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欲情のトライアングル(1)

2011 08 04
歓喜の時が、間もなく訪れようとしています。その場にいる誰もが、それを感じていました。

大歓声が渦巻いているはずなのに、奇妙な静けさに包まれているような気がします。まるで台風の目の中に僕だけが取り残されたかのように。

人気の競技といっても、それが地方の大学、しかも3部リーグともなれば、いつもは観客席は寂しいものです。しかし、さすがにその日は違っていました。

「あと少し! 頑張って!」

「いけ! 絶対勝てる! 勝てるぞ!」

決して満員とはいえませんが、しかしそれでも、普段の試合とは比較にならないほど、多くの観客が見詰めています。皆、僕らの大学を応援しているようです。

我に返ったかのように、僕は再びグラウンドの中に集中します。胸の鼓動の高鳴りを感じつつ、ベンチに座った僕は祈るような気持ちで皆を見つめます。

僕は感じます。僕らのクラブ史にとって歴史的な瞬間が近づいていることを。

僕の大学がこのリーグ戦に参加して、もう50年以上になります。伝統と呼べるような輝かしい歴史もなく、僕たちの大学は常に3部から下部を行ったり来たりする弱小チームでした。

しかし、数年前、大学の経営陣が大幅に交代したのをきっかけに、そんな潮流に変化の兆しが見え始めました。体育会に属するチームの徹底強化が始まったのです。

有名選手の勧誘こそなかなか実現できませんでしたが、チーム体制の強化、そしてグラウンドや合宿所など練習環境の整備。変革は少しずつ進められていきました。

1年生である僕が入学した今年、チーム内にはかつてはびこっていたあきらめの空気はなく、選手全員に強いやる気が満ちていました。

それを決定的にしたのは、今春から就任した原島監督の存在です。監督の斬新な指導法が功を奏し、このチームは完全に生まれ変わりました。

そして遂にあと1試合勝てば、クラブ史上初の2部昇格決定というところまでたどり着いたのです。

試合はいよいよクライマックスを迎えようとしています。勝利は目前です。場内の歓声が一段と高まり、僕の緊張感を心地よく刺激してきます。

「最後まで油断しないでください!」

ベンチで立ち上がり、僕は思わずそう叫びました。1年生マネージャーで、いつもはおとなしい僕の珍しく熱い姿に、グラウンドにいる先輩たちも少し驚いたようです。

「任せとけ! 宮崎!」

キャプテンの浜本さんが、僕に向かってそう叫び返してくれます。その表情にはかすかな笑みが浮かんでいました。僕は、その瞬間、勝利を確信しました。

そして・・・・・・。場内の歓声が最高潮に達しました。

遂に僕らのチームが勝ったのです。観客席から驚くほどに大量の紙吹雪や紙テープが舞い、先輩たちがグラウンドで歓喜の抱擁を交わします。

「やった! 遂に2部だ!」

叫びあう先輩たちと一刻も早く喜びを分かち合おうと、僕は控え選手と一緒にグラウンドに向けて飛び出し、誰ともなく抱き合い、握手を交わしました。

上空には、僕たちを祝福するかのような見事な青空が広がっています。冬の気配を僅かに漂わせた、11月の秋空です。

ベンチ前に出てきた原島監督の姿が僕の視界に入ります。40歳になったばかりで、僕らとは違っていつもはクールな監督ですが、さすがに嬉しそうに笑みを浮かべています。

「おめでとう!」

観客席から、そんな声が次々に耳に届きます。依然として昂ぶった感情を抱えたまま、僕は応援に駆けつけてくれた多くの人たちの姿を見つめました。

皆、大喜びの様子で、グラウンド内の僕たちに声援を送ってくれています。その中に、僕はすぐに藍子さんの姿を確認することができました。

今季のリーグ戦では、夫である監督、そしていつも合宿所で世話をしている選手たちの応援に、藍子さんは忙しい中、全試合駆けつけてくれました。

僕の視線に気づいたように、藍子さんが手を振ってくれます。嬉しそうに飛び跳ねている藍子さんに、僕は少し照れを感じながらも手を振り返しました。

藍子さんはいつものようにネイビー色の生地に赤色のラインが入った、アディダスのレディースジャージを着ています。

相変わらず女監督のように垢抜けない格好をしている藍子さんですが、その日ばかりはそんな姿が何故か魅力的に映りました。



(↑新作、頑張ってみます。クリック、凄く嬉しいです)
Comment
復活ありがとうございます。
復活をジッと待っておりました。
今後を期待しています。
待たされました
今まで以上に期待しています 頑張ってください!

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