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闇の奥からの誘惑(8)

2013 08 30
自らの過去の行為に対する悔恨が、私を現実の世界へと少しずつ引きずり戻していく。昼間の猛暑が嘘のように、シート下の地面から冷えた感触が伝わってくる。

午後9時半を過ぎているのだ。山奥に潜む自然の驚異が、その本領を発揮しようとしているのかもしれない。その証左のように、外はすっかり喧騒が消え去っている。

わずかに騒ぐような声も遠方から聞こえてくるが、それも間もなく止むのだろう。利用者たちのマナーのよさを痛感しながら、周囲のテントと自分の差異を改めて認識してしまう。

家族或いは仲間たちと会話を続けながら、彼らは皆、このキャンプ場での静かな夜の時間を過ごしているのだ。或いは既に心地よい睡眠に就いたテントもあるに違いない。

依然として照明を灯したままのテント内で横になり、私は一人緊張を高めている。ここにいるはずの妻が、いまだ戻ってはこない。その事実が、私の鼓動を速めている。

翔太は既に深い眠りに就いたようだ。一度眠ってしまえば、朝までまず起きない息子だ。初めてのキャンプ体験が与えてくれた忘れられない思い出に浸っているような、穏やかな寝顔だった。

「すぐに戻るから・・・・・」
妻が残した言葉を、私は何度も脳裏で繰り返す。そこに嘘はないはずだ。だとしたら、藤原が無理に妻を拘束しているのだろうか。

だが、彼はそんなタイプの男には見えなかった。さっぱりとした、極めて感じのいい男性に思えたのだが、それは私という存在を意識した仮の姿だったのだろうか。

藤原がバイクでここに来ているらしいということを、私は妻に伝えなかった。彼のテントに行けば、しかし、当然そのことを知り、会話が弾むきっかけになるのかもしれない。

今日会ったばかりの男と、私には立ち入ることができないような話題の会話を楽しむ妻。そんな姿を想像することは、夫である私にとって、複雑な思いを抱かせるものであった。

戸惑いに嫉妬、そして表現できないような心の昂ぶり。私は気づく。あの夜、一人家で私を待ち続けた妻もまた、このような気持ちと相対していたのかもしれない、と。

これ以上、平静を保つことは難しそうだった。私は意を決して起き上がり、寝袋にくるまる息子の様子を再度観察し、灯りを消した。そして静かにテントの外に出る。

秋の虫といってもいいような鳴き声が、周囲を埋め尽くそうとしている。しかし、不思議なことに静寂は決して破られてはいない。サンダルを履き、私は周辺の様子をうかがう。

僅かにひんやりとした空気を肌に感じる。だが、Tシャツでも十分耐えられるほどの気温はあるようだ。ほぼ闇と化した周囲を、星空がぼんやりと照らし出している。

息子を1人ここに置いたままで大丈夫なのだろうか。しかし、常識さえも覆すほどに、その時の私は強烈は感情に突き動かされていた。妻をすぐに見つけ、戻ってくればいいのだ。

それに、このキャンプ場に悪事を働くような人間はいないはずだ。根拠のない甘い認識を抱いたまま、私は自分で歩きまわり、藤原のテントの場所を突き止めることにした。

広大なキャンプ場の区画を全て確認するように、私は歩き始めた。大半の客が既にテントの中に入っているようだ。火が確認できる区画はもうほとんどない。

まれに、テーブルを囲んで会話を楽しんでいるグループがいる。そんな光景を目撃するだけで、私は思わず立ち止まり、そこに妻の姿がいないかを探した。

だが、妻の姿はどこにもなかった。10分以上歩いても、二人がいる気配はまるでない。藤原が歩き去った方向だけをただ頼りにして、私は早足で歩き続けた。

彼と出会った炊事場、そして管理棟。そんなものを巡りながら、私は次第に自らのテントからは離れ、どんどん川とは逆の方向、つまり山の木々が深く生い茂っている方向へ進み始めた。

テントが立つ区画がやがて少なくなっていく。ふと、見慣れぬ建物が暗闇の中に浮かび上がっていることに気付く。それは昼間車窓から確認した、あの簡易シャワー棟だった。

全部で5つほどのシャワーが並んでいるようだ。薄暗い照明が全体を照らしているだけで、そこを使っている人間は今は誰もいないようだった。

その後方にまわりこみ、更に20メートルほど進む。そろそろテント設置区画が終わろうとしているエリアで、スペースだけが目立つようになってくる。

「こんな遠くじゃないよな・・・・・」
戻ろうとした私は、そのとき木々の奥のほうに灯りがちらついていることに気付いた。錯覚かと思ったが、慎重に観察すれば、それが明らかな火であることがわかった。

かなり奥まったそんな場所にもテント設置用の区画があることに少し驚きながら、私はゆっくりと歩を進めた。踏みしめる草の感触が少し柔かなものに転化していくことを感じる。

闇と化した森の奥にちらつく火の光が、少しずつ鮮明なものになってくる。その背後にあるやや小さめのテントの存在にまず気付いた。そして、火の周囲に誰かが座っていることにも。

