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闇の奥からの誘惑(7)

2013 08 27
「あれ、ママはどうしたの?」
過去の想いにとらわれ始めていた私を、息子のそんな言葉が現実の世界に引き戻す。

テントの中にいた彼は、私たちの会話を聞いてはいなかったようだ。もっとも、そのほうがよかったのかもしれない。それは子供に理解できるような話し合いではなかったのだから。

「火を起こしてくれた人がいたから、お礼として食事のお手伝いにいったんだよ」
「ふーん、そうか」

特に不思議がることもなく、翔太はあっさりと納得した。既に午後8時を過ぎている。自宅にいれば、息子はそろそろ寝る時間だ。

「さあ翔太、そろそろ寝る準備をするか」
「ええ、もう寝ちゃうの?」

「キャンプは早寝早起きだってママも言ってたじゃないか。明日は日の出とともに起きないとな」
「そんなに早く無理だよお」

まだまだ遊ぼうとする息子と一緒に、私は妻が進めていた後片付けを続けた。あれほどの勢いで燃え盛っていた火も、既にその熱がほぼ消失しようとしている。周辺のテントでもばたばたと後片付けが始まり、次々に火の輝きが少なくなっていくようだった。

火の始末と共に一通り片付けを終えた私は、息子と一緒に再び炊事場に向かった。そこで顔を洗い、歯磨きを済ませる。周囲には相変わらずキャンパーたちが多くいた。

「パパ、今日はお風呂は入らないんだよね?」
「シャワーがあるらしいけど、かなり粗末な感じだから、今日は我慢だ」
「いいよ、そのほうが楽だからね」

たっぷりと汗をかいたことを忘れたように、楽しげに翔太がそう話す。川で遊んだことだし、まあ少しはすっきりしてるのだろう。私はそんなことを勝手に考えたりした。

昼間、このキャンプ場に到着して指定された区画に向かってゆっくりと車を進めていった時、私たちは簡易シャワーらしき設備が並んでいる場所を目撃した。

管理棟やトイレ、或いは数多くのテント区画、そのいずれからも離れた場所に位置し、ややさびれた印象が漂っていた。ドアも整備されておらず、簡単な壁と簡易カーテンがあるだけだ。

「あれじゃ、海水浴場のシャワーのほうがまだましじゃないかしら」
妻は車の中から、そんな風に感想を述べた。コンクリートが剥き出しのその施設からは、確かに利用しようという気分を育むのは難しかった。

ともかく、今夜はキャンプに来たのだ。シャワーを浴びる必要はない。息子と一緒にテントに戻りながら、私はさりげなく周囲のテントを観察した。

藤原という男性のテントはいったいどこだろうか。まだ残存している周囲の火のどこかに、妻がいるはずだ。だが、帰路の周辺には、彼のテントらしき風景は確認できなかった。

テントに戻り、改めて中に潜り込む。寝袋にくるまった息子を見つめながら、私は別のTシャツそしてスエットパンツに素早く着替えた。そして、ごろりと横になる。

地面の硬さを感じつつ、私はぼんやりとテントの中に視線を流す。カンテラランプを模した照明が、暗いはずのこのテントの中に明るい光を満たしてくれる。

軽く目を閉じ、無心になろうとする。だが、それは今の状況ではあまりに困難なことだった。妻は今、この暗闇のどこかで別の男と一緒の時間を過ごしているのだ。

どういうわけか鼓動が高鳴っていることに私は気付く。何に緊張しているというのか。自分自身の心の動きが、次第に捉えどころのないものへと転化していく。

妻と最後に寝たのはいったいいつのことだろうか。横になったまま、私は先刻から抱き始めていたそんな考えを再び追い始める。そう、あれはまだ、翔太の出産前のことだ。

当時、妊娠していた妻は、既に安定期を迎えていた。ある週末、私はそんな妻を一人自宅に残し、夜の街へと出かけた。大学時代のサークルのメンバーで集まることになっていたのだ。

放送系のサークルに所属していた私は、その会合を楽しみにしていた。大学卒業して既に12、3年が経過していたが、我々はほぼ年1回ペースで仲間たちと集まっていた。

先輩、同期、後輩。男女20名程度が集まり、居酒屋でわいわいと騒ぎ、旧交を温める。酒が飲めない私だったが、そこにいるだけでいつも若かりし時代を思い出し、酔ったような気分を感じていたものだった。

「先輩、お久しぶりです!」
メンバーは毎年ほぼ同じだったが、その年の会合では久々に参加する顔が何名かいた。2年年下の杉野という名の女性もまた、その一人だった。

「うわ、杉野。何年振りだよ?」
「もう10年近くですか? 変わんないですねえ、先輩も」

学生時代、私たちは交際とまではいかなかったが、随分親しく付き合っていた。本や映画の趣味があったのは勿論、彼女のさっぱりした性格が私には魅力だったのだ。

その夜、私はもっぱら彼女との話に時間を費やした。それは終電の時間が過ぎ去っても終わることはなかった。身重の妻を自宅に残したまま、私はただ流されていく自分を感じていた。

