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闇の奥からの誘惑(15)

2013 09 18
藤原が話した通りの光景がそこにあった。テントの中には妻と男がいる。グレーのロングスリーブに黒色のチノパンという格好のその男は、無論私の知らない顔であった。

「私が奥さんをだましたんです」

藤原のその言葉が脳裏で何度もこだまする。それが事実だとしたら、私が今ここですべきことはただ一つ、夫としてテントの中から妻を救い出すことであった。

藤原は、私がそうすることを予想して、一人立ち去ったのかもしれない。自分自身が仕組んだ罠に対する自責の念を告白し、夫である私にぎりぎりの段階で阻止させようと・・・・。

だが、何かが私をためらわせている。藤原と親密そうに時間を過ごした妻に対する疑心のせいかもしれないし、私との行為の最中に妻が垣間見せた不審な仕草のせいかもしれない。

もう少し、奥さんが他の男と一緒にいる姿を見たいだけなんだろう・・・・・・・

全てを見透かしたような言葉が、私の心の芯をぐさりと貫いてくる。異質な欲情を抱き始めた自分自身に激しく戸惑いながらも、私にはその指摘を葬り去ることができない。

とにかく、俺は事実が知りたいだけだ。いったい麻由美がなぜ、ここにいるのか・・・・・・。全ての疑問を抑え込むように、私は自らに強引にそう言い聞かせる。

オレンジ色のランプ型照明がテント奥に置かれ、そこはぼんやりとではあるが、2人の姿が十分に確認できるほどの明るさを維持している。

暗闇にいることが、私に過剰な安心感を与えてくる。私はテントの中がしっかり覗き込める角度を維持しつつ、身をかがめ、その場に息を潜めて静止する。やがて、男の声が私の耳に届く。

「私と藤原の関係など、奥さん、どうだっていいでしょう」
「・・・・・・・・」

「それよりも奥さん、あなた自身が今夜とられた行動の意味をよく考えたほうがいい」
妻の背中に手を伸ばしながら、男は耳元でささやくようにそう言った。

男は藤原よりも一回り大柄で、がっちりとした体躯の持ち主だった。よく日に焼けたその外見は、藤原のツーリング仲間というイメージと矛盾するものではない。

年齢は恐らく私と同じ40歳前後だろうか。横顔しか確認できないが、その表情には藤原とは異なる、どこか狡猾そうな色、そして過去の心の傷を想像させるような陰鬱な色が浮かんでいる。

その男のすぐ隣に、妻が膝を曲げて座っている。私に背中を向ける様にして座る妻は、先刻まで来ていた黒色のワンピースタイプのパジャマ姿のままだった。

漏れ聞こえてきた妻の言葉とは裏腹に、今の男に乱暴するような気配はない。そしてまた、妻が激しく抵抗する様子もなかった。ただ妻を追い込むような言葉を、男は与えようとしている。

「あなたはここに何の目的で来たんですか、奥さん?」
「私はただ・・・・・・・・・・・」

「ただ、何ですか。ご主人に内緒で別の男のテントに夜這いにきたとでもいうんですか?」
「変な言い方しないでください・・・・・・・」

「別に変なんかじゃない。ご主人に内緒でここまで来たのは事実です。違いますか?」
妻は決して男に視線をあわせようとはしなかった。ずっとうつむくように、下方に視線を投げたままの姿勢を維持している。そこには明らかな狼狽の雰囲気が存在している。

「それはそうですが・・・・・・、ただ藤原さんに・・・・・・・・・」
「『よかったら後から私のテントに来てください』。奥さん、あなたは彼にこう言われたはずだ」

「・・・・・・・・・・・・」
「人妻ともあろう人がそんな誘いに喜んで飛びついて」

「違います、そんな簡単なことじゃありません!」
「じゃあどうだって言うんですか、奥さん?」

男は右手で缶ビールを持ち、ごくごくとその黄金色の液体を喉に流し込んだ。そして妻の顎先に手をやり、こちらを向かせようとする。しかし、妻はそれを拒み、言葉を返す。

「こんな行動が許されないことくらい、私にだって勿論わかってます・・・・・・・」
「それがわかっていながら、藤原に抱かれにきたっていうんですか、奥さん?」

諭すようにつぶやきながら、男が妻の背中を左手で撫でまわす。そこから逃げようとする妻の脇腹に腕を伸ばし、男はその肢体を強く引き寄せようとする。

「深夜、ご主人に黙ってテントを出てきて、他の男にこっそり会いに来る」
「・・・・・・・・」

「それも、今日、会ったばかりの男だ」
「・・・・・・・・」

「それを奥さん、『私はただ眠れなくてお話ししたかっただけなんです』とでも言うつもりですか?」
「・・・・・・・・」

「あいつに抱かれたかっただけなんだろう、あんた、人妻だっていうのに」
男の言葉には、何かを激しく嫌悪するような、そんな厳しさが入り混じっていた。それは、目の前にいる私の妻に対してではなく、何か別のものに向けて発せられた言葉のようにも響いた。

