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近くに住む男(3)

2010 12 21
娘の結衣が幼稚園バスに乗り込むのを見届け、依子は自宅に戻った。心のどこかであの男のことを考えながら、洗濯を始めたときだった。

インターホンの音が響いた瞬間、依子の体に緊張が走った。本城だ・・・・・。姿を確認せずとも、依子にはわかるような気がした。

「はい、どちらさまでしょうか・・・・・」
「奥さん、俺だよ。わかるだろう?」

やはりそうだった。男の低い声がスピーカーを通じて不吉に響く。画面を通じて男の様子を確認してみる。いつもと同じ、グレーのスウェット姿だ。

そういえば、あの事故があった夜、彼は珍しくスーツを着ていた。今更ながら、依子はそんなことを思い出し、そして、玄関先に向かった。

男の挑発に乗ってはいけない。依子は自らに言い聞かせた。あの男の行動に不審はあるとはいえ、運転者としての義務を果たさなかったのは私なのだ。

彼はそれをよく知っている。だからこそ、この前のように強気な態度で出てしまえば墓穴を掘ってしまうだけだ。あくまでも穏やかに対応するしかない。

事故のことを報告したとき、夫も素直に謝るしかないと言っていた。納得できないとはいえ、今後の付き合いのことを考えればやむを得ないのかもしれない。

「はい・・・・・・・」
依子が開けた玄関ドアのすぐそばに、本城は立っていた。反射的に、依子は彼の足元を見た。サンダル履きのその片足の先は、包帯がぐるぐるとまかれている。

「昨日、病院に行ってきましてね、奥さん」
「それで・・・・・・・」
「足の指と甲の境界線あたりの骨が陥没してるってよ。ほら、これが診断書だ」

不服そうに喋る本城の言葉が、依子にはすぐには飲み込めなかった。それほどに酷い怪我だなんて、依子は想像していなかったのだ。

男に手渡された書類を受け取るしかなかった。男が言ったとおりの診断内容が記載され、数週間の安静及び通院が必要だという追記も確認できる。

近隣にある整形外科に本城は行ったらしい。以前、娘の結衣が足首を捻ったとき、依子もそこに通ったことがある。信頼のおける病院だ。

「あの・・・・、私、保険に入っています。だから治療費は全てこちらで・・・・」
依子は、慌てた口調でそんなことを言ってしまった。玄関先に立ったまま、本城は目の前の人妻の動揺する姿をおかしそうに見つめ、口を開く。

「奥さん、それで済むような話じゃないんだよ、俺が被った損害は」
「えっ?・・・・・・・・・」

「あの日、俺は仕事の面接に出かけてたんだ。何せ、もう何ヶ月も引きこもり状態だったからね。奥さんだって、俺がリストラされた噂は聞いてるだろう?」

近所に住む年配の主婦に聞いた話を、依子は思い出す。本城が会社をリストラされ、それをきっかけに夫婦仲が悪化し、妻と子に逃げられたことを。

「40過ぎてリストラされて、なおかつ1年近く引きこもってた男に、今のご時世、就職先なんて簡単に見つかるわけない。仕事を選べる身分じゃないんだよ」

別に怒鳴るわけでもなく、本城の口調は淡々としたものだった。しかし、そこには依子への恨みが確かに込められていた。

「苦労して、やっと建設現場の仕事を見つけたんだ。プライドをかなぐり捨ててな」
「・・・・・・・」

「そこまでして俺が手に入れた仕事を、奥さん、あんたが台無しにしやがった」
「私が・・・・・」

「この足じゃ仕事に行けねえのさ。6ヶ月の雇用契約があっさり取り消しだ。こんな前科を作っちゃ、今後仕事を見つけるのはますます難しくなった」

本城の主張に、嘘の気配はなかった。この男は、ようやく見つけた採用先への面接のため、あの日、スーツを着て外出をしたのだ。

そして、私の些細な不注意によって起こされた事故が原因で、致命的な怪我を負った。それは、男の将来にも影響するような怪我となった。

「本城さん、申し訳ありませんでした・・・・・・」
依子は、素直に頭を下げるしかなかった。それで男が納得するとも思えないが、この場ではそうすることしか頭に思い浮かばなかった。

「奥さん、ただ謝ってもらっても困るんだよ。何とかしてもらわないと」
「ですから、保険会社と警察に連絡して、費用のほうは何とか・・・・・」

「勿論、そうしてもらっても構わないさ。ただ、就職先を失ってしまったことに補償金なんて出やしない。俺は治療費を要求してるんじゃないんだよ、奥さん」

少しずつ、男の言葉に具体性が帯びてくる。やはり、この男は金銭を要求しているのだろうか。仕事をした場合に得ることができた給与を私に・・・・・・。

いや、それを要求されても困る。そんなことに応えることなどできるはずもない。無理なことは、初めからはっきりと主張すべきだ。

「本城さん、申し訳ないですが、こちらにもできることには限界が・・・・・」
「俺が金を要求してると思ってるんだろう、奥さん?」

「そ、そんなこと・・・・・・・」
「本気で金を請求してやろうか。ご主人も巻き込んで事を大きくしようか?」

「それは・・・・・、それは困りますわ・・・・・・・・」
「だから、奥さんと俺の間で示談にしようじゃねえか、って言ってるんだよ、俺は」

本城が口にした「示談」という言葉が、依子の頭の中で重く、しかし、どこか魅力的に響く。こんなトラブルは早く忘れ去りたい。依子は強くそう願った。

「よろしければ、本城さんの考えを教えてもらえますか? 私に落ち度があったことは認めます。何とか本城さんに納得いただければと思ってるんです・・・・・」

男に金銭を要求する考えがないことを知り、依子は少し余裕を取り戻していた。ならば、夫を巻き込むこともなく、終結させることができるのかもしれない。

「奥さん、ずっと立ちっぱなしってのも、怪我人に失礼じゃねえのか?」
依子を試すように、本城は僅かな笑みを浮かべながら、そうつぶやく。

「ごめんなさい、気づかなくて。あの、どうぞ・・・・・・・」
ドアを大きく開き、依子はその男を初めて家の中に招きいれた。



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