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闇の奥からの誘惑(29)

2013 10 22
その日が少しずつ近づいている。

別の男に抱かれる妻。あのキャンプ場で目覚めてしまったその興奮は、もはや狂おしいほどの勢いで私を支配しようとしていた。

闇の中、僅かに覗き見したテント内での光景。私は強く望んでいた。その続きを目撃することを。そして、それを可能とするような機会が、すぐ訪れようとしているのだ。

私はただ、その日のことを考えるようになっていた。息子が不在となる一夜。私は何をすべきなのか。妻に対し、どのような誘いを仕掛ければいいのだろうか。

キャンプ場で自らが犯した過ちを悔いるように、妻はもうあの夜と同じ素振りを見せることはなかった。男たちの記憶は、完全に妻の脳裏から消去されているようだった。

ならば、こちらからセッティングをすればいい。あのキャンプ場での夜を再現するのだ。自分にそれが可能であることを、私は知っている。彼の電話番号を、私は把握しているのだから。

「あなた、翔太のお泊り保育の夜なんだけど・・・・・・」
9月が終わろうとする頃、妻が突然そんな問いかけを私に投げてきた。

「ああ、確か今度の連休だったよな」
「その日、あなた、特に予定はないわよね」

「えっ?・・・・・・・」
「翔太がいないから、久しぶりに買い物にでも付き合ってもらおうかな、なんて」

それは、随分珍しい提案だった。そのようなありきたりな会話が私たち夫婦の間から消え去ってから、もう何年もの日々が経過したことを、私は感じないわけにはいかなかった。

妻は私との距離を再び縮めようとしているのだ。やはり、あのキャンプ場での経験が全てを吹っ切らせ、新たな一歩を踏み出す決意を妻に与えたのかもしれない。

「そうだな、特別予定はないと思うけど・・・・・」
「あら、そう。じゃあ、お願いね」

どこか照れを隠す様なトーンと共に、妻は会話を切り上げた。妻のそんな態度に私は嬉しさを感じると同時に、別の人格が邪悪な考えをささやく声をも聞いていた。

適当な予定を作って留守にするんだ。そして、あの男をこの家に招待すればいいじゃないか・・・・・。

職場の連中と週末に出かけることが、それほど頻繁ではないが、過去に私には何度かあった。郊外の湖畔でバーベキューをしたりとか、そんな他愛もないイベントだ。

妻は、私の職場絡みのそんな行事に参加することはなかった。私の同僚にどんな人間がいるのかさえ、妻はほとんど知らないといってよかった。

その土曜日、そんな予定を作り上げて留守にしたとする。それでどうすればいいのだ。あの男をここに呼ぶんだ。そうすれば、必ず何かが起こる・・・・・。

私は葛藤を感じた。妻が夫との関係修復を自ら提案してきているのだ。そのような機会を無視し、俺は自分の欲望を優先している場合か・・・・・・・。

だが、私の考えは既に決まっていた。

土曜日の昼前から出かけ、夜遅くに帰宅をする。結婚したばかりの部下の家に、同僚皆で招待されたのだ。何日か後の私のこんな説明を、妻が疑うことはなかった。

「あら、そうなの・・・・・・、それじゃあ仕方ないわね・・・・・・・・・」
「家が遠いから、帰りは終電近くになると思う」
「わかったわ。じゃあ、食事を適当に済ませて待っているわ・・・・・・・」

