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闇の奥からの誘惑(30)

2013 10 25
一瞬、私はそれが見間違えであると信じ込もうとした。だが、そこにはクールな事実だけが存在していた。紛れもなくそれは、「彼」のバイクであった。

自宅に近づくことができないまま、私はその場で佇んだ。夜の闇が少しずつ私の周囲の空間に忍び寄り、電柱に設置された蛍光灯の光が私の足元を照らし出す。

いったいどういうことなんだ・・・・・・。私は懸命に冷静さを取戻し、考えを整理しようと試みる。私が連絡をとっていない以上、彼がここに来た理由は一つしかない。

麻由美があの男に連絡をしたのだ・・・・・・。あの夜、キャンプ場で二人だけの時間を過ごした際、電話番号の交換くらいは当然していたに違いない。

息子が不在となる一夜。夫の帰宅が遅いことを好機ととらえ、妻は別の男に自分から誘いをかけたのだ。あの夜の再現、いや更に深い関係を望んで・・・・・。

皮肉なものだった。そのシチュエーションは、一度は私が望み、計画したものなのだ。それを放棄し、全うな人間に戻ろうとしたその時、妻は私をあざ笑うかのように既に先を行っていた。

あれほどに感じていた興奮を、私はすぐに取り戻すことはなかった。あの男と一緒にいる妻を想像しても、そのときの私はただ、戸惑いと混乱を感じるだけだった。

少しだけ自宅に近づき、家の中の様子を観察する。厚いカーテンに締め切られているが、居間の灯りがついていることが、漏れてくる光から確認できる。

6時をまわったところだ。私の帰宅は終電近くになると伝えてあるから、深夜零時過ぎまでは二人の時間が用意されていることになる。

だが、私がこんな風に早く帰宅する可能性がゼロというわけではない。妻だって、当然それを想像しているはずだ。私は妻の大胆さをすぐに受け入れることができなかった。

確かに妻は、あのキャンプ場で私を裏切る行為に走った。しかし、それは妻にとって必要な行動だった。夫の裏切りに耐えてきた妻は、ただ一度だけ、自由な時間を望んだのだ。

あの朝、妻は確かに悟っていた。これで過去の清算を全て終えたことを。だからこそ妻は、あのシャワー室の前で私に言った。ごめんなさい、と・・・・・・。

今回の予定に関してもそうだ。当初、妻は私と一緒に外出することを望んでいたはずだ。夫である私との距離をもう一度縮めようとするかのように。

そんなシナリオを破り捨てた自分自身を責めたところで、今さらどうにかなるわけでもない。私はただ、一転してこんな大胆な行動に打って出た妻が、信じられなかった。

家の中からの物音は聞こえない。門の中に入ることをためらいながら、私はしばらくそこにたたずんだ。そのときだった。胸ポケットの携帯が震えた。

表示されているのは、妻の名前だ。まさか・・・・・・・。私は逃げるようにそこから離れ、来た道を引き返した。そして、電話に応える。

「麻由美か?」
「ええ・・・・・、あなた、今大丈夫かしら?・・・・・・」

そう話す妻の声には、何となく緊張したような雰囲気が漂っている。しかし、それは私の考え過ぎともいえるほどに、僅かな気配でもあった。

「まだ○○さんのお宅にいらっしゃるの?」
私が訪問すると説明した部下の名前を妻は口にした。背後から人の気配はまるで感じられなかった。考える暇もないほどに、私は勝手に反応してしまう自分自身に戸惑った。