小さな折り畳みの椅子に座っているようだ。火を囲むようにして座る二人の姿を、私はかなり離れた距離からしっかりと確認することができた。

「麻由美・・・・・・・」

それは紛れもなく藤原と妻だった。どういうわけか私は、そこから容易に進むことができなくなった。緊張を一層高めながら少しずつ接近し、やがて大きな木の後方に隠れるように立った。

二人が談笑しているのが聞こえてくる。この森の奥でも、虫たちの鳴き声はにぎやかだった。にもかかわらず、二人の声もまた、驚くほどにはっきりと私の耳に伝わってきた。

「いいですね、北海道。私も一度走ってみたかったです」
「じゃあ、結局奥さんは一度も?」

「ええ。仲間で道東を走り抜けようっていう計画があったんですけど、途中で断念して」
「よかったですよ、富良野から足寄の辺りは。峠のじゃがバターがまたおいしくて」

「やめてくださいよ、食べたくなってきますから」
「ははは、そうですね。僕はまた是非行ってみたいと思ってるんですよ」

どうやら二人は、ツーリングの話に花を咲かせているようだ。妻の口調は普段のそれとは明らかに違っていた。そこには、ただ、1人の女性としての純粋な姿が存在していた。

全てを忘れ去り、妻は今、ただ素直に時を過ごし、楽しんでいるのだ。結婚後、何年も家庭の中で過ごしてきた妻には、それぐらいの褒美があっても当然だろう。

しかし・・・・・。複雑な感情を抱えたまま、私は2人に声をかけれない自分を責める。だが、妻の声色を聞いているうちに、私は別のことに気付き始める。

確かに妻の口調はいつにも増して明るく、楽しげなものだ。だが、そこには藤原との会話を満喫していること以上に、別の要素が加わっているような気がした。

私は木の陰から顔を出し、そっと二人の様子を観察した。距離にして20メートル程度は離れているのだろうか。ある事実に気づいた私に追い打ちをかけるように、藤原の言葉が届く。

「どうですか奥さん、ビールもう1本いかがですか?」
缶ビールを手にしている妻の姿が、私の視界にはっきりととらえられた。私からの提案を頑なに見送り続けていた妻が、今ここで、彼と一緒に久しぶりのアルコールを楽しんでいるのだ。

彼の提案は受け入れたのだ・・・・。藤原の手にも同じ缶ビールがあった。どの程度飲んだのかはわからない。二人とも酔ったようには見えないが、高揚しているのは確かだった。

「でも、私、そろそろ戻らないと・・・・・・・」
「そうですね、ああ、もうこんな時間なんですね。これはまずいな」

あっさりと提案を引き下げた藤原が再び椅子に座る。今の会話が水を差したように、二人の間に沈黙が訪れる。私は妙な緊張を感じながら、その様子を見つめ続けた。

「ご主人、とても感じのよさそうな人ですね」
沈黙を破ったのは、藤原のほうだった。

「え、ええ・・・・・・・・・」
「一生懸命、火を起こしていらっしゃいましたよ、奥様のために」

藤原の言葉に対し、妻は特に回答を返さなかった。妻がどんな表情をしているのか、私に確認することはできない。しかし彼は、そんな妻を見つめたまま、言葉を続けた。

「うらやましいですよ、ご主人が」
「えっ?」

「奥様のような素敵な方と結婚されて・・・・・・」
「まあ、そんなこと・・・・・・」

再び会話が途切れ、静寂が訪れる。二人は黙ったまま、視線を絡めあい、何かを伝えあっている様子だった。それは、私の体奥の何かを激しく熱くさせる光景だった。

「藤原さん、私、じゃあそろそろ・・・・・・」
「そうですね。もう真っ暗ですよ。途中までお送りしましょう」

2人が立ち上がり、並ぶようにゆっくりと歩き出す。私はすぐに動くことができず、ただ木の裏側にしゃがみこみ、2人をやり過ごそうとする。

だが、2人がすぐにそこを立ち去ることはなかった。妻が漏らした一つの要求のために。

「藤原さん、最後に一つだけ失礼なお願いしてもいいでしょうか?」
声をかけられた藤原が立ち止まり、そして妻の提案を待つ様子が感じられる。

「少しでいいですから、バイクに乗らせていただきたいんです・・・・・」


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Comment
バイクに乗りたいんだ。
思い出したのでしょうね。
バイクの楽しさを・・・バイクそれは男のシンボルだったりして・・・それにまたがるなんて・・・エッチ

次回も楽しみです
希望的今後!
麻由美を乗せたバイクは去って行く。もう追いかけられず仕方なくテントに戻る。しかし翔太の姿が・・・。
やがて、翔太を抱いた双眼鏡の男が麻由美と藤原の前に・・・。
翔太を取り戻す取引で麻由美は二人に抱かれちゃう・・・。
次回も楽しみです
タンデムすればひきしまる脇腹に男を感じたりしますよね。
麻由美さんが前ならどきどきしちゃいます。無防備だしね。
バイクに跨り男に跨るいやらしい麻美子さんを期待しています
じわじわと進んで欲しいな~
直ぐにやっちゃう内容は面白味に欠けます。
じわじわと進んで⇒ドキドキ感と興奮感を味合せて下さい。

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