという格好のその男は、座敷を見渡しながらそうつぶやいた。

彼の登場に特別な反応を示す人間はいなかった。座敷入口付近に立った彼を、大半の参加者はちらりと一瞥しただけで、声をかけようともしない。

どうせここにやって来て、ただで食事をするつもりだったんだろう。ここにいる面々は、既にそんなことを最初から予想していたのかもしれない。

無関心な老人達の姿は、村岡の自尊心をどこかで傷つけたようだった。彼は不機嫌そうな表情を浮かべながら、座敷の中を見渡した。

中央付近、三原が座るテーブルのそばで立ち尽くす人妻の姿を見つけるのに、困難はなかった。浴衣に包まれた朋子の肉体を、村岡は視姦するように見た。

どうすることもできない。朋子は、そこから動くことさえできなかった。その人妻をそんな風にした理由は、しかし、村岡が登場したからではない。

老人達と同じように、朋子もまた、村岡がここに来ることを想像していた。だからこそ、彼女は早めにこの店を後にしたかった。

しかし、その試みは遅すぎたようだ。しかも、彼は1人じゃなかった。連れの男が、村岡の後方にいる。それが、朋子を激しく動揺させていた。

「こんな遅くまで家に帰らないなんて、いけない主婦ですねえ」
朋子のそばにゆっくりと歩み寄ると、村岡は小声でそうつぶやいた。

「もう・・・・、もう帰るところでした・・・・・・」
「そうですか。よかったですよ、間に合って・・・・・・」

勝手なことを言いながら、村岡が改めて朋子の浴衣姿をいやらしそうに見つめる。その人妻の体が数時間前に犯された事実を嗅ぎ取ろうとするように。

「申し訳ないですが、私、もう失礼しますから・・・・・」
戸惑いを抱えたまま、逃げようとする朋子の浴衣の袖を、男がつかむ。

「離してください・・・・・・」
「そうはいきませんよ、奥さん・・・・・・・・」

朋子を掴んだまま、村岡は後方にいるもう1人の男をちらりと見るような仕草を見せた。それは、朋子に確かなプレッシャーを与えた。

「このまま帰れないことぐらい、奥さんが一番わかってるでしょう?」
「・・・・・・・」
「彼と一緒に、3人で飲みなおしましょうや」

村岡はそう言うと、朋子を無理に入口方向に引っ張り始めた。通路を挟んだ反対側に、個室座敷がいくつか並んでいる。彼はそこに向かおうとしていた。

「奥さん、大丈夫ですか?」
村岡に連れ去られそうな朋子に対し、先ほどから見守っていた三原が心配そうに声をかけた。人妻の反応を試すように、村岡が朋子をじっと見つめる。

「え、ええ、少しだけこの方がお付き合いしたいというものですから・・・・・」
そう言うしかなかった。村岡に指摘されたとおり、拒絶する選択肢が自分にはないことを、朋子は悟っていた。

午前1時になろうとしている。座敷の中央を歩いていく朋子のことを、依然として賑やかに騒ぎ続けている参加者の面々が特に気遣うこともなかった。

村岡は、既に店員に準備をさせていた。向かい側に並ぶ小さな個室座敷の1つ、そのテーブルには既に食事と酒の用意がされている。

「さあ、奥さん、どうぞそちらへ」
朋子を奥の席に座らせると、村岡は通路側に連れの男と並んで座った。

テーブルに並んだ3つのコップにビールを注ぎ、村岡はその1つを朋子に差し出す。求められるまま、朋子はそれを一口飲んだ。

村岡の隣に座る男は、コップに手をつけようともしない。朋子の視線から逃げるように、彼はじっと下を見続けている。

「初めての夏祭りはどうでしたか、奥さん?」
刺身をつまみながら、村岡がそう聞いてくる。その質問の裏に隠された男の本音に、朋子は勿論気づいている。

「ええ。予定通り終わりましたわ・・・・・・」
「そうですか、予定通り終わりましたか」

村岡はおかしそうにそう言うと、朋子のことをじっと見つめた。三原にそうされたときと同じ戸惑いを、朋子は感じた。

「そんなに見ないでください・・・・・・」
「いいじゃないですか。奥さんの浴衣姿でいろいろ想像させてくださいよ」

秘められた祭りのイベントのことを、村岡は切り出そうとしている。直接訊かれてしまったなら、どう答えればいいのか。朋子は緊張に包まれていた。

「帯が少し緩んでませんか、奥さん?」
「えっ?・・・・・」

「ほら、背中のところに少し土のようなものも付いてる・・・・」
「片づけでいろいろ運びましたから、それで汚れたんだと思います・・・・・・」

思ったより冷静に答えることができて、朋子は少し安堵した。村岡を軽蔑する激しい感情が、逆に自分自身を強い女にしてくれるようだった。

だが、笑みを浮かべる村岡は、どこまでも不敵だった。あの草むらでの行為を全て彼に目撃されていたのではという危惧が、朋子の体奥で妖しくうごめいている。

そして、彼の隣に黙したまま座るもう一人の男。その存在が朋子を追い詰めていた。二人が一緒にいる事実を、朋子は未だ受け入れることができなかった。

「奥さん、今夜はね、いろいろとお聞きしたいことがあるんですよ」
本題に入るかのようにそう言うと、村岡は背後にあるふすまをぴたりと閉じた。大座敷の喧騒が小さくなり、個室内は密閉された空間と化した。

「何のことだかお分かりになるでしょう、奥さん?」
村岡の視線が朋子の胸元に注がれ、そして隣に座る男に移る。

「奥さん、あんた、自宅でこの高校生を誘惑したらしいじゃないですか?」
もったいぶることなく、村岡は決定的な科白を最初から口にした。

彼の隣に座る若者、宮本は依然としてうつむいたままだ。



(↑クリック、凄く嬉しいです)

http://ameblo.jp/norinori2009/
↑アメブロで新作連載開始しています。こちらも読んでいただけると嬉しいです。



Comment

管理者のみに表示