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続・波涛の彼方(13)

2010 09 08
島民の目を避けるように、朋子と千佳子は個人経営の小さな宿を滞在先として選んでいた。もっとも、この松木島にそれほど多くの宿泊施設があるわけでない。

それに、狭い社会でもある。二人が島内に入り、過去の殺人事件のことを自分達で調べ始めたという情報は、瞬く間に広まっていたのかもしれない。

自分宛の封書がこの宿に届いたとき、朋子はそんなことを思った。

「いったい誰からなの、姉さん?」
「差出人は何も書いてないわ」

不審を感じながらも、どこかで何かを期待するような感情も動いている。朋子は千佳子の前で封を空け、その中の手紙を取り出した。

そこには短いメッセージが書かれていた。パソコンで印字された小さな文字だ。

『シロサキタカオノカコヲ オマエハナニモシラナイダロウ』

朋子の背筋に冷たいものが走る。と同時に、彼女は気づいた。開けた封の中に、もう1枚、別の紙片が残っていることに。

それは新聞の切抜きだった。古いせいか赤茶に変色しているが、その文面ははっきりと読める。余白にその記事の掲載日らしい日付が、手書きで記入されている。

昭和51年10月23日、土曜日。

「姉さん、もう30年以上も前の記事よ」
朋子が持つ記事を覗き込みながら、千佳子が興味深そうにつぶやく。静かにそれにうなずきながら、朋子はその記事を読み始めた。

**********

8歳男児、自動車にはねられ死亡 ~ 松木島

22日午後3時20分ごろ、松木島○○町の県道で、農業、椎名勝三さんの次男、椎名勝典君(8歳)が自動車にはねられた。勝典君はすぐに病院に運ばれたが、頭を強くうっており、間もなく死亡が確認された。

車を運転していた会社員によれば、現場は信号のある交差点で、赤信号を無視するように突然子供が飛び出してきたとのこと。

学校から帰宅途中の複数の児童達が交差点付近で喧嘩をするように揉みあっていたという目撃情報もあり、警察では当日の状況を詳しく調べている。

**********

「子供の事故?」
「そうね・・・・・・・・」

朋子は切り抜きを千佳子に渡しながら、そうつぶやいた。いったいそれが何を意味するものなのか、彼女にすぐ理解することはできなかった。

「姉さん、そっちの紙ももう一度見せて」
千佳子に言われるままに、朋子は最初に見た白い紙片を妹に渡す。

「カタカナで書くなんて、何だか脅迫状みたいね。えっと、『城崎隆夫の過去をお前は何も知らないだろう』、か。いったい何なのかしら、これ」

千佳子が読み上げたメッセージが、朋子の心に再び届く。その言葉を彼女は無視することができなかった。それは、朋子の心を鋭くえぐるものだった。

自分は夫の何を知っているのだろうか。夫婦として平穏に生活しているとき、朋子は何度もそんな風に自分に問いかけていた。

口数の少ない夫だった。自分のことをあれこれと話すこともない。夫の帰宅が遅い夜、朋子はよく感じたものだった。夫と自分の間に存在する確かな距離を。

夫婦とはこうしたものなのだろうか。相手が結婚前にどんな人生を送ってきたのか、それを互いに明かさぬまま、一緒に過ごしていくものなのか。

朋子は、しかし、そのときのささやかな幸せに満足していた。夫の過去を無理に探る必要なんて、そこには全くなかった。

夫もまた、どこかでそんな話題を避けているようなところもあった。過去に触れられるのを嫌がるような雰囲気が、彼の周辺には常に漂っていたのだ。

朋子は夫のことを十分に知らない自分のことを、どこかで恥じていた。差出人不明のこの手紙は、そんな気分を彼女に思い出させるものだった。

「全く失礼なメッセージね。でも、この言葉とこの新聞記事に、いったい何の関係があるのかしら」

朋子の戸惑いに気づくことなく、千佳子は1人でぶつぶつとつぶやきながら、じっと記事を見つめている。そして、何かに気づいたように、ふと顔をあげた。

「姉さん、この死んじゃった子の名前・・・・・・・」
「えっ?」
「ほら、椎名って・・・・・・・」

その瞬間、朋子もそれに気づいた。記事を読めばすぐにわかるようなその事実に、妹に指摘されるまで気づかなかった自分が、朋子は少し不思議だった。

夫が勤務していた高校の教頭、彼の名前こそ椎名だった。先日面会したばかりの彼の姿を浮かべながら、朋子は過去の記憶を辿り始めた。

初めてこの島に到着したとき、彼はこんな風に言っていたはずだ。生まれてから43年、ずっとこの島に住んでいます、と。

そのときのことを千佳子はよく覚えている。なぜなら、彼が伝えた年齢が、夫、隆夫と全く同じだったからだ。

「あの椎名さんって、何歳か知ってる、姉さん?」
「確か、今年45歳のはずよ」

「死んだ隆夫さんと一緒なんだ」
「うん・・・・・」

「ってことは、昭和51年なら・・・・・・、えっと、11歳?」
「そうね・・・・・・・」

記事に書かれたこの悲惨な事故があったとき、彼は小学生だった。亡くなった子供は8歳、次男、とある。朋子と千佳子は互いの目を見つめあった。

「姉さん、椎名って、この島によくある苗字なのかしら」
「わからない・・・・・、わからないわ・・・・・・・」

妹が自分と同じことを考えていると、朋子は感じていた。教頭を務めるあの男、椎名の弟が、事故で亡くなったこの児童なのだろうか。

しかし、そこに夫がどう関わってくるというのだろう。仮に、これが椎名の弟であったとしても、そこに隆夫の存在が絡んでくる余地はない。

夫は、私と同じように、2年前のあの日、初めてこの島にやって来たのだから・・・・。

「ねえ、もう一度椎名さんに会って、話を聞いてみようか?」
千佳子のその提案に、朋子はすぐに同意することはできなかった。

以前は親身な態度を貫いてくれた彼だったが、隆夫の死を二人が探りに来たことを知ったとき、彼はそれをやんわりとした表現ながら、停止するよう忠告した。

そんな彼に、この記事の話題を持ち出すことはできそうもない。朋子はそう思いながらも、ここに書かれた出来事を誰かに聞いてみたいような気もした。

「姉さん、もし椎名さんに直接聞けないのなら、誰か他にいないのかしら」
椎名への再会にためらっている様子の朋子に、千佳子はそう訊いた。

少し考えた後、朋子はそれに最適な人物を自分が知っていることを思い出した。



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