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終着駅(3)

2012 01 16
京子は勿論、この女に会ったことはない。顔も知らなければ、どんなスタイルで、どんな服装の趣味をしているのかも知らない。

名前さえ知らないのだ。別に知りたいとも思わない。本当なら関り合いたくもない。だが、私と彼女には1つの共通点がある。京子はそれを確信している。

久岡繁樹に抱かれた女・・・・・。私は妻として、そして、この女は不倫相手として・・・・・。

「ねえ、聞いてるの? 私のこと、誰だかわかるんでしょう?」
知性が感じられない話し方だ。京子は痛烈にこの女を罵倒したいという欲求に襲われる。

頭がいい子としてちやほやされた子供の頃だって、京子はそんな意地の悪いことなど一度もしなかった。しかし、この女にはそんな態度が許されるような気がする。

「少し失礼じゃないかしら。一方的に電話をかけておいて名乗らないなんて」
「・・・・・・・・・」
「それとも、名前さえ言えないようなことをしているのかしらね」

フローリングの上をゆっくりと歩く。電話を握り締めたまま、窓際に佇む。冷房の効いた室内にいても、今日は何故か熱を帯びた外気の気配を感じてしまう。

視界に広がる首都の景色を改めて眺める。いつの間にか、東京が変貌したことに京子は気づく。あのビルの窓のどこかに、この女がいるような気がする。

「ふーん、クールな自分を装ってるんだあ」
「・・・・・・・」

「ほんとは私のこと、凄く憎いんでしょう?」
「・・・・・・・」

「見苦しいですね。旦那を他の女に取られた奥さんって」
その一言が、京子のプライドを鋭く引き裂く。38歳の人妻にだって、勿論プライドはある。

どうやらこの小娘はそれに気づいていないらしい。いや、彼女だけじゃない。

繁樹だって、それに気づいてなどいやしないのだ。妻がどんなプライドを抱えて生き続けているのか・・・・。

「私に何が言いたいのかしら、あなた。そんな風に勝ち誇りたいの? 自分が勝者だって」
「・・・・・・・」

「人から奪うことしかできない人間は最低だ。ねえ、これ誰が言ったか、あなた知ってる?」
「・・・・・・・・」
「分かるわけないか。無知って感じだものね、あなた」

残酷な言葉なら、いくらだって並べられる。しかし、京子の心奥に快感はない。こんな女になぜ繁樹が走ったのか、その情けなさだけが募るばかりだ。

「京子さん・・・・、少し頭がいいからって偉そうなこと言ってさ・・・・。ねえ、あなたのそんなところが繁樹さんは嫌いなのよ。気づいてるの?」

「・・・・・・・」

「私といるほうがずっと楽しいって。そうだ、京子さん、もう何年も繁樹さんとあれしてないんでしょう? もう10年以上していないのかしらね」

「あなたって子は・・・・・・・・・」

「美人らしいけど、でも、旦那から見向きもされなくなったらおしまいよね。繁樹さん、私には凄く優しいのよ。この前なんて」

「切るわよ」

決意とともに電話に出たが、京子はこの女とそれ以上話す気にはなれなかった。心の平静さを保てないからではない。

時間の浪費なのだ。

「別に切ってもいいわよ。でも京子さん、1つだけ忠告しておくわ」
「・・・・・・・・」

「あなたが何を繁樹さんに言っても、私は絶対に別れない」
「・・・・・・・・」

「だから、繁樹さんにがたがた文句を言うんじゃないわよ。いいわね」
「もっとまともな人を期待してたけど」

「えっ?」
「夫の浮気相手なら、もっとレベルが高い人がよかったわ」

「ねえ、ちょっと、どういう・・・・・・・」
「もう二度と電話しないで、吐き気がする」

指先に力を込め、京子は電話を切った。昂ぶった感情に支配されたまま、携帯を強く握り締める。そして、青空の下に広がる景色を見つめ続ける。

鋭ささえ感じさせるような人妻の瞳。そこから滴が流れ落ち、頬から唇へと達する。水滴が、赤く腫れ上がった唇を優しく癒す。京子はそれを拭おうともしない。


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