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終着駅(6)

2012 01 28
「まだ寝てなかったの、萌菜・・・・・・」
「うん・・・・・・」

繁樹との会話を娘にずっと聞かれていたことを感じながら、京子は深い戸惑いに包まれる。どうすべきかわからぬまま、京子は壁に貼られた何枚かのモノクロのポスターに視線を投げる。

リバプール出身の4人組の写真がそこにある。60年代のロックグループのポスターを部屋に貼る小学6年生など、それほど多くはいないに違いない。

娘は、その音楽の趣味の多くを母親から引き継いでいた。何枚かの写真を見つめる母親の姿に、萌菜は少し表情を崩す。

「凄いでしょう、ママ?」
「随分集めたものね」

「ねえ、ママはどれが好き?」
「そうねえ、ママは中期の頃の彼らが結構好きなのよね」

先刻までの夫とのやり取りを忘れたかのように、京子は笑みを浮かべ、ベッド上の娘の隣に座る。両親の間に何が起こりつつあるのか、12歳の彼女はとうに気づいているはずだ。

「ママ、大丈夫?」
「えっ?・・・・・・・」

「パパと何だか言いあってたじゃない・・・・・・」
「萌菜・・・・・・、聞いてたの?」

「何を話してるのかまでは聞いてないけど、でも・・・・・・・・」
「でも?・・・・・・」

別の男に体を差し出すような発言を母親がしたことを知ったなら、娘は何を感じるのだろう。京子は、今更ながら、自分がそんな発言を口走ったことを信じることができない。

「喧嘩、してたんだよね、パパとママ・・・・・・・」
「え、ええ、そうね・・・・・・・」

どうやら母親の酔狂とも形容できそうな発言を、娘は聞き取っていないらしい。僅かな安堵を感じながら、京子は萌菜の肩を抱き寄せる。

「ごめんね、萌菜・・・・・・・・」
「ママ・・・・・・・」
「パパとママ、もう無理かも・・・・・・・・・」

母親の深刻な告白に、しかし、12歳の娘は意外にも動揺するような気配を見せない。それは、以前からその事実を察知していることを示す態度でもあった。

「パパ、もうずっとママに冷たいんでしょう?」
「・・・・・・・」
「昨日の夜、酷いことしてた・・・・・・」

昨夜、母親に手を振り下ろした父親のことを、娘は知っている。無意識のうちに、京子は娘を抱き寄せている手に力を込める。瞳に熱いものがこみ上げてくることを感じる。

「萌菜、ごめんね・・・・・・」
京子は娘への詫びの言葉を再び口にする。依然として僅かに腫れている京子の唇を見つめ、萌菜はその瞳に確かな決意を浮かべる。母親譲りの、鋭くも美しい瞳だ。

「私、ママの味方だから・・・・・・」
「萌菜・・・・・・・」

「ママ、たまには好きにすれば?」
「えっ?」

「パパばかり好きなことやってるんじゃない? ママだってたまには・・・・・・・」
「・・・・・・・・・」

「ママ、私はママの味方だからね、ずっと・・・・・・・」
娘はやはり、私の夫への大胆な要求を聞いたのかもしれない。京子はそう思いつつも、先ほどのような羞恥心、そして戸惑いに包まれることはなかった。

少しぐらい、羽目を外すべきなのだ。主婦だからといって、夫の勝手すぎる行動に泣き寝入りする必要はない。私だってたまには・・・・・・・。

「ママ、こんなに綺麗なのに・・・・・・」
「嬉しいこと言ってくれるのね・・・・・・・」
「だってそうじゃない・・・・・・、私、ほんとにそう思うんだから・・・・・・・」

不思議な気分だった。家庭崩壊とも言えそうな深刻な状況なのに、萌菜と話していると何故か気が楽になってくる。京子の涙は既に止まっている。

「ねえ萌菜、何か聴こうか?」
「いいよ、ママが選んで」

1967年にリリースされた彼らの最高傑作のアルバムを娘と一緒に聞きながら、京子は考えを巡らせ、そして、決意を改めて固める。

今度は私が権利を行使する番なのだ、と・・・・・・。


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