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続・波涛の彼方(21)

2010 09 24
宿に戻って既に1時間が経過している。何も話そうとしない朋子を前に、千佳子は少し苛立った様子を隠すことができない。

「姉さん、いったいどんな話をされたの?」
妹のその質問はもっともなものだった。三原が教えてくれた話を、彼女にも教えてやらねばならない。

だが、朋子は未だに混乱を引きずっていた。老獪な術にはまるように、三原に体を許してしまったからではない。彼の話が、あまりに想定外なものだったからだ。

長い話を終え、隣室に戻ったとき、千佳子の姿はそこにはなかった。しばらくして戻った彼女は、食事を終えたから周辺を散歩していたと、朋子に説明をした。

やはり、三原との行為を察知されたのだろう。朋子は既にそれを覚悟していた。そして、互いに了解しあうように、二人はその話題に触れようとはしなかった。

しかし、あの老人が明かしてくれた秘密まで、千佳子に隠しているわけにはいかない。そう、確かにそれは秘密としか表現できない内容だった。

「千佳子、私も少し混乱しているのよ・・・・・」
「姉さん・・・・・」
「いい、千佳子。冷静になって聞いてくれる?」

その言葉を、朋子は自らに投げかけてもいた。冷静さを維持しない限り、朋子は話の途中で自分が取り乱してしまうことを容易に想像できた。

「わかったわ、姉さん。それで、あの新聞記事にあった交通事故は・・・・」
話のきっかけを提示するように、千佳子がそう言った。テーブルの上のお茶を一口飲み、朋子が話を始める。

「あの事故で亡くなった子供は、やっぱり椎名さんの弟さんだそうよ」
「私たちが面会したあの椎名さん?」

「ええ・・・・・・」
気持ちを落ち着かせるように、朋子は手元の湯飲みを握り続けている。

「でも、そこに隆夫さんがいったいどういう関係があるのかしら?」
千佳子は不思議そうにそう聞いた。三原というあの老人は、確かにそんな証言をしたのだ。あの交通事故に、城崎隆夫が深い関わりを持っていると。

「それが・・・・・・・、私もまだ信じられないんだけど・・・・・・・」
朋子が言葉を詰まらせる。千佳子は緊張気味の様子で、姉の告白を静かに待った。そして、朋子が思いがけない言葉を口にした。

「主人はこの島の出身らしいの・・・・・」
「えっ、隆夫さんが?」

そう叫んだ千佳子は、驚きのあまり姉を見つめた。その事実を未だ受け入れることができないように、朋子の表情は強張っている。

「この島で生まれて、小学校を卒業するまでずっとここで育ったんだ、って・・・・」
「そんな・・・・・、何かの間違いじゃないかしら・・・・」

「三原さんはそう断言してたわ。それで、まだ話に続きがあってね・・・・」
「交通事故のこと?・・・・・」

千佳子の問いかけに、朋子が小さく頷く。宿の狭い室内に、緊張をはらんだ空気が漂う。夜も更けて、外からは何の音も聞こえては来ない。

「椎名さんの弟が亡くなったのは、どうやら主人のせいらしいのよ・・・・・」
そう話しながらも、朋子は自分が口にしている言葉の意味が、よくわからなかった。いったい、私を何を喋っているのだろうか・・・・・。

あの人は、生前、一度もそんなことを教えてはくれなかった。この島に一緒に来たときも、初めてここを訪問するのだ、と、彼は何度も強調していたのだ。

それが、全て彼の嘘だったというのか。過去をあまり話そうとしなかったあの人は、自らの出身地さえ私に隠し続けていたというのだろうか。

「姉さん、どういうことなの? 隆夫さんのせいだって?」
「新聞記事に書かれていたでしょう。交差点で突然子供が飛び出したって」

「ええ、確か車を運転していた人の証言だったわよね」
「その事故の真相はね、下校途中で信号待ちをしているときにトラブルになって、主人が椎名さんの弟さんを突き倒したらしいの・・・・・」

朋子はそこまで話し終えると、力尽きたように長いため息をついた。千佳子は姉の要請どおり冷静な様子を保ちつつ、その話の内容を整理しようとする。

「姉さん、椎名さんは確か隆夫さんと同い年だったわよね」
「そうね・・・・・」

「じゃあ、二人は当時11歳で、その現場にはきっと一緒にいたんでしょうね。学校帰り、些細なことで喧嘩になって、そこで隆夫さんが思わず椎名さんの弟さんのことを・・・・・」

30年以上も前、この島で起きたその悲惨な出来事の光景を、二人は想像していた。隆夫にとって、それこそが自らの出自を隠そうとした理由だったのだろうか。

「隆夫さんは姉さんに一言もそんな過去があるなんて話さなかったんでしょう?」
「ええ。それだけじゃなくて、あまり自分のことを話す人じゃなかったから」

「そっか・・・・・。でもそれは別に不思議じゃないわよ。そんな過去があれば、たとえ結婚した相手にだって、隠そうとするのが普通かもしれないし」

隆夫をかばうように、千佳子はそう言った。しかし、妹のその言葉には、別の意味が含まれているようだった。過去を隠している人間は隆夫だけではないのだ。

「姉さん、不思議なのは椎名さんのほうだと思わない?」
「千佳子・・・・・・」

「だって、この事故のことに一言も触れなかったわ、あの人。そもそも、姉さん達がこの島に初めて来た時、椎名さんはどんな態度で迎えたのかしら?」

椎名への疑問は、千佳子と同じように朋子も抱き始めていた。隆夫に対し、椎名はあくまでも初対面な風に振舞っていたことを、朋子は確かに記憶している。

それに、この島に隆夫を誘ったのは椎名なのだ。隆夫は確かにそう言っていた。この高校での職を紹介してくれたのが、教頭である椎名なのだと。

「じゃあ、椎名さんも私たちにずっと嘘をついているわけよね」
朋子の説明を聞き、千佳子はどこか納得するようにそう言った。椎名は、隆夫との過去を朋子にずっと隠し続けているのだ。

「椎名さんはどうして隆夫さんをこの島に呼び戻したのかしら。しかも、初対面だっていう演技を姉さんに見せ続けて・・・・。弟さんの事故を考えれば、椎名さんは隆夫さんのことを恨んでいたはずよね」

千佳子が何を言いたいのか、朋子にはわかるような気がした。でも、それを自分から口にする勇気はなかった。朋子は酷く怖かった。

主人を殺害したのは、まさか・・・・・・・・

「姉さん・・・・・」
「えっ?・・・・・」

話の方向を少し変えるように、千佳子が口を開く。追い求めている事実に少しずつ近づいていることを感じながら、朋子は千佳子を見つめる。

「その交通事故のことだけど、いったいどんなトラブルがあったのかしら?」
「・・・・・・・」

「子供だからといって、交差点付近で年下の子を突き飛ばすようなこと、あまりしないわよね。そこのところは、三原さん、何か言ってなかったの?」

「実はね、それなんだけど・・・・・・」
千佳子の視点は鋭いものがあった。椎名、そして、この島の住民たちが、その交通事故のことを隠し続けている秘密は、まさにそこにあるといってもよかった。



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