罪悪感を懸命に隠し、私は妻の殊勝な言葉を聞いた。だが、私にはまだやるべきことがあった。あと1週間となった頃、私は職場で再びあの手紙を引き出しの奥から取り出した。

彼の連絡先であろう、電話番号が記されている。ここに連絡をして、彼に告げるのだ。今度の土曜日、妻が自宅で午後3時頃からずっと一人でいます、と。

私のこんな提案を、いったい彼はどうとらえるのだろう。想定外な要求を口にする男に、激しい軽蔑の念を抱くのだろうか。

いや、違う。妻との時間を過ごせる機会を与えられ、躍り上がるに違いない。彼は、あのキャンプ場で、それを叶えることができなかったのだから。

この電話番号にさえ、連絡をすればいい。だが、本当にそれが許されるのか・・・・・・・。

私はどこまでも迷い続けた。頭をもたげてくる強暴な興奮を感じつつ、妻の愛情が私の理性を支えた。理不尽な決断に踏み切ることが、私にはどうしてもできなかった。

何度も指先を動かし、その番号にコンタクトをとろうと試みる。手紙を見つめ、携帯を握りしめ、しかし、私には最後の最後までその決心がつかなかった。

瞬く間にその日はやってきた。私が彼に連絡をとることは結局なかった。午後2時過ぎに幼稚園に向かうという妻と息子を家に置いて、私は昼前に家を出た。

向かうべき場所などなかった。当初もくろんだことを、私は描くことができなかったのだ。計画を立てたという事実が妻に察知されるような気がして、外出をキャンセルすることもできなかった。

だらだらと時間が経過していくことを感じながら、私は休日の街をあてもなくふらついた。周囲には幸せに満ち溢れた家族の姿だけがあった。

いったい俺は何をしているのだ・・・・・・。歩き続け、幸せそうな人々を見つめていくうちに、私は己の愚かさを知り、深く恥じた。

だが、まだ遅くはない。今回の私は、致命的な過ちを犯すことはなかったのだ。あの男への連絡をぎりぎりの段階で踏みとどまり、何とか理性の糸を維持することができたのだ。

家に戻ろう。私がそう決断したのは、午後5時になろうとする頃だった。深夜に帰宅すると言い残してきたが、予定が変わったといえばいい。早く帰って、驚かすのもいいかもしれない。

新婚当時のような新鮮な気分を、私はいつしか取り戻していた。自宅からそれほど遠い距離に来ているわけではない。私はすぐに電車に乗り、家に向かった。

秋の気配が少しずつ濃くなっている。最寄駅に着いたのは、夕方6時前だったが、既に周囲は夕闇に包まれ始めていた。駅からの道を、私は早足で歩いた。

1人で食事を済ませると言っていたから、恐らく簡単な夕食でも準備しているのだろう。自らの空腹を感じながら、私はこれから妻と外食に出かけてもいいかもしれない、とも考えていた。

途中からメールで連絡をしようかと思ったが、結局止めた。突然の帰宅で妻を驚かせたい、という無邪気な欲望が、私の心を支配していた。

平日とは異なり、休日の道のりはどこか違った風景に映った。すれ違う人も異なるし、普段気付かなかった木々の匂いさえも感じられる。

新鮮な気分と共に、私は家に続く路地に入ろうとした。闇の中、一瞬、あの時の記憶が胸のうちに蘇る。この路地から飛び出してきた、あの女性ライダーのことだ。

彼女のことを、私はもう何日も思い出してはいなかった。無論、今夜この道に彼女の姿はない。あれは単なる思い込みだ。私は苦笑を浮かべながら、自宅へと急いだ。

自宅の門を視界にとらえたとき、私は不意に歩みを止めた。

・・・・・・・・!

自宅の斜め前は、まだ造成が進んでおらず、小さな空き地になっている。草が生い茂るその一角に隠れるように置かれたものの存在に、私が気づかぬことはなかった。

闇の中、1台のオフロードバイクが白く光っている。


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Comment
もう・・・
ご主人が、招待するまでもなく、もう・・・どうやって自宅を?女性ライダーが?麻由美さん自ら?いよいよですね!
ここから
ここから第1幕の伏線とどう絡んでどういう展開に先々なるのか楽しみです。
No title
この展開、どっかで読んだ気が…
No title
奥様が、かわいそうですね。せっかくの仮面夫婦関係修復の糸口を作ろうとしてくれたのにね。。。旦那さんは、心から奥様の事愛してないのかな??
あのキャンプの夜に奥様から「後でさせてあげるから・・・」それを何故直ぐに求めて実行しないのかな?そうすれば、奥様の朝帰り後の状況、心と体の様子が、ある程度確認できたのにね。先に他人に抱かせる事を優先させるなんて信じられないです。夫婦としての絶対的信頼関係通じ合う事が、第一優先なのに。一番大切なもの人妻を失くしてしまわぬように。。。(涙)
No title
物語の展開に、不自然さが感じられて残念です。もっと自然なそして隠秘な展開をお願いします。

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