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闇の奥からの誘惑(28)

2013 10 18
私たち夫婦にとって、新しい日々が始まるはずであった。

あの夜、キャンプ場で何が起こったのか、妻がそれを私に告白することはなかった。しかし、言葉などもはや不要にも思えた。

私たちは互いに傷つけあい、そしてそれぞれの教訓を学び取った。言葉に出さずとも、二人はその事実を十分に理解しあっている。

それでいい。私たちは再び同じ地点に立つことができたのだ。キャンプ場から戻ってからしばらくの間、私はそんな風に考えていた。

だが、日々の生活に目立った変化が訪れることはなかった。キャンプから戻った私たちは、職場、家庭とそれぞれの場所に戻り、元の生活を再び始めたにすぎなかった。

それは、夜の営みも同じことだった。

私は、妻の体を求めようとはしなかった。興奮は以前にも増して、荒々しいものに転化している。だが、それはキャンプに行く前とは明らかに異質の興奮だった。

あの夜、闇の中で藤原に抱きしめられ、キスを迫られた妻。テントの中で菊原という男にいじめられた妻。その光景の記憶だけが、私の胸の奥に深く刻み込まれ、勢いを増していく。

別の男と触れ合う妻を想像することで、私は激しい興奮を感じ、自らのものを硬くさせた。私は妻の肉体を求める代わりに、毎晩密かに妄想に耽り、自らを慰めることを選択した。

キャンプに行く前、自分にそのような性向が備わっていることに、私は全く気付いていなかった。だが、いったん目覚めたその興奮は、日々ボルテージを高め続けていった。

職場の机に隠した藤原からの手紙を、私は何度も読み返した。最初に見たときには気づかなかったが、彼は名前の下に携帯の番号と思われる数字を記していた。

二度とお目にかかることはない、という宣言と、どこか矛盾するようなメッセージ。魔性の数字に取りつかれたように、私は次第にとある欲求に縛られていく。

この数字を利用すれば、俺はあの男とすぐに連絡をとることができるのだ。だが、いったい何のために・・・・・・。

キャンプ場で体験したことを、妻はもう、完全にその記憶から消し去っているようだった。見知らぬ男たちに与えられた刺激は、妻の生活を乱すことはできなかったのだ。

ならば、俺があの男に連絡をすればいい・・・・・・。

やがて8月が終わろうとする頃、私はそんな考えに完全に支配されていた。だが、いったい自分が何を欲しているのか、私はそれを認めようとはしなかった。

仕事に集中できない時間が頻発し、取引先とのトラブルを招く。疲労が表情に色濃く漂っていることを、複数の部下から指摘されるようにもなった。

駄目だ、このままじゃ・・・・・。今一度、全うな生活に戻らなければ・・・・・。藤原の存在を懸命に記憶から消し去り、私は何とか以前の自分を取り戻そうと必死だった。

そんな私の決意を揺るがす様な出来事が起こったのは、それから間もなくのことだった。

「ねえ、あなた、私、ジムに通ってもいいかしら?」
8月の最終盤、妻が私にこんなことを聞いてきた。

「ジム?」
「ええ。スポーツクラブ。ほら、国道沿いに新しくできたでしょう?」

私たちの自宅は都心から電車を乗り継いで1時間半程度の距離にある。小規模な建売戸建住宅が並ぶエリアで、ここ10年程度で急速に開発が進んだエリアだ。

少し離れた場所を走る幹線道路沿いには、次々にレストランやショッピングエリアがオープンしている。妻が指摘した新しいスポーツクラブのことも、私はよく知っていた。

「翔太が幼稚園に行っている午前、週2日くらいって考えているんだけど、どうかしら」
「いいじゃないか。是非通えばいい」

私にそれを拒絶する理由はどこにもなかった。ただ、妻が突然そんな要求を思い立った背景を、私は考えずにはいられなかった。

あのキャンプがきっかけになったのだろうか。オフロードバイクで疾走していた頃の自由奔放な自分を、妻は再び取り戻そうとしているのかもしれない。

ダイエットを必要とするようなスタイルではない。十分な色気と魅力を維持しているその肢体に更なる磨きをかけ、妻はそれを誰かに披露しようとしているのだろうか・・・・・。

更に数日後、あれは確か9月半ばのある夜のことだった。いつも通り、午後9時頃、私は駅から自宅までの道を急いでいた。そして、もうすぐ帰宅するという頃、私はそれを見た。

