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続・波涛の彼方(23)

2010 09 28
「わざわざお呼び立てして申し訳ありません」
中年の刑事は、照れたような笑みを浮かべながら、二人の女性を迎えた。

松木島に唯一ある駐在所である。一般的なそれとは異なり部屋をいくつか備えた中規模な建物であったが、やはり寂れた雰囲気は隠すことができない。

その刑事のことを朋子はよく覚えていた。隆夫が殺害された直後、何度か事情聴取されたことがある。確か、県警から捜査のために派遣された刑事のはずだ。

増井という名のその刑事は、40代後半と思われる風貌をしていた。半袖のシャツにネクタイという姿が、どこかくたびれた印象を与えている。

電話をもらった翌日、朋子は千佳子と一緒にこの駐在所に足を運んだ。垢抜けない駐在所に突如現れた美しい二人の女性に、増井は戸惑っているようだった。

「狭いところですが、さあ、こちらへどうぞ」
若い警官に奥にある殺風景な部屋に案内され、二人はパイプ椅子に座った。しばらく待っていると、増井が手に紙コップを二つ持って現れた。

「暑いですな。まあ、冷たいお茶でもどうぞ」
テーブルにコップを置き、朋子と千佳子にそれを勧める。増井自身は、古い水筒を取り出し、その中の麦茶を遠慮ない様子で飲んだ。

「じゃあ、いただきます・・・・」
喉の渇きを覚えていた朋子がコップに手を伸ばし、お茶を一口飲む。それにつられるように、千佳子もまた、コップに唇をつける。

「奥さん、この島にいらっしゃるのであれば、一言言ってくれれば・・・・・」
責める様子もなく、笑顔を浮かべたまま、増井が朋子に声をかける。

「すいません。でも、刑事さんはどうせ何も教えてくれないと思ったものですから・・・・。今回は妹と二人だけで独自に調べようと考えたんです」

「そうですか、いや、これは痛いところを突かれましたなあ・・・・・」
秘密事項だとして、警察側は遺族である朋子にも捜査状況をほとんど連携することがなかった。増井は、自らのそんな過去の態度を敢えて笑ってみせた。

「それで、何かわかりましたか、奥さん?」
笑みを浮かべながらも、どこか鋭い視線で増井が訊く。

「ええ、実はちょうど刑事さんに相談しようと思っていたんです」
朋子は隣に座る千佳子にも聞かせるように、増井に報告を始めた。

隆夫がこの島の出身であり、彼の家が代々差別を受けていたこと、高校の教頭である椎名が隆夫の幼馴染であり、彼の弟の交通事故に隆夫が関与したこと。

「恥ずかしながら、私、主人からそんなことを少しも聞いていませんでした。ですから、まだ信じられないような気持ちなんですが・・・・・・」

白い壁に囲まれた部屋にクーラーはなかった。大きく開け放たれた窓から、熱を帯びた風が入ってくるだけだ。朋子はシャツの下が汗ばんでいることに気づく。

「それは興味深い話ですなあ、奥さん・・・・・・」
メモを取ることもなく、増井は朋子の話を聞いていた。使い古した扇子を片手に、どこから話そうかと吟味しているような様子だ。

「刑事さん、今、私が話したこと、既にご存知だったんでしょうか?」
「ええ。半年ほど前に知りました」

冷静な口調で増井が答えた。朋子は少し力が抜けたような気分だった。事件の核心に迫るかもしれない秘密を、警察側は既に知っていたのだ。

「奥さんもご承知の通り、この島は少し特殊でしてね。島民の皆さんが警察に非協力的なんです。彼らだけが知る秘密を、島外の人間に隠そうとするんですなあ」

再び水筒を傾け、増井は麦茶をごくごくと飲んだ。老いを感じさせる額に、汗が浮かんでいる。手に持った扇子で、蚊を追い払うような素振りを見せる。

「私もこの島の人間ではないですから、この2年間、苦労が続いてます。正直、行き詰っていたんですが、半年ほど前に匿名の投書があったんですよ」

「匿名の投書?」

「ええ。カタカナで書かれた妙な手紙だったんですが、隆夫さんがこの島の出身であることを匂わせるような内容でね。交通事故のことにも触れてました」

朋子は息を呑んだまま、隣に座る千佳子を見つめた。彼女もまた、驚いた様子で姉のことを見つめ返す。同じような手紙が、警察に以前届いていたのだ。

「増井さん、実は私たちも同じような手紙をもらったんです・・・・・」
滞在先の宿にそれが届いたことを、朋子は説明した。増井は興味深そうな様子でそれを聞き、配達日を簡単にメモした。

「警察に送ったのと同じ人間がそうしたのかもしれませんなあ」
「いったい誰が何のためにしたんでしょうか?」

「うーん、どうでしょうなあ。隆夫さんを殺害した人間を知っていて、そのヒントを警察側に与えようとしている島民の誰かがいるのかもしれませんな」

増井が口にした推測を、朋子もまた考えてみる。過去の汚点を隠そうとする島民の中で、誰かが私たちを正しい方向に導こうとしているのか。

「それで、警察のほうでは何か捜査は進んだんでしょうか?」
思い切って朋子はそう聞いてみた。増井がどこまで教えてくれるのか、椎名の名前を口にするのか、朋子は緊張を高めた。

「いろいろと調べてはいます。ご主人が関与した交通事故との関わりについても捜査を進めています。ただ、決定的な証拠は残念ながらまだ・・・・」

「そうですか・・・・・」
刑事が意図的に椎名の名前を伏せていることを朋子は感じた。動機としては十分なものがあっても、やはり確たる証拠がないのかもしれない。

「ただそれとは別に新たな証言がありましてね」
「えっ?」

「奥様には申しあげにくいんですが・・・・。殺害される前、ご主人はどうやら女性の方と一緒にいたようなんです」

捜査上の秘密を漏らすことをあれほどに拒んでいた増井が、あっさりとそう告白した。確かな衝撃とともに、朋子はそれを聞いた。

深夜の海岸で発見された隆夫の遺体。現場の状況から、朋子はどこかでそれを想像していた。夫が誰か、別の女性と一緒にいたのではないか、と。

やはりそうだったのだ。夫への不信を抱きながら、しかし、朋子は思い直す。その女性は主人の交際相手と決まったわけではない。見知らぬ女性とたまたま一緒になっただけか、或いは、別の男が仕向けた罠なのかもしれない。

そうだ、椎名が誰か女性を使って主人のことをおびき出しのかも・・・・・・

「刑事さん、それはどんな女性だったんでしょう。確かなんですか、その証言は」
千佳子が初めて口を開いた。増井は穏やかな表情で彼女を見つめる。

「夏祭り目当てに島外から来た若いカップルが現場付近で目撃したんですよ。女性の詳細ははっきりしませんが、男性は隆夫さんに間違いないと考えてます」

はっきりした口調で増井は言った。刑事と千佳子の会話を聞きながらも、朋子は自らの仮説を早く確認せずにはいられなかった。

やはり椎名に会わなければいけない。そこにどんな危険が待っていようと、彼に直接会い、問いただしてみるのだ。主人との過去のことを・・・・。

その駐在所を出た直後、朋子は椎名の携帯に連絡をとった。二人がまだ島にいることに驚くこともなく、彼は彼女達をある場所へと招待した。



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Comment
操作の秘密を漏らしたのは椎名ではなく増井ですね?
Re: タイトルなし
タクヤさん、ご指摘ありがとうございましたi-229

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