「先輩、二人でこっそり消えちゃいましょうか?」
「えっ、何言ってるんだよ・・・・・・」
「大丈夫ですよ。もうみんな勝手に飲んでるだけですから。ほら、早く」

彼女の積極さが、その時の私には妙に刺激的だった。テーブルの下から伸びてきた彼女の手に指先を絡められた瞬間、私は覚えたことのない興奮に拘束された。

二人がホテルの一室に向かったのは、そのすぐ後だった。結婚後、別の女性を抱くことは勿論、結婚前を含めても、私はそんな大胆な試みなどしたことがなかった。

ベッドでの技巧に優れているわけではない。それどころか、圧倒的に劣等感のほうが強い。にもかかわらず、その夜、私はためらうことなく、激しく彼女の肉体を愛した。

「ああっ、先輩・・・・・・・・・・、ああっ、いやっ・・・・・・・・・・・」
しがみついてくる肉体をきつく抱きしめ、私は彼女の細い脚を強引に広げた。

「杉野・・・・・・、いくぞ・・・・・・・・・・」
「ああっ、早くっ・・・・・・・・・・・・・、ああんっ!・・・・・・・・・・・・・・」

ただ夢中で、彼女の濡れた唇を貫き、激しく腰を振った私は、そのまま加速し、瞬く間に果てた。

「先輩、駄目ですよ、もう少し我慢しなきゃ・・・・・・・・」
行為の直後、笑いながらささやいた彼女のクールなそのセリフを、私はいまだに忘れることができない。その刹那、私は悟っていた。自分が致命的な過ちを犯してしまったことを。

一転して私を見下したような態度をとる彼女を一人残し、私はホテルを飛び出した。それは明らかに非礼な行動であった。だが、私にためらいはなかった。

タクシーで家に帰った時、既に夜は白々と明け始めていた。リビングのソファで、麻由美は姿勢を正して座り、一人静かに起きていた。

「ごめん、みんな帰ろうとしないから、ついこんな時間になったよ」
その言葉の持つ空虚さを、私はどうすることもできなかった。全てが妻には見透かされている。私はそんな確信を抱いた。

「許してくれ、麻由美・・・・・・、もうこんなことは2度としない・・・・・・・・」
無言の妻は、涙を浮かべ、私のことをじっと見つめた。妊娠中の彼女を私は寝室に誘い、自らの行為を消し去ろうとでもするように、妻の体を抱いた。

数時間前、別の女を抱いた夫に、妻は抵抗することなく己の肉体を委ねた。だが、そこにはいかなる同意も昂ぶりも、そして性の欲情も存在はしていなかった。

それが最後となった。以降、今日まで妻はその体を私に許そうとはしていない・・・・。

妻は全て知っているのだ。あの夜、別の女の誘惑にあっさりと乗り、欲望に任せたゲームを享受し、そして彼女にただいいように翻弄されてしまった自分の夫のことを。

もう6年近く前のその出来事のことを、私たちは共に鮮明に記憶している。それ以降、決して消し去ることができなかった二人の微妙な距離を、私はこの旅行で何とか縮めようと考えていた。

妻がどう思っているのか、それは私にはわからない。自分に何の権利もないことは分かっている。非道な行為を犯した私に、何かを求める権利などあるはずもないのだ。

しかし・・・・・・・・。

静かな寝息が耳に届く。翔太は既に眠りに就いたようだ。腕時計は午後9時半過ぎであることを示していた。周囲の喧騒はすっかり少なくなり、山の静寂が深まりつつあるようだ。

既に1時間以上は経過しているはずだ。妻が藤原のもとから戻ってくる気配はまるでない。いったい何時まで会話を続けるつもりなんだろうか。

いや、本当にただ、二人は会話を楽しんでいるだけなのか・・・・。闇の奥で別の男と一緒にいる妻の姿を想像しながら、私は再び鼓動が激しく高鳴っている自分に気付く。

藤原のよく日に焼けたたくましい体が、私の脳裏にちらつき始める・・・・・・。


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Comment
あぁ・・・ここで終わりかあ・・・残念
このあとがどうなるのか早く知りたい。
No title
一時間以上経過しても、戻らない奥様は、いったい今頃・・・。
あなた直ぐに戻るから・・・あの言葉は、夫婦間の建前だったのねきっと・・夫とは、別の男とテントの密室の中で・・・又は、簡易シャワー室の中で・・・。色々と妄想が、ふくらみはじめて興奮してきました。続きが楽しみです。
 
   
浮気者
過去にそんなことがーーー
キャンプで奥さんが間違いがあったとしても、それは旦那さんにとっても、本望ですね。
そして、私達もはやる心を押さえて、楽しみにしています。
旦那さん(-。-)y-゜゜゜

帰宅の遅い旦那にどうお灸を据えるか考えてただけなのに、先に謝ってバカ正直に告白して・・・。見透かされた
とひとりよがりの確信を抱く前に奥様を抱かないとね。おまけにその後、六年も埋めれてないのは悲しいね。

麻由美さんの涙は結婚相手のチョイスを間違えた自分自身に対してかな。その戒めが六年のレスなのかな。

旦那さんは後出しじゃんけんに負けちゃったね。麻由美さんは何も話してなかったよ

 




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