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続・波涛の彼方(5)

2010 08 27
穏やかな波だった。深夜の砂浜に立った朋子は、晴れない気分を癒すかのように、小さな波が繰り返し奏でる静かな音に耳を澄ませた。

満月に近い月の光が上空にある。しばらくそこに佇んでいれば、まるで昼間のように、周囲の光景がはっきりと見えてくる。

そこは、隆夫の遺体が発見された砂浜だった。あの事件当時、何度か訪れたこの現場に、朋子は今、2年ぶりに足を踏み入れていた。

今の季節は、日中は海水浴客で賑わっているはずだ。しかし、深夜のビーチに人影はない。ここにも、過疎に苦しみ島の匂いが漂っているようだった。

海の家だろうか。浜の左奥に高床の小さな小屋が1軒だけあり、その周囲の暗がりにビーチパラソルやボートが乱雑に並べられている。

砂浜には花火の残骸やタバコの吸殻が散らばっている。それは、ついさっきまで若者達がここにいたことを伝えるようだった。

朋子と千佳子が滞在している民宿からは、車で10分程度の距離である。砂浜の脇に、朋子が乗ってきたレンタカーが停めてある。

千佳子は今頃、宿で眠っているはずだ。一緒に就寝した朋子であったが、なかなか寝つくことができず、1人でこの場所にまでやって来た。

昼間、椎名に言われた言葉が朋子の心にまだしっかりと響いている。この島では過去を探るような行為はタブーであると、彼ははっきりと言ったのだ。

閉鎖的なこの島で起きた殺人事件。島民は、互いを疑いの視線で見つめるのではなく、その罪を許すかのように、事件の記憶を抹消しようとしている。

朋子には、そんな島民達の感情が理解できないこともなかった。しかし、殺害された隆夫のことを思えば、とてもそれを受け入れるわけにもいかなかった。

千佳子の励ましもあり、朋子は既に決心している。椎名の忠告を無視し、この島に残ることを。納得いくまで、徹底的に調べ上げるのだ。

混乱した気分を落ち着かせ、自らの決意を確かなものにするために、朋子はこの浜にやって来た。隆夫の存在を感じ、朋子は自然に心を昂ぶらせていく。

あなた、いったい誰にあんなむごいことをされたの?・・・・・・

この浜で、誰かと一緒にいた夫の姿を、朋子は想像してみる。闇に包まれ、上空からは星の光が降り注ぐ無人の砂浜。

膝丈のデニムにサンダルという格好の朋子は、裸足になった。手でサンダルを持ち、まだ生暖かさが残るような砂の上を、朋子は歩いた。

夫は誰か、女性と一緒にいたのだろうか・・・・・・

そんな疑念が朋子の心をよぎる。この環境はあまりにロマンチックなものであり、恋人同士が戯れるために存在しているように思えたからだ。

過去にもそう思ったことはあった。だが、その都度、朋子はその疑いを振り払ってきた。夫にそんな女性が存在していたはずがない。

朋子には、自分を裏切る夫の姿を想像することができなかった。その気配を感じたこともなければ、思い当たるような女性も自分は1人も知らない。

しかし、私はあの人の全てを知っていたわけではない。私に隠した秘め事があっても、別に不思議ではないのだ。

この島にいたとき、自宅ポストに投函された猥褻なDVDの記憶を、朋子は思い出した。それは、確かに夫宛に届けられたものだった。

主人は、妻である私に隠した性癖を持っていたのだろうか。それを実現するためにDVDを取り寄せたり、或いは別の女性と交際したりしていたのだろうか。

朋子にはわからなかった。考えれば考えるほど、隆夫のイメージが揺らぎ、あやふやなものになっていく気がする。

ともかく、この島でできる限り調査を尽くすのだ。そうすれば、私が知らない夫の何かが、あぶりだされてくるのかもしれない。

そう思いながら、朋子はしばらくぶらぶらと波打ち際を1人で歩いた。剥き出しの足を濡らす波の感触が、どこか心地よく感じられる。

依然として全く人気は感じられない。東京のそれとは大きく異なる見事な星空を見つめ、朋子は大きく伸びをする。そして、腕時計を見つめた。

蛍光の針が、午前1時を少し回った時間を示していることを知る。そろそろ宿に戻ろうか、と朋子が思ったときだった。

これまで1台の車さえ走っていなかった道路の先から、激しい音量が急速にこちらに近づいてくるのが朋子の耳に届いた。

バイクだ。しかも1台ではない。複数のバイクが、威嚇するように故意にエンジン音を鳴らしながら、遥か遠方から一気に接近してくるのだ。

朋子はとっさに小走りで波打ち際を離れ、海の家の階段の影に隠れた。どうせ一気に過ぎ去っていくんだろう。朋子はそう想像していた。

だが、すぐそこにまで近づいてきたバイク音は、急激に速度を落とし、この浜の脇で停車した。嫌な緊張に包まれながら、朋子は息を潜めた。

「おい、誰かここにいるぜ!」
バイクに乗った人間の1人の叫び声が聞こえる。高校生を思わせるような、若い男の声だった。朋子の車を見つけ、彼はそう叫んだようだった。

「こんな時間に誰だろうねえ」
別の若者の笑い交じりの声も聞こえる。彼らは完全にバイクのエンジンを止め、浜辺に向かって歩いてくるようだった。

彼らを避けるように慎重に移動しながら、朋子は身をかがめたまま、そっとそちらを見つめた。暴走族風の服装の3人の若者の姿が朋子の目に入った。

「おい、手分けして探せ!」
リーダー格と思われる長身の男が、別の二人に指示を下す。この砂浜のどこかに、カップルが潜んでいると考えているようだ。

急速に鼓動が高鳴るのを感じながら、朋子はその場から動くことができなかった。Tシャツの下の肌に、嫌な汗が滴り落ちるのがわかる。

1人の若者がこちらに少しずつ近づいていくる。息を乱しながら、朋子はじりじりと背後に動き、木造の小屋の床下部分に潜りこもうとした。

そのとき、小屋の脇に立てかけてあったパラソルの脚に朋子の腰が触れた。何本かのパラソルが、音を立てて倒れる。

「いた! 海の家の向こう側だ!」
若者の叫び声を聞いた朋子は立ち上がり、裸足のまま夢中で駆け出した。



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