「ああ。まだお邪魔してるよ。今、みんなで夕食を始めたところさ」
「あら、そう・・・・・・・・・・」

「どう、そっちは? 翔太は無事に行ったかな」
「ええ、もう大喜びで・・・・・・・。パパにもよろしくって言ってたわよ」

「一人前のこと言うなあ・・・・・・・・・・・」
「ふふ、そうね・・・・・・・・・・・、ねえ、あなた・・・・・・・・・・・」

「・・・・・・・・・・・・・・・・・」
「今夜、帰るのは何時ころになりそうなの? まだまだかかりそうかしら・・・・・・・・」

「そうだな・・・・・・・。やっぱり終電近くになるかな・・・・・・・・・・・・」
「そう・・・・・・・・・。仕方ないわね・・・・・・・・・・・・」

「麻由美は夕食はどうしたんだ?」
「一人で適当に済ませたわ・・・・・・・・・、ええ、大丈夫よ、こっちは・・・・・・・・・」

何かを決断するように、妻の声色が僅かに変わったことを感じる。私は更に家から離れるように歩きながら、妻の言葉を待った。

「じゃあ、気を付けてね、あなた。帰る頃になったら電話もらえる?」
「わかった。こっちの駅を出る頃にこちらから電話するよ」

会話を終えた私は、鼓動を高めている自分に気付いた。気配は一切感じられなかったが、妻の背後には誰かがいるような雰囲気が確かにあった。

私は想像した。夫と電話をする妻を背後から黙って見つめる、彼の姿を・・・・・・・・。

気づいたとき、私は再びあの興奮を思い出していた。確かに妻は決断したのだ。彼と一緒にあの夜以上に濃密な数時間をこれから過ごすことを・・・・・・・。

再び自宅に近づいていく。完全な夜が訪れているが、家が立ち並ぶこの路地には十分な明るさが存在している。私にもはや、ためらいはなかった。

だが、焦りは禁物だ。私は自らにそう言い聞かせた。あまりに早く接近すれば、私の存在を察知される。私は既に、二人をそっと覗き見ることを決断している。

やがて、再び自宅の前に到着した。変わることなく彼のバイクがそこに停まっている。私は再び居間の中に視線を投げた。そして、ある変化に気付いた。

居間の照明が消されている。カーテンを締め切った空間では、完全な闇だけがあるに相違ない。可能性は二つだけだ。二人が別の部屋に移動したか、或いは闇の中にいることを望んだのか。

小さな戸建だ。いくつも部屋があるわけではない。移動して食事を続けるような環境ではないのだ。私はじっと自宅の中を見続けた。

時間を稼ぐと同時に、もう一度心を落ち着かせようと、何度か自宅前の路地を往復する。しかし、せいぜい10分程度費やしただけに終わった。

もう我慢することなどできない。意を決した私は、自宅の小さな門をそっと開けた。金属音の軋む音が僅かにする。庭ともいえないほどの小さな空間は、黒い闇に染まっている。

だが、周辺を観察する余裕などない。ただ玄関のドアだけを私は見つめ、数歩進んだ。そこにしばらく立ち止まった後、私は鍵を取り出す。

静けさの中、風が空気を揺らす音だけが聞こえてくる。私の行動全てが、妻に察知されているような気がする。このドアを開けた瞬間、何かが終わってしまうような予感が私を襲う。

ためらうことなんてない。ここはお前の家だろう。これ以上ぼんやり立ってたら、近所から通報されちまうぜ・・・・・。邪悪なささやきが、私の心で静かに響く。

あの男に唇を奪われる妻の姿が、私の脳裏に鮮明に浮かび上がる・・・・・・・。

鍵を握りしめた指先が汗で濡れている。ジャケットでそれを拭い去り、私は改めて鍵を手にした。そしてそっとその先端を鍵穴に差し込んだ。

そのときだった。

「鍵なら開いてるわよ」

私の背後から冷たい声がかかった。


(↑クリック、更新の励みです。凄く嬉しいです。次回更新、都合により11月5日(火)とさせてください。よろしくお願いします。)
Comment
始まった・・・
キャンプ場での出会いから、藤原に好意を示していた麻由美さん。電話は、ご主人が戻るまで、まだまだ時間があること確認する為、自ら?後ろから声をかけて来たのは、あの女性ライダー?闇の中では、ついに・・・
楽しみにしてます!
連載を再開されたのを気付くのが遅れましたが、いつもこれまでの分も併せて、読ませてもらってます。一言大好きです!これからもよろしくです!
No title
「鍵なら開いてるわよ」
展開が楽しみです。
エロくお願いします。
No title
謎の女が現れる物語は前にもありましたが
不自然で、興趣がそがれます。
旦那さん(-_-;)
電話をかける度胸もなく、行動も読まれちゃって気の毒すぎます。奥様への言い訳を楽しみにしてます。それとも背後の方と忍び足で家に入るの?自分の自宅なのにね。
No title
コメントの内容によって展開が微妙に変化していくように感じるのは私だけでしょうか…。
もっと簡単に・・・
やはりなんだか捻り過ぎ、
無理があります。

実は麻由美は常習犯で、このままご主人の
目の前でエロの限りを披露して
挙げ句に断罪されていけば、解りやすくて
スッキリ。

なんだか、麻由美は最初から気に入らない。
No title
批判的なコメントで、更新が遅い。
う~ん
なんかハードボイルドな推理小説みたいで興ざめ。心理描写や性行為を細かく描くのはいいけど、設定や展開がこりすぎなんだよね。しかも現実には100%近くありえないストーリーなので、共感が持てず興奮しにくい。
No title
上覧に「坊さん」が書かれていますが・・・
余りに現実からかけ離れた内容には
やはり、褪める意識が湧きます

ひょっとしたら?
有り得るかも?

そんな刺激の内容だったら興奮ものだが・・・
        

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