「奥さん、藤原がさっき残していった言葉は嘘だ。あいつは当分ここには戻ってこない」
「・・・・・・・・・」

「ご主人に言ってやろうか、お宅の奥さんはひどい女だぜ、別の男と密会しようとしている」
「・・・・・・・・・」

「バイクに乗せてもらって、おまけにその後名残惜しそうに抱きしめあったって」
「見てたのね、全部・・・・・・・・」

男の手は緩慢な動きを続けている。だが、それは焦らす様な雰囲気を持ち合わせたものでもあった。妻の肩から背中、そして腰を、ゆっくりと上下左右にパジャマ越しに撫で続けている。

「自分の奥さんが今どこで何をしてるかなんて、ほとんどの男は知らないんだ」
「・・・・・・・・・・」

「夫を裏切ろうとした人妻には、それなりの罰を受けてもらわないと。そうだろう、奥さん?」
「・・・・・・・・・・」

「あんた、旦那以外の男だったら、誰とだってすぐ寝るような女なんだろう?」
非難するような言葉を続け、男は更に妻の肢体を密着させようと腕に力を込める。その瞬間、妻が初めて手を伸ばし、それを強く制しようとする。

「結婚後は主人しか知りません・・・・・・。それにその主人とだってもう何年も・・・・・・」
「ほう。殊勝な台詞を吐くもんだねえ、奥さん」

「私・・・・・・・・、ずっと待っていたのかもしれません。こんな機会を・・・・・・」
「何だって?」

「主人を少しだけ裏切る機会を・・・・・・、ずっと待っていたんです、どこかで・・・・・・」
自分自身につぶやくような妻のその言葉は、その場の空気を確かに変えた。それは、そこにいる男に対するものであると同時に、夫である私に対する告白のようにも聞こえた。

「あんたは知らないんだろう。妻に浮気される夫の気持ちってのが」
男の声色が、一瞬異質なものとなった。思わず本音を吐露するような、そんな匂いがそこにはあった。その言葉に心の奥底の感情を刺激されたかのように、妻が鋭く言い放った。

「知ったようなこと言わないで」
「えっ?」

「私が何年苦しんできたと思ってるの?」
「・・・・・・・・・・」

「私にだってわかってます、相手に浮気されることがどんなに酷い傷を負わされることなのか」
「だったら奥さん」

「ただ一度だけ、そんな真似事をしたかっただけなんです」
「・・・・・・・・・・」

「その権利が私にはあるはず。そして、それを一度だけ行使すれば、過去に負った傷を忘れることができる。そんな考えが間違ってたって、今夜やっと気づいたわ・・・・・・」

「いくらもっともらしい説明言ったところで、自分を正当化することなんかできないぜ、奥さん」
男のその言葉に、妻は何か吹っ切れたような雰囲気を漂わせ、横にいる彼の顔を初めて自分から見つめた。妻の口調が一変し、どこか挑発するようなトーンが混じり始める。

「正当化するつもりなんかないわよ・・・・・」
「・・・・・・・・・・・」

「正当化するつもりなんかこれっぽっちもない。だから、あなたの意見に従うことに決めたわ」
「俺の意見?・・・・・・」

「夫を裏切ろうとした人妻にはそれなりの罰を受けてもらうべき。そうなんでしょう?」
「ああ、それは・・・・・・・・」

「主人に今夜のことを全部話してもらってもちっとも構わないのよ、私は」
「・・・・・・・・」

「そんなのじゃなくて、一生引きずってしまうような罰が今の私にはふさわしいわよね」
「一生引きずる罰?・・・・・・・」

「何が理由だろうと、あなたが言うとおり、私は主人をどこかで裏切ろうとしてたんだから」
そこまで言い切ると、再び妻は男から視線を逸らし、何かを覚悟するように下を向いた。やがて、僅かにその両肩を震わせ始める。妻の想定外の気配に、男は一瞬茫然となったようだった。

「泣いたってどうにもならないぜ、奥さん・・・・・・・・」
主導権を奪われたことを認める様に、男は妻の肢体から手を放した。しかし、妻の震えはとまるどころか、更に激しいものへと転化していく。

「おい、奥さん・・・・・・・」
手を触れぬまま、声をかける男の表情を、ゆっくりと顔をあげた妻の視線が冷たく刺す。男の顔に狼狽の色が浮かぶ。妻の瞳には、光る涙の気配さえ存在していない・・・・・・。

「女にとって最高に重い罰よね。あなたみたいな最低の男に何かされるのって」
妻はこみ上げてくる笑いをこらえきれない様子で、肢体を震わせ続けている。


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Comment
第三の人物
私は、奥さんの気持ちはわかります。しかし男なら誰でも良かったのですね。第三の人物は、何故奥さんなのか?藤原ではないのか?家内も読ませていただいているので、意見交換して見ます。
次回更新が楽しみで仕方ありません
旦那さん(-。-)y-゜゜゜
旦那さんはまたテントの前で釘づけなのね。藤原さんがどこに行ったのか興味ないのかな。知らないよ~。取り返しがつかなくなっても・・・。
No title
あらまぁ…そっちいっちゃいます?
少しずつ動いてきましたね
個人的希望としては最終回は楽しく終わって欲しいです。
それはそうと次回が待ち遠しいです。
No title
奥様は自虐の気分で
好きでもない男の手にかかるのでしょうか?

更新を楽しみにしています。

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