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続・波涛の彼方(25)

2010 09 30
「どうでしたか、いいお湯だったでしょう?」
テーブルの上には、既に料理が並べられている。その一角に、ポロシャツにチノパンというラフな服装を着た椎名が座っている。

「申し訳ありません、先にお風呂に・・・・・・」
「いいんですよ。私から女将にそう伝えておいたんですから」

驚いた様子の朋子を見つめながら、椎名は笑顔を浮かべて言った。その表情に、犯罪に絡む不審を感じさせるような雰囲気はない。

「生徒が夏休みといってもいろいろと仕事がありましてね。こちらから誘っておきながら、大幅に遅れてしまってしまい申し訳なかったです」

穏やかな口調で、椎名は二人に座るように促す。わずかなためらいを見せた後、朋子は先に足を進め、椎名の正面に座った。その隣に、千佳子もまた腰を下ろす。

時間をかけて湯船に浸かったせいか、浴衣から覗く二人の首筋の辺りがほんのりと紅く染まっている。室内に、緊張とくつろぎという相反する匂いが交錯する。

「お食事は全てご用意しましたので。何かあれば遠慮なく声をかけてください」
部屋の隅で3人の様子をうかがっていた女将が、そう言って部屋から退出する。

椎名に勧められるがままに、二人はコップにビールを注がれた。乾杯でグラスを鳴らし、テーブルに並べられた魚料理が中心の夕食に箸を伸ばす。

「奥さん、ここは初めてでしょう?」
「ええ、この島にこんな素敵なところがあるなんて、少しも知りませんでしたわ」
「ここは島民しか知らん場所なんですよ」

皮肉交じりにも聞こえる朋子のコメントに気づかない様子で、椎名はそう言った。朋子をテーブル越しにしばらく見つめ、そして千佳子に視線を移す。

「確か、千佳子さん、でしたな?」
「はい・・・・」
「どうですか、この島はもう随分まわられたんじゃないですか?」

既に島に十分滞在しただろう。椎名の言葉には、そんな本音が隠されているようだった。それに臆することなく、強気な調子で千佳子が言葉を返す。

「いえ。まだこの島には知らないことがいっぱいあるようです」
「はは、そうですか・・・・・・」

千佳子の言葉をやり過ごし、椎名はビールを喉に流す。彼の視線に親しみとは別の感情が一瞬宿ったことを、朋子は見逃さなかった。

「椎名さん、私たちはやっぱりこの島から早く出て行くべきでしょうか?」
気軽な会話を装いながら、朋子は椎名にそう質問した。その男が隠し続けている秘密をどうやって聞き出すのか、朋子は未だ迷っている。

