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終着駅(4)

2012 01 19
傷口が確かに疼くのを感じる。零れ落ちた涙が、京子に昨夜の出来事を思い起こさせる。

繁樹との距離が広がり始めたのはいつの頃だったのか。12年余りの結婚生活。互いに満たされていたはずの2人が、いったいどこで何を踏み外したのだろう。

娘の萌菜がまだ幼稚園に通い始める前。その頃から既に、2人の間の情熱はかき消されていたような気がする。だとしたら、もう10年近く・・・・・。

きっかけは何もなかった。繁樹の帰宅が遅くなる日が増え始めただけだ。かつて同じ職場にいた以上、京子は夫の忙しさを勿論理解していた。

しかし、繁樹の行動には、どこか不自然さが漂っていた。夫が嘘をついている。京子は、ごく初期の頃から、そんな確信を抱いていた。

京子はそんな疑念を、しかし繁樹にぶつけようとはしなかった。或いはそれは、まだ幼かった萌菜に愛情を注ぐことで忙しかったせいかもしれない。

「あなた・・・・・、随分飲みに行く回数が増えたわね・・・・・・・」
京子がそんな指摘を口にし始めたのは、数年前のことだ。繁樹の帰宅が深夜となることも、もはや不思議ではなかった。

夫の上質なスーツに、酒やタバコの匂いが染み付いている。いや、それだけではない。そこにはいつも同じ香水の気配が、かすかに漂っていた。

夫は浮気しているのだろうか・・・・・・・。繁樹はしかし、勿論それを妻に告白することはなかった。しかし、自らの行動を弁解する様子もなかった。

「断れない付き合いもあるんだ、京子。我慢してくれ・・・・・・」
妻と目を合わせようともせず、繁樹はそんな説明に終始した。そこには、全てが暴露されても構わないというような開き直りの気配さえ存在していた。

夫婦としての肉体関係は、もはや遠い過去の記憶と成り変わっていた。時折思い出していた欲情も、やがて京子は忘れ去り、ただ夫への疑いだけを抱き続けた。

この1年、京子は幾度となく夫の行動の不審さを問いただした。繁樹が混乱する感情を露にする機会が増え、それは夫婦間の確実な亀裂を示し始めていた。

「いい加減にしてくれ! 俺のことを疑ってるのか、京子!」
そう叫ぶ繁樹は、心のどこかで苦しんでいるように見えた。京子は、真実を知ってしまう瞬間が近いのを感じ始めていた。

そして、昨夜が訪れた。午前1時過ぎに帰宅した繁樹は、妻に声をかけることもなく、浴室に直行した。ダイニングテーブルに鞄や財布、それに携帯を置いたまま。

それは夫が仕掛けた罠のようでもあったし、或いはまた、妻の決意を期待する本音の吐露のようにも思えた。少なくとも、そこには何の幸せもない。

京子にはそれがわかっていた。しかし、もうこれ以上耐えることはできなかった。

京子は全てを知った。夫が何年もの間、隠し続けてきた秘め事の全てを・・・・・。

小学6年生の一人娘、萌菜は既に熟睡している。深夜の静けさを、やがて2人の叫び声が引き裂き、それは最後には鈍い殴打の音で終焉を迎えた。

激しい調子で罪を追求してきた妻に、繁樹は醜い暴力で応えた。頬を張られた京子は、唇に傷を負ったことを悟り、床にうずくまった。

「お前は黙って主婦してりゃいいんだ・・・・・・・・」
そんな科白を残し、繁樹は寝室へと消えた。初めて妻に手を上げたことへの後悔の色は、そこには全くなかった。

結婚前、あれほどに互いの体を求め合った2人。マウイ島の教会で私のことをきつく抱きしめてくれた夫。もうあの頃の彼はどこにもいない。

肩を震わせ、京子はそこで泣き続けた。そして、真夏の陽が昇り始める頃、京子は全てを受け入れ、あるひとつの決意に到達した。

今朝、夫の「相手」と会話を交わしたことで、京子のその決意は更に強いものになった。今夜、それを夫に通告してやるのだ。京子はそれを楽しみにさえしている自分を感じていた。

同じ仕打ちを与えてやる権利は、誰にだってあるはずだ。12年間、懸命に家庭を守り続け、娘を育ててきた主婦になら、尚更・・・・・・・。


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※更新遅れており申し訳ないです。次回1月24日(火)更新とさせてください。
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