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抵抗の果て(5)

2013 12 24
妻、江利子が魅力溢れた容姿の持ち主であることを、正則は勿論自覚していた。それは彼が江利子との見合い結婚を素直に受けいれた大きな要因の一つでもあった。

すぐに目につくような美人ではないのかもしれない。しかし、江利子にはどこか男を惑わす様な妙な雰囲気があった。だが、妖しげな要素だけがそこにあるわけではなかった。

性的な魅力を漂わせると同時に、江利子は健全さ、清楚さをも併せ持っていた。男を知らない肉体だけが醸し出す気配。事実、江利子にとっては、正則が初めての男であった。

正則とて、大した女性経験などなかった。だが、互いに不満はなかった。結婚した二人は、子宝に恵まれていないものの、5年の結婚生活を平穏に過ごしてきている。

「奥さん、綺麗だよなあ」

こんなセリフを、正則は随分多くの客からもらったものだ。実際、妻を目当てにやってくる客は多かった。妻は、しかし、どんな客にもほぼ変わらぬ態度で接した。

感情は決して見せない、というのが江利子の信条のようだった。質問には答えるが、個人的な感情をそこに決して反映させない。だが、それは冷たいと言い切れる態度でもなかった。

あたかも江利子の容姿が持つ雰囲気を体現しているようだった。常にクールで、目立つような態度はとらない。にもかかわらず、そこには確かな魅力、男を惹き付ける何かがある。

だが、一度だけ、そんな江利子が感情を露わにした瞬間があった。数年前の出来事だ。ある週末、混雑する客に夫婦で忙しく対応していた際、それは起こった。

「やめてください!」

江利子の叫ぶ声が店内に響き、穏やかだった週末の理髪店の雰囲気が一変した。江利子はその時、60代と思われる男性の洗髪をしていた。

男の手が、その人妻の肢体に執拗にまとわりつこうとしたらしい。黙っている江利子が同意したものと考え、男は人妻の腿からヒップの辺りをいやらしく撫でまわし、愛撫を与えた。

江利子の叫び声は、その男性客の行為を激しく糾弾するものだった。相手が客だからという遠慮は一切なかった。ただ、被害者の女性としての素直な叫びだけがそこにあった。

正則ははっきりと知った。妻は、自らの容姿を理由に接近を図る男たちにどこかで嫌悪感を抱いていることを。そして、追い詰められたなら、徹底的に強い態度で抵抗することを。

ドアの向こうの小野田の声を盗み聞きしながら、正則はそんなことを思っている。そして、夫である正則がすぐそこにまで近づいていることに、小野田はまだ気がついてはいない。

「もっと見せてもらえませんか、その体を・・・・・・・・・・・」
それは、小野田の心底からの要望だった。この部屋に二人きりになって30分。卓袱台越しに対峙しているその人妻は、決して彼に感情の揺れを見せることはなかった。

「私たちにそのつもりはありません。どうか、お引き取りください・・・・・・・・・・・」
この言葉を、か細い声で繰り返すだけだ。人妻の徹底した抵抗の態度に、小野田は次第に自分自身の興奮が増していることを感じ始めている。

密空間にいる目の前の人妻の肢体に、視線が集中していく。土地の売買など、もはや二の次になろうとしている。この人妻の肉体だけが、自分の狙いであるような錯覚が芽生えてくる。

本業を忘れてどうする・・・・・・。自制しようとしながらも、小野田はしかし、暴れ出す己の欲情をどうすることもできない。無意識のうちに、その手を卓袱台上に伸ばしていく。

人妻の手がそこにある。細い手首をつかもうとするが、すかさずそれは男の指先から逃げる。誘われるように、小野田は腰をあげ、座っている位置を人妻に少しずつ接近させる。

この人妻を屈服させたい・・・・・。そんな欲情に支配され、小野田はじわじわとその距離を縮めていく。江利子は座布団を降り、座ったまま後ずさりを始める。

「もっと見せてもらえませんか、その体を・・・・・・・・・・」
「・・・・・・・・・・・・・」
「奥さん、理髪店の店員としてはあなたの体は刺激が強すぎる・・・・・・・」