新興の住宅地の割には、私の自宅周辺には細い路地が何本も交錯している。ちょうど私の自宅がある方向からこちらに伸びる路地に、1台のバイクが姿を現した。

それはオフロードタイプではなく、更に小型のスクーターに近いものだった。街灯の下、私は一瞬だが、はっきりとそれを操る運転手の姿を見た。

あっ・・・・・・・・・

それは女性だった。きれいに束ねられた金色の髪がヘルメットの下から僅かに確認できる。スクーターにはとてもそぐわないような皮のバイクスーツに包まれたスリムな肢体。

瞬時に私は思い出した。あのキャンプ場からの帰路、高速道路で私たちの車に尾行するように接近し、追い抜いて行く間際、車内にちらりと視線を投げた女性ライダーの存在を。

まさか・・・・・。勿論、思い過ごしの可能性のほうが大きい。どちらもちらりとしか見ていない曖昧な記憶だ。それを一致させるなんて、土台無理な話だろう。

だが、胸騒ぎが収まることはなかった。あの女が私たち夫婦に、いや妻に密かに接近しようとしている。そんな疑念を抱いたまま、私は自宅に走り、そしてドアを開けた。

「あら、あなた、どうしたの、汗なんかかいて・・・・・・」
「い、いや、ちょっと走ってきたからな・・・・・・・・・」

「まあ。運動不足解消?」
「そんなところさ・・・・・・。なあ、今誰か来なかった?」

「えっ? ここに?」
「ああ。誰か訪ねてきたんじゃないかって・・・・・・」

「誰も来ないけど・・・・・・。やだ、変なこと言わないで・・・・・・・・・・」
「いや、別に怪しい人間がいたとかそういうことじゃないんだ・・・・・・」

「こんな夜には宅配の人もまず来ないし。誰も来ていないと思うわ・・・・・・・」
妻の様子に、何か隠しているような気配は何もなかった。間違いなく、俺の考え過ぎだ・・・・・。私がそんな風に思い直した時、息子が奥から走ってきた。

「パパ、お帰り!」
「何だ、まだ起きてたのか、翔太」
「ねえ、これ、見てよ!」

息子が手にした紙を、私は靴を脱ぎながら眺めた。どうやら幼稚園から保護者宛への案内のようで、タイトルには「年中・秋のお泊り保育のお知らせ」と書かれている。

「お泊り保育? そうか、確かそんなのがあるって言ってたなあ」
「翔太が早く行きたい、行きたいってもううるさくて・・・・・・」

妻がどこかあきれた様子で、私にそう説明する。翔太は再び居間に駆け戻って、床にばらまいたカードゲームを丹念に眺めている。

息子が通う幼稚園には、年中が幼稚園敷地内に、年長が郊外の宿泊施設に1泊するという恒例行事があった。毎年それは9月か10月に開催されているようだった。

「すっかり忘れてたよ。で、いつなんだ、来月かい?」
「ええ。3連休の土日を使うみたい。泊まりといっても土曜の夕方に行って日曜朝に帰ってくるんだけど」

「翔太もキャンプで目覚めたんだろうな。外泊の楽しさを」
「そうみたいね」

何気なくそんな会話を妻と交わしながら、私はしかし、内心では平静さを保つことができなかった。その知らせは、私の抑え込もうとしている欲情を刺激するには十分だった。

そこに、直前に目撃したあのバイクの女性の姿が重ねってくる。この予定を把握したうえであの女は妻に・・・・・。そんな疑念を私は考えずにはいられなかった。

その週末の夜。息子はこの自宅にはいないのだ・・・・・・・。

クローゼットの前で着替えながら、私はさりげなく携帯でスケジュールを確認した。その連休に特に予定がないことを知った私は、妻の視線を危惧するように周囲を見つめた。

ダイニングで私の夕食を並べる妻は、こちらの様子など見てはいなかった。オレンジ色のストレッチパンツに包まれた長い脚が、いつにも増して細く、魅力的に映る。

その太腿の隙間にあの男の手が再び伸びる光景を、私は密かに想像する・・・・・・。


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Comment
どうなるのか。
翔太クンの不在に、藤原を呼び寄せて、犯される麻由美サンを覗き見ですか?女性ライダーは、どう絡んでくるのか。
どんな展開になるのか楽しみ
短編にはない面白みを今後も楽しみにしています。
旦那さん(+_+)
奥様を求めないなんて・・・。
『いつやるの』でしょ!
旦那さんのヘタレさは読んでて寂しくなるよ!
自己処理を毎日シテルって中学生みたい(^^;)
次回も楽しみです
ご夫婦の日常のやりとり。いい雰囲気が出てますよ。けど、お二人はレスなんですよね。そうは思えないほどです。

携帯番号は誰につながるの?バイクの女性はご主人が浮気したサークルの後輩だったりして。

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