「以前にお話したとおりですよ、奥さん」
「・・・・・・」

「この島の人間は、外の人間に過去のあらを探されることを一番嫌うんです。我々だけで昔から生きてきました。ご主人の件は、警察に任せておくべきですよ」

落ち着いた口調だが、椎名の言葉には確かな意志が込められていた。それは、彼自身も島外の人間に言えない秘密を抱えていることを明かすようでもあった。

椎名の言葉を最後に、しばらくの間、3人は核心に触れるような話題から距離を置いた。互いを観察しあいながらも、ゆっくりと食事を堪能する時間が過ぎていく。

彼が何故こんな山奥の宿に自分達を呼び寄せたのか、朋子には確かな理由がわからなかった。やはり、これを見納めとして、島から追い出そうとしているのか。

遠慮がちな二人をよそに、椎名はビールを何杯か飲んだ。顔を赤らめることもなく、酔ったような様子もない。テーブルの下、千佳子の手が朋子の足に軽く触れる。

姉さん、早く聞かなきゃ駄目じゃない・・・・・・

自分をさりげなく見つめてくる千佳子が、心の中でそう叫んでいるのがわかる。食事が終わりへと近づく今、3人は他愛のない会話を交わしているだけだ。

どう切り出そうか、朋子は改めて考えた。そして、しばらくの後、覚悟を決める。下手な小細工は考えず、ストレートに聞くべきだ。

「奥さん、ご主人を殺したのはどんな人間だと思われますか?」
「えっ・・・・・・」

先手を取るように、椎名の方が話題を戻した。朋子は動揺を隠せないまま、正面に座る彼の顔を見つめる。千佳子もまた、緊張をはらんでいる様子だ。

「この島の人間は皆、警察から疑われましたよ。高校関係でも教師、生徒。全ての人間が調べられました。私もまた、その1人ですがね」

椎名が以前に教えてくれた話を朋子は思い出す。千佳子と朋子を前に、椎名はこう言っていた。警察にあの夜のアリバイを私も確認された、と。

朋子の攻撃を予想したかのような言葉だった。この男は、自分は犯人ではないと主張しているのだ。朋子のためらいが一気に氷解した。

「誰が殺したのかは、まだ私たちにもわかりません。しかし、この島に来ていろいろとわかったこともあるんですよ、椎名さん」

「わかったこと? ほう、何でしょうか、奥さん?」
狼狽する様子もなく、椎名はクールに聞き返した。

「主人がこの島の出身だということをなぜ私に隠してらしたんでしょうか?」
朋子の指摘にすぐ答えることなく、椎名はビールを舐めるように口にした。そんな男の態度に我慢できないように、千佳子が朋子に加勢する。

「私たち、全部知ってます。椎名さんには申し訳ないですが、弟さんの交通事故のことだって・・・・。そして、隆夫さんの家が酷い差別を受けていたことも」

千佳子の言葉に、椎名の表情が僅かに歪む。遠い昔、命を失った弟の記憶がよぎったのか。或いは、隆夫の家への酷い差別、という表現が納得できないのか。

「短い間によくお調べになりましたな」
表情に浮かんだ感情の揺れを再び隠し、椎名はゆっくりとした口調で言った。二人の告白に、さして驚いた様子はないようだった。

「奥さん、ずっと隠していたことは認めますよ。それでお気を悪くされたというのであれば謝りましょう。ただ、私にも言い分はありましてね」

「何でしょうか?」

「敢えて言う必要はなかったんです。ご主人と奥様がこの島で暮らしていく上で、あの過去は邪魔なだけだった。お二人のことを考えて私はずっと隠していました。ご主人も私のそんな態度に最初から同意していましたよ」

依然として、この男は何かを隠している。流暢な椎名の話しぶりに、朋子はそう感じずにはいられなかった。千佳子もまた、同じようだった。

「椎名さん、あなたは隆夫さんのことを憎んでいたんだわ」
「千佳子さん、いったい何をおっしゃるんですか」

「弟さんを殺した隆夫さんのことを、ずっと探していたんじゃないですか? そしてこの島に連れ戻して、最後には復讐を果たそうとあんな酷い事を・・・・・」

先走るようにそう訴えた妹の顔を、朋子が見つめる。その質問に椎名がいったいどう答えるのか、朋子は想像するのが怖いような気がした。

「随分飛躍したことをおっしゃいますなあ、千佳子さん」
「そうでしょうか・・・・・」

腕時計を見つめ、椎名が時間を確認する。朋子もつい、自らの時計を見つめる。8時を既に回っている。テーブル上の食事はほぼ終わっていた。

「どうですか、このお話の続きは別の場所でいかがでしょうか?」
「別の場所、ですか?」

椎名が何を言い出そうとしているのか、朋子にはわからなかった。この宿屋の周辺に、こんな遅い時間に行くべき場所などないはずだ。

「そろそろ風呂に入ろうかと思いましてね」
「・・・・・・」

「お二人のどちらかで結構ですから、背中を流してはいただけませんか? いい湯を浴びれば、私も話の続きができるような気がしますからね」

椎名がこの宿屋を指定した意味が、朋子はやっとわかったような気がした。



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