壁にぺたりと背中をつけ、江利子がそれ以上の後退を断念する。そのままの視線で、小野田に厳しい視線を注ぐ。抵抗の色を浮かべる人妻に、男の興奮が加速する。

激しく抗う女の姿ほど、小野田を刺激するものはない。それが美しい人妻であれば尚更だ。

「もう逃げられませんよ、奥さん・・・・・・・・・・・・・」
「・・・・・・・・・・・・・・・・」

「もっともっと抵抗してください、奥さん・・・・・・・・・・・・・」
「・・・・・・・・・・・・・・・・」

「触らせてもらいますよ・・・・・・・・・・・・・・」
「主人を・・・・・・・・、主人を呼びます・・・・・・・・・・」

先刻とは異なり、人妻の声のトーンに確かな意志がこもっていることを知り、小野田はややためらいを見せた。そして、自分が本当に言いたかったことを思い出したように言葉を続けた。

「取引しましょう、奥さん・・・・・・・・・・・」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・」

「一晩私のところで働いてくれたら、今回の話はあきらめてやってもいいですよ・・・・・・」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・」

「その体を一晩、私に預けてくれたなら、きれいさっぱり忘れてやってもいい・・・・・・・」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・」

「私はね、試してるんですよ、奥さんのことを・・・・・・・・・・」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・」

「どれぐらいの覚悟があるのか、奥さんに・・・・・・・・・・・・・・」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・」

「一晩その体を使ってお仕事するだけですよ。それぐらいの覚悟さえ、ないんですか?」
「帰って・・・・・・・・・・・・・・」

「・・・・・・・・・・・・・・・・・・」
「お願いです・・・・・・・・・・、お引き取りください・・・・・・・・・・・・・・・・」

柱に後頭部を密着させながら、人妻は懸命の懇願を男にぶつけた。主張したいことを言い切ってしまった小野田は、人妻の肉体への欲情を当分抑え込む冷静さを取り戻している。

「今日はここまでにしてあげますが・・・・・・・、また来ますよ、奥さん・・・・・」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」
「さっきのこと、その気になったらいつでも電話ください。冗談では言ってませんので」

そこまで言うと、小野田はすっくと立ち上がり、その場に座り込む人妻を見下ろした。あたかも陵辱劇が既にそこで繰り広げられたような、官能的な雰囲気が室内を満たしている。

ポニーテールの髪が僅かに乱れ、人妻の額にかすかな汗が浮かんでいる。白色のシャツの襟元を気にするように指先を伸ばし、肌の露出部に注がれる男の視線を懸命に防ぐ。

怯えたような瞳の奥には、決して服従はしないと訴える強い光が存在している。唇をきつく噛んだその表情に、目の前の男の存在を完全に否定する色が浮かぶ。

黒いパンツに包まれた両脚が妖しげな雰囲気で組まれている。その隙間に割り込み、強引に押し広げたいという欲求を感じながら、小野田は人妻の胸の膨らみを見つめる。

スリムな肢体に似合わぬ豊満な膨らみが、白いシャツ、そして黒いジャンパースカートの下に隠されている。そこを愛撫したときの人妻の悶えを想像し、小野田は僅かに笑みを浮かべる。

「ほんと、いい体してやがる・・・・・・・・・・・」
やがて視線を離し、小野田はドアに近づく。その向こう側から素早く遠ざかる夫の気配を、小野田は遂に最後まで察知することはなかった。

営業スペースに再び姿を現した彼は、悠然とした態度で店内に視線を投げる。客の待機用ソファセットに、夫、正則が一人で座っている。

警戒するような視線をこちらに送り続ける彼のことを一瞥し、小野田は無言のまま店外に出る。冷え込む初冬の空気を感じながら、小野田は理髪店を見つめ、そして歩き出す。

あの人妻が俺の提案を受け入れる可能性はあるのだろうか。現状ではその可能性は限りなく低いことを、小野田ははっきりと自覚している。あくまでも現状では、という条件付きで。

状況が変われば、その可能性は違ってくる。それにはもっとあの人妻を追い込むことだ。抵抗に抵抗をさせて、そこに生じた隙をこちらが鋭く突いてしまえばいい。

ならば、土地買収の件はどうするのか。小野田には勿論、それを放棄するつもりなどなかった。人妻の肉体、そして土地。その双方を手に入れることは困難ではない。

彼には、絶対的な自信があった。

弱気な夫を責めようという当初の計画を、小野田は既に捨て去っている。彼はただ、抵抗の果てに男達に組み伏せられ、興奮の視線群に見つめられる人妻の裸体を想像している。

眩しい照明光の下で、耐えきれずに息を乱し始める人妻の姿を・・・・・・・・・。


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Comment
なるほど
まずはこの方向からなんですね。
早々の更新ありがとうございます。
次回がますます楽しみです。

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