FC2ブログ

終着駅(30)

2012 07 09
さすがに興奮を隠すことは難しかった。大手電機メーカー品質管理部門の一部長という職責の中では、まずこのような気分の昂ぶりを見つけ出すことなどできない。

オフィス近くのこの喫茶店に午後4時過ぎに入り、既に1時間以上は経過している。しわの入ったスポーツ紙を手にしながら、視線はただそこを意図もなく漂っているだけだ。

その脳裏ではあの人妻の肉体のことをずっと思い描いている。

親譲りの私的なコネクションと学閥。就職以来、一貫してそれを頼りに生きてきた彼だったが、50代半ばにさしかかる今、もはや自分の会社での将来がこれ以上高みにたどりつく可能性がないことを、はっきりと自覚している。

構うことはない。出世欲などとうに捨て去っている。現在の待遇は既に寡少なものではない。それどころか、その仕事の重みからすれば、十分すぎるものだ。

だが、彼が満たされているわけではない。出世欲とは異なる、別の欲望が彼のことを、もう何年も刺激し続けている。

家族がいるにもかかわらず、部下の妻の体を奪うようになったのは、いったいいつのことだったか。一度覚えてしまったその魔性の誘惑は、ここ何年もの間、彼を解放することなどない。

何人もの部下に対し、自宅への招待をそれとなく、時には強引に要求した。上司としての広範囲な権限を有していた彼にとって、酒の席で部下の妻に接近することは決して難しいことではなかった。

狙いを定めた人妻が住む家には、何度もの訪問を強要した。部下本人の秘匿された協力、妻への裏切りがそこには常に存在していた。彼らは昇格、昇給、競合者の左遷、様々な交換条件とともに上司の要求を受け入れた。

人妻たちは皆、どこか満たされない生活を送っていた。彼はそれを嗅ぎ取る異常な嗅覚を持ち合わせていた。しかし、勿論、夫以外の男に抱かれることを、彼女たちが素直に受け入れたわけではない。

彼自身、そこまで自惚れてもいなかった。実際、彼がその腕の中に陥落させてきた人妻の中で、いったい何人が合意の態度を僅かでも示しただろうか。

現実とフィクションが異なるものであるという事実を受け入れないほど、彼は幼稚ではない。巷に溢れる陳腐なストーリーとは異なり、向こうからそれを求めてくる人妻など現実には一人だっていないのだ。

女はそれほどたやすい生き物ではない。結婚後、何年も経過した人妻であっても、だ。

だが、彼女たちはそれを受け入れざるを得なかった。夫の意向を敏感に感じ取り、退路を断たれたことを悟る。そんな生真面目なタイプだけを、彼は狡猾に狙った。

部下が寝入った後、シャワーを浴びているさなか、或いは追加の酒を買いに外出した隙。男はあらゆる局面でその妻の肉体を強引に奪い、とことんまで堪能した。

「やめてくださいっ、主人に叱られますっ・・・・・・・・・・・・・・・・」
最後まで拒み続ける人妻たちの声が、彼の脳裏に深く刻み込まれている。

勿論、彼女たちは様々な容姿をしていた。しかし、それは大した問題ではなかった。部下の「所有物」を奪い取る、その背徳性を遂に許してしまうという自覚を持った人妻たちだけが漂わせる、濃厚な官能の気配。

それだけが彼を激しく興奮させ、つかの間の満足を与えた。彼にとっては、恐らくはそれだけでよかった。誰であろうと、部下の妻であればよかったのだ。

一人の人妻に出会うまでは・・・・・・・・。

同じ会社にいたというその人妻のことを、彼はそれまで知ることはなかった。部下の自宅にある週末に訪問した際、彼は初めて彼女と出会った。

その男好きのする肉体が、彼をまず魅了した。長身でスリムな肢体でありながら、20代の独身女性のそれとは微妙に異なる。

30代後半。女として見事に熟した肉体を、その人妻は持ち合わせていた。知的な容貌、そしててきぱきとした態度が、彼を更にとらえた。

部下を交えた3人で酒を酌み交わしながら、彼はその人妻の肉体を凝視し続けた。薄手のブラウスにタイトスカートという服装が、人妻の裸体が描く曲線を彼に容易に想像させた。

色っぽいラインを描いていた。決して豊満とはいえないのかもしれないが、スリムな体型を維持しているせいか、胸元の膨らみは妙になまめかしい。

腰のくびれから丸みを帯びた下半身までの肉付きは、その場で手を伸ばしたいほどであった。だが、人妻の確固たる意志が、夫の上司である彼のアプローチを頑なに拒んだ。

決壊の予感さえ感じさせない人妻のそんな態度が、彼の興奮を更に掻き立てた。そこでの滞在中、彼は視姦するようにその人妻の姿を見つめ、服に隠された裸を想像し続けた。

夫との関係は既に冷え切っているようだった。しかしそれが逆に、上司である彼にその人妻への接近を困難にさせた。夫の要請を、既に妻は軽視するようになっていた。

彼女との遭遇が、彼の態度を劇的に変えた。あれから3年余り。他の部下の人妻に触手を伸ばすことを、彼はぷつりと止めてしまった。

心中のどこかで、彼はあの人妻のことを狙い続けていた。決してあきらめることなく、執拗な態度で獲物を待ち伏せする野獣のような態度で。

あの人妻は決して合意することなどないだろう。俺の夢想は文字通り永遠の夢物語と終わるのかもしれない。だが、その機会が必ずどこかに・・・・・・・。

「真鍋さん、もう仕事終わりでしょう。金曜なのに早く飲みに行かなくていいんですか?」
「お、おお、そうだな・・・・・・・・・・・」

馴染みの女性店員に声をかけられ、男は少し慌てたように新聞をたたむ。1ヵ月ほど前の奇跡的な遭遇。そして電話をかけたのはその10日ほど後のことだったか。

今夜、あの人妻との再会が遂に実現することを、男は依然信じることができなかった。3年越しの欲望を果たすときが、今夜訪れようとしているのだ。

久丘を望み通り昇進させることなどわけもない。あの人妻を抱けるなら、俺は何だって提供する。いつもの狡猾さを完全に取り戻した男は、レジで小銭を数えながら、顔を隠すように下を向く。

くっくっくっ・・・・・・・・・

男は笑っていた。こみあげてくる笑いをどうすることもできないのだ。

人妻に事前に送りつけたそれのことを想像したならば・・・・・・。


(↑次回更新、16日月曜日です。クリック、凄く嬉しいです)
Comment
No title
あ〜あ、みんなグルらしいね、

かわいそうに。

最後くらいは救ってやってくださいね。

性格もストーリーも、いやらしい
更新を怠っていらしたが、ランキングが一時、逆転されたは更新が少しマメになるとは性格もストーリーも、いやらしいですね!
No title
ご多忙なのはわかりますが・・・うーむ更新が遅い・・・

管理者のみに表示