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続・波涛の彼方(4)

2010 08 26
「もう2年ですからね。警察も完全に行き詰っているようですよ」
朋子と千佳子の表情を交互に見つめながら、椎名は静かな口調でそう言った。

突然の訪問に戸惑った様子ではあったが、椎名は2人との面会を拒むことはなかった。隆夫が勤務していた高校の教頭室で、3人はあの事件のことを話し合った。

「警察は容疑者はどんな人間だと考えていたんでしょう?」
夏の日の午後だった。テーブルに置かれた冷たい麦茶に手を伸ばすこともなく、朋子は椎名にそう訊いた。

隆夫の死を最初に教えてくれたのが椎名であり、島に来た当初、家の手配やその他諸々の世話をしてくれたのもこの男だった。

銀縁の眼鏡の奥にある穏やかな瞳は、初めて島に到着した日、港で出迎えてくれたときと同じだった。雨の中、彼の車に乗り込んだときのことを朋子は思い出す。

確か隆夫と同い年だったはずだ。だとすれば、今は45歳である。高校が夏休み中であるせいか、ラフな格好でいる椎名は、年齢よりは随分若く見えた。

「勿論、警察はあらゆる人間を疑ってかかりましたよ。島という特殊な環境ですから、犯人はここにいる可能性が高いと考えていたようですね」

「じゃあ、主人に関わりがあった人間は一通り・・・・・・」

「ええ。この高校も全ての教師に事情聴取がありました。私は城崎先生をこの島に誘った人間でもありますから、特に執拗に聞かれました。事件当日のアリバイまで確認されて、まあ、参りましたけど」

そう話す椎名は、しかし、警察の行動は当然のものと考えているようだった。捜査に協力し、一刻も早い解決を望む椎名の気持ちは、二人にもよく伝わってきた。

「高校にお勤めの方以外に、疑われた方は誰かいらっしゃるのかしら?」
初めて口を開いた千佳子のことを、椎名は優しげな視線で見つめた。

「城崎先生はあまり外で交友関係を広げるタイプではなかったですからね。例えばこの周辺の食堂に勤めている方だったり、まあ後は現場と思われる砂浜付近に住む不審者が一応事情を聞かれたようですけど」

「確か、睡眠薬を飲まされてたんですよね?」
「おや、よくご存知ですね・・・・・、えっと・・・・・・」

「あっ、千佳子です・・・・。姉に聞いたものですから」
「そうですか。いや、そうなんです、城崎先生は薬で眠らされている間に首を絞められたようなんです。だから、恐らく通り魔的な犯行ではないんですよね」

「そうすると、やっぱり身近な人間が怪しいですよね」
千佳子のその言葉を噛み締めるように、3人はしばらくの間沈黙した。そして、椎名がふと思い出したように口を開いた。

「疑われたといえば、生徒達の何人かも警察の捜査対象になりましてね」
「生徒さんも、ですか?」

朋子は少し驚いたように椎名を見つめた。宮本のことを思い出さずにはいられなかった。彼がこの高校にまだいるとしたら、今年3年生になっているはずだ。

村岡に犯されたあの料亭の個室で会って以来、朋子は結局宮本と別れの挨拶を交わすことなく、この島を離れていた。

それが、朋子には少し心残りでもあった。村岡の強制があったとはいえ、童貞であった高校生の彼に、私は全てを許したのだ。その後の宮本がどんな生活を送っているのか、朋子は心のどこかで気にかけていた。

「奥様はある程度ご存知かとは思いますが、当校は全国から生徒を集めてまして、寮生活をさせています。今は夏休みですから、大半の生徒は帰省していますが」

背後にある窓のほうに視線を投げながら、椎名はそう言った。宮本以外、この高校の生徒を誰も知らないことに、朋子は改めて気づかされる。

「はっきり言いますと、何らかの問題を抱えた生徒がこの高校に来るわけです。当然、その中には暴力的な若者も何人かいましてね」

「主人のクラスに、そういった生徒さんがいたんでしょうか?」

「いや、城崎先生は初めて教壇に立つわけですから、それほど難しくない生徒を意図的に集めたつもりです。ただ、校内では他のクラスの生徒と接触するケースも当然あります。そこで何かトラブルがあった可能性は否定できません」

「椎名さんは何かそんな噂を?」

「いえいえ、私は全く掴んでいません。ですから、警察の生徒に対する捜査も、まあ、はっきりした根拠のないものだったんですね」

「じゃあ、特に成果はなかったんですね」

「はい。もっとも、城崎先生のケースとは関係なく、もっと些細な犯罪行為で指導された生徒は何人もいましたけどね。バイクの改造やら喫煙やら」

自嘲気味に、椎名は朋子と千佳子にそう話した。そして、改めて二人の真意を推し量るように、質問を投げた。

「しかし奥さん、本当にご自身で調査をなさるおつもりなんですか?」
「ええ。妹の千佳子と一緒に、どこまでできるかわかりませんが・・・・」

「そうですか。ご主人を亡くされた無念を考えれば、当然でしょうな」
生ぬるくなった麦茶を飲みながら、椎名は少し堅い表情を浮かべた。朋子は、そこに彼の本音が見え隠れしているような気がした。

「奥さん、こんなことを私が申し上げるべきではないかもしれませんが・・・・・」
「椎名さん、どうぞ遠慮なくおっしゃってください・・・・」

朋子のその言葉に、椎名は迷う気持ちを振り払うように、目の前の二人の女性をしっかりと見つめた。彼もまた、この島の人間であるのだと、朋子は感じた。

「ご主人のケースはあくまでも警察に任せておいたほうがいいと思います」
「警察に・・・・・」

「ええ。奥様と妹様がいろいろと歩き回っても、成果はほとんどないはずです。この島の人間が一番嫌うのが、過去の恥部を掘り返されることですから」

「過去の恥部、ですか・・・・・・」

「ええ。島での殺人事件ですからね、そのことを思い出したい人間なんて、誰もいやしません。皆、早くあのことは忘れたがっているんですよ、奥さん」

椎名の思いがけない言葉に、朋子は最初の望みを打ち砕かれたかのような気分になった。彼は、この島から速やかに立ち去ることを、暗に求めているのだ。

「奥さん、こんな失礼なことを申し上げて恐縮です・・・・・」
「い、いえ・・・・・・、椎名さん、かえってそのほうが有難いです・・・・・」

友好的とはいえない雰囲気で、その面談は終わった。明らかに落胆した様子で帰路に就く朋子の背中に、千佳子が明るい口調で声をかける。

「姉さん、いいじゃない、あんなアドバイスには構わずに、私たちだけで調べましょうよ。本当に難しそうなら、その時は帰ればいいわ」

「そうね・・・・・、せっかくここまで来たんだからね」
妹を同行させたことはやはり間違いじゃなかった。朋子は強くそう感じていた。



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